2013年12月15日日曜日

ジム・ホールを偲んで

あの「アランフェス協奏曲」でお馴染みのジャズ・ギタリスト、ジム・ホール氏が今月10日ニューヨークの自宅で亡くなったという訃報を聞いた。多くのジャズファンにとって悲しい出来事であったにちがいない。私にとっても彼は、私自身をジャズ音楽という限りなく魅力的な世界に導いてくれたアーチストのひとりだっただけにとても淋しい思いだ。今回はそんな偉大なジャズ・ギタリスト、ジム・ホールに敬意を称したいと思う。

その昔、クラシック音楽一辺倒で本格的なジャズ音楽には違和感を感じていた私をフージョン/クロスオーバーというクールな音楽でジャズへの橋渡しをしてくれたのがジム・ホールであり「アランフェス協奏曲」だった。その意味で私自身のちっぽけなジャズ史に於いて、掛け替えのない存在だったのだ。

私とジム・ホールとの出会いは、何と言っても1975年の大ヒットアルバム「Concierto アランフェス協奏曲」を購入した時から始まる。購入のキッカケなど詳しいことは覚えていないが、アルバムを聴いたときの衝撃は忘れることができない。一見007のション・コネリーを思わせるその風貌にカッコ良さと親しみを覚え、何故か惹きつけられた。どこか人の好さそうな「ジムおじさん」と言った雰囲気も醸し出していて、その演奏スタイルとともに人間的な温かみを感じたものである。

この曲は当時の所謂フージョン/クロスオーバーの代表曲だったのであろうが、私にとってはそんなカテゴリー云々よりも彼らの演奏から受ける心地よさに只々酔いしれたものである。
「ジャズって聴きやすいかも」なんて、ジャズの奥深さも知らず得意気な顔をしていたその頃の自分自身を思うと、恥ずかしい。だが、このジム・ホールの「アランフェス協奏曲」がたとえジャズではなくフージョン/クロスオーバーに分類されようと、未だに多くの人たちに愛され聴き継がれている名曲であることに変わりはないのだから、当時の私の耳も大したものと褒めて頂いても良いのかも知れない。

当時からクラシックの名曲をジャズ化する試みはジャック・ルーシェのバッハをはじめとして前例はいくつかあったが、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」は選曲の意外性もさることながら、それ以上にアレンジの素晴らしさが際立っていたように思う。ジャック・ルーシェのバッハは何処まで行ってもバッハの領域を出ていなかったが、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」は原曲の作曲者ロドリーゴから完全に遊離し、まったくの別物を聴いているような印象を受けた。そして、先述した心地よさがこの演奏の最大の魅力になっているのだと思う。今でいう「癒しの効果」に通じるのかもしれない。

更に、このアルバムで驚かされることは、参加ミュージシャンの豪華さである。彼らの名前は当時の無知な私にとっては単なる無名演奏家の集まりだったが、今改めて確認すると贅沢過ぎるほどの錚々たるメンバーによる作品だったことが分かる。
現在に置き換えて、このメンバークラスでアルバムを制作しようとしても実現は不可能であろう。
ただ、当時としてはこうしたケースはそれ程珍しいことではなかったが・・・

最初、このアルバムはLP レコードでの購入だった。その後CDとして発売された時も再び購入し、今また最新リマスタリングCDにも関心があり購入したいと考えているくらいである。
思えば、最初の購入から30年以上が経過し、今もこれ程までに定期的に愛聴しているアルバムは数少ない。
これからの私のリスニングタイムの中で、これまで以上にジムおじさんの「アランフェス協奏曲」は流されることだろう。
ジャズのナンバーでも19分18秒はとても長い演奏である。だが、その19分18秒が物足りなく感じるのがこのジム・ホールの「アランフェス協奏曲」の演奏である。
今はただ、その演奏にジッと耳を傾け終わりのないことを願うばかりである。
ジャズ界の巨星がまたひとり去ってしまったことの無念さと哀しみを噛みしめながら。


ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」1975年4月録音


g : ジム・ホール
p : ローランド・ハナ
b : ロン・カーター
ds : スティーヴ・ガッド
tp : チェット・ベイカー
as : ポール・デスモンド
1975年4月録音

2013年11月20日水曜日

IN MY OPINION:「やはりそうだったか、日展」

恐れていたことが現実となった。先般、11月1日付けの記事IN MY OPINION:「日展の問題から見えてきた審査の本質」で採り上げた日展の不正審査の問題。書道の一部から露呈したこの組織の不正は案の定、洋画や工芸美術の分野にまで及んでいたようである。
更に深刻なのは、日展の現理事長・副理事長が所属するそれぞれの会で半世紀近くこの「不正らしき行為」が行われてきたという事実だろう。

その中で今回特に問題になっているのが、長年に亘りその分野で慣行化していた「日展審査員による事前指導」という奇妙な「下見会」の存在である。(事の詳細は2013年11月20日の朝日新聞朝刊第一面を参照願いたい)
驚くことに、先の理事長、副理事長含め彼らの「下見会」に対する言い分は「作家を育てるためにやっており・・・」や「純粋な勉強会と考えている。」といった事の是非を正当化する発言に終始し、反省の気持ちなどその文面からは到底読み取ることができないものであった。

更に、彼らが強調するのが、「慣例で問題ないと思った・・・」という情けない発言である。
この発言を聞いて先ず思い出すのは、よくある入社式の社長挨拶の常套句である。
例えば、新入職員を前にした入社式での社長挨拶で「現状に満足することなく・・・」や「何事にも疑問の気持ちをもって・・・」などのフレーズである。どれも慣例を鵜呑みにせず、常に否定の気持ちが大切だといった内容で、新人を迎える言葉としては如何にももっともらしい。いま流行りの「イノベーション」を念頭に置いた挨拶なのだろうが、日展のお偉方の言い訳を聞いていると、彼らにこそこのフレーズが最も相応しいのではないかと思ってしまう。
ある意味、滑稽としか言いようがないが、彼らとてその程度の人間なのだと思うと多少諦めもつくが、純粋な気持ちで応募し続けてきた一般応募者の熱意を思うと、他人事とは言えず怒りさえこみ上げてくる。「厳正なる審査の結果、貴殿は不合格」や「不採用」と言った通知の無念さをできることならこうした審査委員らにも味わってもらいたいものである。そう思うと、一般応募者を長年に亘り騙し続けた公益法人「日展」という組織の罪の重さは計り知れない。

前回の記事では日展の新たな健全化のスタートを切に願ったが、今回の新聞記事を読みその期待も虚しく崩れ去ってしまった。ハッキリ言って、この日展という組織は完全に病んでいて、救いようのない組織と言わざるをえない。不正の全容解明もさることながら、一刻も早い組織の立て直し(存続が許されるのなら)が必要かと思う。日展を管轄する監督官庁は日展任せの調査委員会ではなく、外部の独自調査委員会を設けるなどして、この問題に厳しく取り組んでもらいたものである。場合によっては組織の解散、あるいは構成メンバーの一掃も視野に入れるべきだと思う。

前回の投稿「日展の問題から見えてきた審査の本質」から20日ほどの時間が経過した。その間に食の偽装問題で一流ホテルやレストラン、デパートなどが次々と芋づる式に明るみに出てきたことや今回の件などを考えると、これからの私たちは何を信じ、誰を信じればいいのだろうか。
2011年の世相を表す漢字「絆」の精神は何処へ行ってしまったのだろうか。
それにしても、薄っぺらで情けない社会になったものである。

2013年11月14日木曜日

やはり「Word ワード」は日本語環境に弱かったのか、そしてマイクロソフトに新たな脅威が・・・

最近、書店へ行く度に思うことがある。それはiPhoneをはじめとしたスマートフォン関連の書籍が、雑誌も含め極めて目立つようになったことだ。それに対し、パソコン関連書籍は何処へやらと言った感じである。わたし自身はiPhoneを持っているが、そのあまりの多機能さに、その機能を十分に使いこなせていないというのが正直なところ。
その意味ではiPhoneのマニュアル本は必携なのだろうが、ここまで多種多様なマニュアル本が出回っていると、どれを選べばと更に悩まされてしまう。別機種のマニュアル本も含めるとチョッとした棚では収まらず、どこの書店も家電量販店も一大特設コーナーを開設している。

これまでわが国では、こうした同様のブームが何度となく繰り返されてきたことを思うと、「このブームもいつまで続くのやら」とため息ばかりが出てしまうのだが・・・

さて、今回はそんなスマートフォンブームに逆らうかのごとく、パソコン関連の話題である。
実はわたし、iPhoneもiPad miniも両方持っているが、それでも一応現状はパソコン派である。
そのためか、街に出て先述のようなスマートフォン全盛の光景を目の当たりにすると、幾ばくの悲哀を味わっているのが現状である。パソコン全盛期はWindows系の雑誌だけでも数十種類あったであろう状況が、今では悲しきかな数えるほどしか見かけなくなったのが残念でならない。

さて、前置きが長くなりましたが、この手の話題を語ると切りがないので、この辺で本題に入ろう。
今回はパソコン関連の話題と言っても、パソコンソフトであるマイクロソフトの「ワード」の話題である。
そう、あの表計算ソフト「エクセル」と人気、性能、使い易さで双璧をなすソフトウェア界のベストセラー「ワード」にも弱点があり完璧ではないと言うことと、近い将来その歴史上最も厳しい試練が待っているのではと言ったお話である。


日頃、業務でもプライベートでも重宝しているマイクロソフトのワープロソフト「ワード」。
その昔、ワープロ専用機全盛時、わたしは富士通の「OASYS オアシス」を愛用していた。
その当時はNECや東芝など多くのメーカーからもワープロ専用機は販売されていたが、どのメーカーでもドル箱的商品だったと思う。

その専用機もWindows95の出現とともにパソコンの多機能化に圧倒され、やがてその姿を消していった。わたしとてその流れに逆らうことなくパソコンへと移行していったひとりだが、その頃のワープロソフトといえばジャストシステムの「一太郎」だった。今でも官庁関係では使っているのか、それとも過去資産活用のために必要としているのか詳しいことは分からないが、それ程に「一太郎」が絶大な人気で主流だったのである。因みにその当時の表計算シフトの主流は「エクセル」ではなくロータスの「Lotus 123」というソフトだった。

そんな既存の絶対的ワープロソフト「一太郎」を米国のソフトメーカーであるマイクロソフトが、その圧倒的なマイクロソフト・マジックパワーで首位の座から引き摺り下ろしたのである。その後の同社の快進撃は誰もが知るところだが、そんな中、一部で囁かれていたのが日本語特有の縦書き等に「ワード」の弱点ありという指摘だった。だが寧ろ、我々使用者側が「縦書き」をあまり必要としないことなどもあって、その弱点は「ワード」にとってそれ程の痛手にはならなかったようである。
また、日本語変換に於いても「ワード」の「IME」よりも「一太郎」の「ATOK」の方が断然変換性能は優れていたが、「IME」はバージョンを重ねる中でかなりのレベルまで変換性能を向上させ「ワード」の牙城を崩すほどの決定的要因にはならなかった。すべては「負け犬の遠吠え」のごとく思えるに過ぎなかった。

そんな無敵のソフト「ワード」だが、最近わたしは思わぬところで、「ワード」の新たな弱点を知ることになる。
それは、「ワード」に付随する「テンプレート」に於いてだ。

今年8月、父親が亡くなったことで先日、新年のあいさつを失礼する「喪中はがき」を作成していた際のことである。
以前来た友人の挨拶状などを参考にしながら文面を考えていたが、そんな時「ワード」にそうした例文のテンプレートがあることを思い出し、それを利用することにした。

早速ネットから背景画像をダウンロードし、文面は「ワード」のテンプレートから借用。
特別凝った文章ではなく、極々一般的な文面でよいと思い、はじめの方に出ている例文を背景にコピー&ペーストし、ところどころをアレンジして全体を確認し印刷完成に至った。

この手の印刷業者泣かせの簡単さで「挨拶状」は作成できた。
と喜んだ瞬間、ある個所に気が付き目が点になった。
だが、それは決定的な誤りなのかどうか一瞬では判断できない微妙な言い回しだったのである。
利用したテンプレートは図1である。

図1 赤字部分が問題の箇所
(*赤色は筆者による)


問題の言い回しとはこの「年始年末」という言葉である。単純に「年末年始」の間違いなのか、どうなのか。少なくとも、こうした時期のあいさつ文として相応しい言い回しなのかどうかも判断がつかない。あれこれ考えているよりも平凡なものに手直しする方が妥当と考え、はがきを買い直し作成し直すことにした。
無駄になった枚数16枚。
印刷前に文面を一字一句確認しなかった自分自身に非があることは認めるが、それにしても天下のマイクロソフトのワードである。思い込みが如何に危険かを実体験をもって知ることとなったが、テンプレートに「年始年末」はないだろうと呆れもした。仮にこうしたケースで「年始年末」が通用したとしても、テンプレート例文に載せるべきではないと思うのだが、どうだろう。
こうした何気ないところに「ワード」が日本語に馴染まない所以があるのだと実感した次第である。

今回わたしが利用したのは「ワード」のバージョン2010だが、このことがあって別パソコンにインストールしてあるワード2007でも確認したが、やはりそこにも図1と同じ例文が載っていた。テンプレートというのは古くはソフト自体に組み込まれているものが多かったが、ソフトの軽量化のためか最近のソフトはそのソフトの当該リンクサイトを参照して気に入ったものをダウンロードする形式のものが多くなった。最近のワードは後者の形式をとっているようで、それならそれでサーバー側を修正しておくべきだろう。更に驚いたことには、このテンプレートの評価が☆4つで、わたしが参照した時点で645票の評価を受けていたことだ。

これ以上遡って検証はしなかったが、かなり以前から同例文が使われていたことは確かだ。
指摘されないままここまで来たのか、あるいは立派に通用する「年始年末」の挨拶例文として高評価を受けてきたのかはわたしには分からないが、多くの人たちが参考にすることが予想できるテンプレートならこそ、特殊な言い回しよりも慣用句を優先してもらいたいものである。

こうした指摘も「大海に落とした一滴のインク」のごとく跡形もなく消滅してしまうのだろうが、このような些細なことにもマイクロソフトは耳を傾け、ユーザーを大切にする企業姿勢を見せてほしいものである。
何故なら、現在グーグルやアップルなどクラウド系勢力がハード・ソフトの両面から魅力的なサービスを提供していている上に、更にユーザーにとってはこの上ないアプリを中心としたソフトの無料化の動きが最近あるからだ。

これまでのマイクロソフトはキーボードやマウスなどの一部ハードウェアを製造販売していたものの、あくまでも主力製品はウィンドウズOS、オフィースソフトなどのソフトウェアである。その別勢力のこうした動きに対し、ソフトウェアメーカーのマイクロソフトがどう対応していくのか。
ソフトウェアメーカーがソフトを無料にするのは致命的である。それに代わる何かが無ければ無謀としか言いようがない。最近は「Surface」などのタブレット兼用のパソコンなども販売していて好調とは聞くが、マイクロソフトが後れを取っていて、その状況が厳しいことは誰の目から見ても明確である。今後、ソフトの取り扱いをどうして行くのかなどマイクロソフトの動向には大いに注目したい。

これまで、いくつかの無料オフィース系ソフトがMicrosoft Office(マイクロソフトオフィース)に挑戦したが、その圧倒的シェアーを一変するほどに侵蝕することはできなかった。
例によって、その圧倒的パワーで今回も撥ね退けてしまうのか、だが、今回の敵はこれまでにない強敵である。

今はっきり言えることは、どのような方法手段を取ろうともその対応策の根底に「ユーザーを大切にする」という精神がなければユーザー離れは加速するということである。
「史記」の中に「愚者も一得*」ということわざがあるが、わたしのこの指摘がことわざ通りになれば幸いである。

* 愚かな者も、時には名案を出すことがあるということ。 
出典「ポケット判 ことわざ新辞典 日向 一雅 監修 高橋書店」

2013年11月1日金曜日

IN MY OPINION:「日展の問題から見えてきた審査の本質」

阪急阪神ホテルズのレストランメニュー偽装問題が報道されて以降、同じような事例が各地で次々と発覚しているという。かつて牛肉の国内外産の産地偽装や賞味期限・消費期限改ざんの問題など、悪質な食に関する偽装が大きな社会問題として世の中を騒がせたことがあったにも拘らず、同様の事件が繰り返されるということは、殆ど過去の教訓が活かされていないということだ。

哀れな人間の情けない性(サガ)と言ってしまえばそれまでだが、その背景には自分さえ良ければといった利己主義と儲けたいという貪欲さが必ずと言ってよいほど見え隠れしていて、只々呆れるばかりである。こんなことでは隣国の「著作権を無視したコピー問題」などを批判することはできないだろう。事の本質は両者それ程違っていないように思える、節操のなさである。

だが、この問題、問題の本筋以上にいただけなかったのが、その後の謝罪会見である。謝罪会見であったかどうかも疑わしいほどに挑戦的だった出崎社長の一貫した「誤表記」を主張する表情態度は、名立たる組織の最高責任者とは到底思えぬ信じ難いものだった。その無責任さは部外者の我々でさえ腹立たしく感じたのだから、永年使えてきた当該ホテルの従業員の方たちにとっては、到底許し難く信じ難い光景であったに違いない。彼らの心境を考えると、気の毒でならない。

だが、その矢先、この問題に勝るとも劣らぬ情けない事件が新聞の一面を飾っているのに目を疑った。
2013年10月30日の朝日新聞朝刊のトップ記事「日展書道、入選を事前配分」である。事件の詳細については当該新聞等の記事を参照されたいが、要は日展の5つある科の「書」科内で、有力会派での入選数を事前に割り振る不正が行われていたという内容である。簡単に言えば、応募の段階で入選者は既に決まっていたというストーリーである。

事の発端は、2009年度の審査の際、ある日展顧問による「天の声」により、有力8会派に入選者が配分されたという不正審査の実態が内部告発的に明らかになったことだ。
だが、この記事を読んで不正の問題以上に腹立たしかったのは、この時の審査で「8会派に属していない人はひとりも入選しなかった」という悲しい事実である。曲がりなりにも真に才能ある実力者が入選できる道筋が多少なりとも残されていたならばまだしも、最初から道が閉ざされているところに、わざわざ一万円まで払い応募した応募者の情熱は何だったのだろう。主催者側はそうした応募者の気持ちをどう思っているのか。これはどうみても詐欺罪以外の何ものでもないし、それだけで済まされる問題でもない。どこまで遡るかは私には分からないが、最低でも一定の応募者に対し返金すべきだろう。

音楽や絵画など芸術活動に少なからず関心のある私としては、いつの日か「洋画」科に応募してみようなどと淡い希望をもっていたが、今回の件でそうした関心も意欲も一気に薄れてしまった感がある。こんな私でさえこの記事に対しては、やり場のない怒りを感じているが、一度でも応募経験のある方にとっては怒りの程度は私の比ではない筈だ。

入選者が端から決まっているという歪んだ審査を、長年に亘り、さも厳正な審査のごとく振る舞ってきた日展という組織。
多くの芸術家のタマゴが輝かしい明日を夢見て希望を託す筈の「日展」が、そのような薄汚れた組織実態だったということが分かった時の絶望感。それは日展そのものが味わうのではなく、何も知らずに応募した老若男女問わず純粋な応募者すべてが味わうのだ。そんな残酷なことがあって良いのだろうか。そう考えると日展の責任は極めて重い。

この問題、突き詰めていくと「審査とは一体何なのか?」という極めて基本的だが非常に厄介な疑問に辿り着くことになる。
そもそも、芸術の世界なんて微妙なもので、どの分野でもテクニックがある程度(このある程度というのもまた微妙な言葉なのだが)まで到達していれば、それ以上はそれぞれがどう感じるかということで、優劣など付けられない世界だと常々思っている。優劣付けたがるのは、作品を商業的に考えるからで芸術的には何の意味もないことだ。

例が適切かどうか分からないが、ヴァイオリンの歴史的名器と言われているストラディバリウスと量産品のチョッとした高級ヴァイオリンとの音色の違いを完全に聞き分けることが、その筋の専門家でさえできないという。このことはいくつかのテレビ番組でこれまでに実験的に証明されていることだ。これは何を意味しているかと言えば、「優劣」は「どれだけ大きな音が出せるか」や「どれだけ擦れずに小さな音が出せるか」といった一定の判断基準に基づけば可能だろうが、そもそもそうした判断基準を用いること自体、芸術の世界では邪道なのだから、「優劣」もまた意味のないことという他はない。

歴史的価値、地域的価値、技術的価値など芸術作品にはそれぞれ価値判断があるが、私たちは
ストラディバリウスの例に見るように、良い音色、悪い音色ではなく、私たち自身が「好き」か「嫌い」かという判断基準で、これまで対象を判断していたのかもしれない。それを優劣と思い込んでいただけなのかもしれない。

このように、芸術に於ける審査とはそれでなくても微妙な世界なので、「日展」は今回のような不正という「故意」を審査の中に絶対入れてはならなかったのである。このような状況では過去の入選作品や他部門の入選作品に疑いの目がいくのも人情である。問題は大きな範囲に波及しそうというか、寧ろ波及させなければいけない問題かもしれない。

長年、金にまつわる悪い慣習だらけの書道界と階級制度が色濃く残る日展は、これを機に大いに反省し、信頼回復に向け一大改革が必要である。

邦画の世界では「10倍返しだ」、「100倍返しだ」と、何やら物騒な風潮がメディアを騒がせ、一方「土下座」が当り前のような謝罪等が受けているようだが、こうした謝罪の際、私たちが本来求めているのは、そうした極端な空々しいパフォーマンスではなく、極々自然なリアクションで事足りるのである。今回の件もそうだが、肝心なことは二度と過ちを繰り返さないという誠意だと思う。

あまりに中身がない反面、表面だけを飾りたてる傾向がいたる所、場面で目立つ昨今、本物を見極める確かな目(判断力)を持ちたいものである。それはストラディバリウスの音色を聴き分けるような聴力を養えということではなく、自分自身が感じた印象を大切にし、周りに惑わされるなということだと思う。

2013年10月26日土曜日

完璧なアンサンブルに酔う イ・ムジチ合奏団 I MUSICI の定番「四季」を聴く

ヴィヴァルディの「四季」と言えば「イ・ムジチ」、「イ・ムジチ」と言えば「四季」と言われるほどこの両者の結びつきは長くて強い。そんなイ・ムジチ合奏団のコンサートに先日行ってきた。
2013年10月20日 、会場は横浜みなとみらいホールである。

今回のコンサートのチラシ


かつて、この「四季」でクラシック部門のレコード売上げを何か月にも亘りトップであり続けたイ・ムジチ合奏団の脅威のセールスは、今もなお永遠のベストセラーとして語り継がれている。我が国に「四季」ブームを巻き起こしたのもこのイ・ムジチ合奏団だったし、ヴィヴァルディという作曲家をバッハに匹敵するほどメジャーにしたのもイ・ムジチ合奏団だった。当然、現在と当時のメンバーではメンバー構成は入れ替わり等あり異なっているだろうが、彼らの「イ・ムジチ」としての伝統は確実に受け継がれていると当日の演奏を聴いて感じることができた。

そのむかし、中学生か高校生くらいの頃、彼らのベストセラーを何度も聴きこみレコード盤が悲惨な状態になったことがあったが、そんな当時の苦い思い出も今回の演奏を聴き甦ってきた。
遠く40年以上前の話である。

1989年9月収録のイ・ムジチ合奏団「四季」
ソロはフェデリコ・アゴスティーニ(VHSテープ)


その当時、ヴィヴァルディの音楽は、同じバロック時代とはいえバッハの音楽とは明らかに違っていることに、未熟ながら気付いていたのはわたしのチョッとした自慢である。だが、それがイタリアとドイツというお国柄の違いからくるものなのか、あるいは世俗社会と教会という身分的な要素に起因するものなのかといったところまでは考えは及ばなかった。
ただ、名曲を片っ端から聴いていた頃だから、そうしたクラシック音楽の微妙な違いを意識し始めるキッカケとなった音楽がヴィヴァルディの「四季」だったように思う。

この曲はヴィヴァルディの数あるヴァイオリン協奏曲集の「和声と創意の試み」と題された作品の第1集最初の4曲を切り離した形で演奏されることが通例になっていて、コンサートの演目でも、CDでもそういった単独で収録されることが多い。わたしたちが普段目にするCDなども、そうした形式で録音されているのがほとんどである。恐らくベートーヴェンの「運命」やメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲などに匹敵するほど、数多くのCDが現在までに発売されているはずである。

当日のイ・ムジチ合奏団の演奏は抑揚、緩急などメリハリがはっきりしていて実に歯切れの良い演奏だった。目を閉じて聴いていると四季それぞれの情景がテンポよく移り変わっていく様が見事だった。だが、意外にもこの「四季」という表題は、作曲者自身の命名ではないとのこと。
本来、描写音楽的に作られていたが、表題を付けるという慣習はその当時はあまりなかったのかもしれない。恐らくヴィヴァルディの音楽が当時としては先進的な試みだったのだろう。

当日のプログラムはこの「四季」をメインにヴィヴァルディの「2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲 (調和の霊感)より」とコレッリの合奏協奏曲2曲で構成され、アンコールはなんと4曲もサービスしてくれた。そんなところにも彼らの誠実さが出ているように感じた。

横浜みなとみらいホール内 当日、途中休憩時の様子。
初めて舞台裏側の席を取ったが、音的にはほとんど問題なかった。


今回のコンサートで一番の収穫は、同じバロックでありながらヴィヴァルディの音楽とコレッリの音楽とは明らかに相違していることをイ・ムジチ合奏団の演奏で明確に感じ取れたことだ。年代的にはコレッリの方が先輩格であり、ヴィヴァルディはコレッリやトレッリが確立しつつあった合奏協奏曲という形式を発展させていくのだが、同時代で同じアンサンブルでありながら放たれる音、響きはまったく別物と感じとれた。明らかにヴィヴァルディの音楽の方が洗練されていることが判る。普段CDなどではBGM的に聞いているこの時代の音楽だが、コンサートでじっくり聴いてみると、こうした違いが良く判り新たな発見に繋がり興味深い。

ヴィヴァルディは聖職にありながら、ヴェネチアの女子孤児院で音楽指導をしていたという変わった経歴を持っている。彼の作品のほとんどはこの女子合奏団の演奏のために作曲されたと言われているが、そうした彼の経歴を知ると「なるほど」と頷けること然りである。そのため、彼の音楽が「男性的か女性的か」といえば、女性的と感じるのは当然のことで、こうした彼の経歴に由来すると知れば納得がいく。そういえば、当日の会場も7割方女性で埋め尽くされていたは決して偶然ではないだろう。

因みに、ソロ・ヴァイオリンを担当しているアントニオ・アンセルミ(Antonio Anselmi)は典型的なイタリア人で見るからに女性受けしそうな風貌。女性ファンが多いのではと思っていたら、案の定、帰りのサイン会ではご婦人(?)たちの長蛇の列ができていた。あの風貌にあの躍動感溢れるヴァイオリンのテクニックが加われば当然のことかも知れないが・・・

2013年9月29日日曜日

How's everything? COFFEE BREAK: MALTA 「A Letter From September」 from ALBUM「Summer Dreamin'」

「今年の夏は暑かった!」なんて毎年のように繰り返しているが、確かに今年は歴代の最高気温都市が、これまでの埼玉県熊谷市から高知県四万十市に移り、その最高気温も41.0℃を記録するなど、気象に関する記録をことごとく塗り替えた本当に暑い夏だったのだ。

だが、このところは朝晩はめっきり涼しくなり、秋の気配をハッキリと感じるようになった。そうなると人間というものは欲張りで、あんなにもウンザリしていた夏の暑さが恋しくなる。そんな季節にピッタリの曲が今回紹介する 「A Letter From September」である。サックス奏者MALTAのアルバム「Summer Dreamin'」の中の一曲である。




MALTA「Summer Dreamin'」
MALTA 「Summer Dreamin'」

1  Summer Dreamin'  1:11
2  Morning Flight 4:54
3  Sea Express 3:47
4  Ocean Side 4:13
5  Super Wave 2:46
6  All Through The Night 4:08
7  Fancy Walkin' 4:34
8  Sunshine Street 4:47
9  Have A Nice Day 4:01
10  A Letter From September 4:14
11  Summer Dreamin' II 3:00


リリースが1985年ということで収録曲の中にはアレンジ面でチョッと時代を感じてしまうものもあるが、それはそれで「あの時はこうだったな~!」と懐かしく思いながら楽しく聴くことができる。

今回 「A Letter From September」をアルバムの中で最も優れたナンバーとして採り上げたが、このアルバムは実はアルバム全体で一つの物語を構成しているようで、一曲を独立した形で味わい語るのは、もしかして邪道だったのかもしれない。本来、アルバムとはそうした聴き方をするものなのだろうが、話はここまで来てしまったので気を取り戻し先へ進むことにしよう。

とりわけアルバムタイトルの「Summer Dreamin'」という曲がアルバムの中では重要な役割を果たしていて、冒頭と最後に配置されているのは、小説やドラマでいうところのプロローグとエピローグを意識してのことだろう。特に10曲目の当該曲「A Letter From September」から最終曲の「Summer Dreamin' II」への流れはいたって自然且つ必然である。

本来、哀愁を帯びたメロディーの「A Letter From September」が最終曲で、このアルバムを閉めていたのかもしれない。だが仮にアルバム構成がそうした単純なものだったら、これほどまでに強烈な印象をわたしに与えたであろうか。11曲目で、波音が効果的に使われている「Summer Dreamin'」が「Summer Dreamin'Ⅱ」として繰り返えされ、わたしたちリスナーはあたかも過ぎ去りし時間を愛おしんでいるかのような心境にさせられる。まさにひと夏の思い出は文字通りのエンドレス・サマーになったかのようである。

毎年、この時期になると何度か掛けてしまうナンバーである。

2013年9月27日金曜日

IN MY OPINION:「クルム伊達、観客のため息に切れる」それに対し当日駆け付けた観客は怒らないのか?

先日、:「クルム伊達、観客のため息に切れる」という記事を読み、とても残念だった。また、正直なところ腹が立った。誰に腹が立ったのかと言えば、当然のことながらクルム伊達に対してである。

当日、有明コロシアムの試合を観戦していた訳ではないので、偉そうなことは言えないが、テレビのニュースや複数のサイトの記事を読む限り、伊達自身に非があるようにわたしには思えた。

テニスや卓球を経験した人ならお分かりだろうが、長いラリーの末、自らのミスでネットなどしてプレーが途切れた時などは、思わず「ため息」が出るものである。それが大きな大会なら尚のこと、その落胆の度合いも大きいはずである。それは試合観戦の場合も同様ではないだろうか。そんな状況下で「ため息を止めろ」とは甚だ無理な話である。

問題のシーンはタイブレークの接戦の下での伊達のダブルフォルトに端を発し、その瞬間観客から一斉に件の「ため息」が発せられ、その際思わず上記のフレーズを彼女が叫んだという。最もこれ以前から彼女は観客のため息に対しては必要以上にナーバスになっていたらしいが。
これまで自分自身の不甲斐ないプレーに対し、自身を鼓舞するかのように大声で叫ぶプレーヤーを見たことはあったが、今回のようなケースは前代未聞ではないだろうか。

本来、自分を応援してくれる観客に対し敵意をむき出しにしては、その時点で勝敗の行方は伊達側には向いてこないのは当り前。サーブの際に観客が叫んだり、動いたりといったマナー違反があったのならともかく、「惜しい」とか「残念」の意を含んだ「ため息」が観客から出たからと言って、観客の所為にするのは問題をはき違えているとしか思えない。

彼女は自身のブログの中で、「どうして日本人の応援って悪いときはこもる感じになるんだろう??」と述べているが、その受け取り方は自分自身に問題があるからではないだろうか。確かに外国の観客はそれ程「こもらない」かも知れない。それは裏を返せば外国人の応援は日本人ほどクルム伊達を応援していないから「こもる」度合いも小さいし、「ため息」も出ないのだと思う。彼女にとってそれほどに日本人の応援は有難いはずである。そのことを彼女は冷静に考えてほしいと思う。

引退前の現役時代、伊達は、アスリートとしても人間的にも素晴らしい選手だったと思う。
現役復帰後も、かつての若さと力強さを頭脳プレーに変えて、精神的な強さと巧みな戦術で年齢以上のガンバリで試合に臨んでいた。だが、今回のような感情をさらけ出しては、肝心な頭脳プレーも機能しないはずである。
老体にムチ打って頑張るのもそろそろ限界ではないのか。ネット上にのった試合中の彼女の表情は、そのように映っていたように思う。

引退後、ウィンブルドン等のメジャー大会でテニス解説をしていたときの彼女は、自身の経験を踏まえた的確な解説で好感が持てたが、こんなことがあってはその頃の好印象が台無しになってしまう。これ以上、惨めな姿を観客の前で晒すのはやめて、そろそろ自分自身に正直になるべきだと思う。

往年の歌手やロックグループが来日し、コンサートなどで年老いた姿を晒し苦しそうに歌っている光景は、わたしは好きではない。本当のファンならそうした姿もたまらなく貴重であるという見方も一方にはあるのかもしれないが、個人的には惨めで見るに堪えないと感じてしまう。そんな老体と衰えた歌唱力なら、かつてのレコードを聴いていた方がマシと考えてしまうのである。
酷なようだが、現在のクルム伊達にはそんな姿が重なる。

今回の件で、当日、有明コロシアムに足を運んだ7000人の応援を完全に敵に回した形になった伊達。今後の試合が益々やり辛くなるのは確かだ。
ただ、感心したのは日本の観客、ファンの暖かさで、それ程心配する必要もないのかもしれない。

だが、今のところネット上では伊達を非難するような声はほとんど見ないが、果たして本音はどうなのか興味深い。試合観戦の仕方まで選手に指摘されて、それでも黙って応援を続ける日本の観客は、どこかのCMのように不思議としか言いようがない。

2013年9月8日日曜日

プーシキン美術館展 フランス絵画300年 個人のマナーと開催運営に問題あり

2013年7月6日から9月16日まで横浜みなとみらい地区にある横浜美術館でプーシキン美術館展が開かれています。
わたしが出かけたのが9月3日(火)。午前11時に着いたが、開催も終盤のためかチケット売り場は長蛇の列。夏休みの混雑を避けるため9月を狙ったが、どうやら裏目に出たようである。

横浜美術館 正面入り口


横浜美術館と並行してあるのが
最近オープンした「MARK IS みなとみらい」


美術館スタッフに尋ねると、40分待ちとのこと。この後、最終日まで恐らく連日混雑だろうということで、やむを得ず列の最後尾へ。結果的には20分程度でチケットを購入できたが、この間に二度も不快な思いをしたのには呆れるばかりである。

その一つが、列が進む度に後ろのお客からカカトへ再三のキックを受けたこと。もう一つは、いざ購入という時に、順番を守らずわたしを押しのけて行こうとした掟破りのお客がいたことである。実は待ち列は2列で並んでいたのだが、わたしのすぐ後ろの客が偶然にも揃って非常識なお客だったのである。それも所謂「おばさん」と呼べる年代の人たち。ただその二人はどうやら「お仲間」ではなかったようである。あのような状況では、車の渋滞と同じで焦ってもどうしようもないのに、何故アクセクするのだろうか。公共の場でのマナーの悪さが最近目立つが、小中学校の集団ならいざ知らず、実に情けない光景だった。


チケット売り場の列

そうこうしている間に、何とかチケットをゲットし展示会場に向かった。ところが一難去ってまた一難、今度は展示会場入口がお客で溢れているではないか。会場内は秩序というものはほとんどなく、無法地帯そのもの。作品の前でジッと立ち止まり動かないお客。そのため列らしきものはあっても、実態はほとんど進まない。大袈裟な言い方ではなく、実際に会場内を人に触れずに移動することはほとんど不可能な状況だった。その上、ここでも強引に人を押しのけて行く「おばさんパワー」が健在だったことは言うまでもない。

当日券チケット 一般1500円 


係員らしき人を何人か見かけたが、誘導どころか、お客に圧倒されているといった方が正解かも知れない。あのような状況では、入場制限が妥当だと思うのだが、残念ながらその気配はほとんど感じられなかった。

美術館というチョッと高尚な場に来ているのだから、多少お上品な行動をとって欲しかったと思う。やはり本性は隠せないのか、おばさんパワー炸裂でいつの間にか美術館はデパートのバーゲン会場さながらになっていた。

これまで美術館へは何度も出かけたことがあるが、今回のようなケースは今までで初めてである。
作品をじっくりと鑑賞するという環境では到底なかった。
図書館の利用の際もそうだが、あまりに混雑していたら図書館としての機能は半減してしまい、読書や学習する意欲はなくなってしまうに違いない。
美術館の美術鑑賞も同様で、あそこまで混雑していては鑑賞どころではない。歴史的に価値ある芸術作品に多くの人たちが興味をもち鑑賞してもらうことは文化国家としては喜ばしいことだが、観る側も芸術作品に相応しいマナーをもって鑑賞していただきたいものである。更に、主催者側の運営ノウハウの向上も必須の課題だろう。横浜美術館には今回のことを充分に反省していただき、これ以降の開催に反映させて頂きたいものである。

今回のプーシキン美術館展の公式図録

本来なら美術展鑑賞記として投稿する筈だったが、あまりの開催運営のお粗末さにこのような提言となってしまった。

2013年9月7日土曜日

IN MY OPINION:外来語乱用問題とNHKの放送に期待すること

かつて、NHKの放送には「こだわり」と「ポリシー(信条)」があったように思う。
ところが、最近の放送を見ていると残念ながら、そうした自負はほとんど感じられない。

その昔、長髪を理由に「グループサウンズ」が紅白歌合戦に出演できなかったことがあった。当時としては画期的な決断だったのであろうが、その毅然とした姿勢はNHKの「こだわり」と同時に好感を与えるものだった。そうした決断は当時の社会的状況からすると勇気ある行動であり、まさしく逆風だった筈である。しかしながら、そうした行動こそNHKが自身の立ち位置をわきまえた、放送に対し目指すべき姿勢ではないかと思う。

それでは、NHKのこうした姿勢は時代とともにどうして軟化してしまったのだろうか。
先ず思いつくのは、NHK 内部の不祥事問題と視聴率至上主義である。
NHKアナウサーによる暴行事件やプロデューサーの番組制作費不正支出など例を挙げれば切りがないが、そうした不祥事が立て続けに起こった。一方、番組の「やらせ」問題や「プロジェクトX」という番組での事実と異なる放送などが同時多発的に起きた。

一連のこうした事件は当然のことながらNHKの立場を悪くし、やがてその汚点をカバーするために視聴率至上主義という間違った方向を選択したのだろう。こうしたシナリオが容易に考えられる。

ただ、不祥事問題に関して言えは、それが一職員による単独の事件であるとしたら、それは致し方ないことだと思うのだが。数ある職員の中にはそうした良からぬ輩は少なからずいるはずである。それに対し組織として一定の責任をとることは確かにケジメだろうが、それによって組織の方針まで変える必要はないと考えるのは甘過ぎるだろうか。
個人的にはNHKに同情的である。当時、謝罪の特別番組なども放送し改革の姿勢を示したが、それよりも番組の内容で償ってほしかったと思う。

それ以来、NHKは視聴者に対し必要以上に媚を売っているように思えてならない。
その最たる具体例が民放化現象である。お笑いタレントの起用、食べ物を扱った番組構成、民放顔負けの「番宣」攻勢など。そう考えると、そもそもNHKは問題をはき違えているのではないかと思えてくる。独自路線を忘れ、民放の比較的視聴率の取れる番組内容を模倣するような安易な番組制作の道を選んだNHKに、輝かしい未来は見えてこない。

最近話題になっている、NHKの外来語乱用問題はまさに今のNHKを象徴しているような出来事だと思う。この問題に対し、NHKの言い分として「新しい感覚を盛り込む」といった理由が伝えられているが、このことこそ私が指摘する「NHKのはき違え」に他ならない。
NHKの番組に対し誰よりも期待し、楽しみにしているのは、他でもない高齢者の方々である。
そうした高齢者に外来語を多用したニュースやドキュメンタリー番組を放送することに番組スタッフは何の違和感も感じないのであろうか。ひとつの番組が完成するには当然いくつかの段階を経て、打ち合わせ会議なども開かれているはずである。その中で問題視されなかったことが、私たち素人の目から見ても不思議でならない。何より求められるのは、時代に遅れないための「新しい感覚」ではなく「分かり易さ」「正確さ」ではないのか。

わたし自身もこの文章の冒頭で敢えて「ポリシー(信条)」という外来語を使ったが、そこには「インターネットの世界だから」というある程度対象を見極めての判断があってのことである。
NHKの場合、視聴者の年代別割合を市場調査等で当然把握しているであろう。
それでも敢えて確信犯的にやっているとしたら、罪深いとしか言いようがない。
裁判の結果は現時点では出ていないが、その行方に注目したい。

視聴率の呪縛から一刻も早く抜け出し、独自路線の生き生きとした魅力ある番組を是非とも制作して頂きたい。今のところ期待できるのは地上波では「NHK」と「テレビ東京」だけだから。

今も細々と放送される大晦日の「行く年くる年」は幼少のころから見ていた懐かしい番組である。
各地のお寺を巡る映像は、気忙しい年の瀬とは裏腹に、心安らぐひと時である。
かつては、民放も含め共同番組として同時映像で放送されていたが、いつの間にか民放からその姿が消えた。NHKにはどんなことがあっても放送を続けていただきたいと思う。
この種の番組こそNHKらしさであり、NHKの存在感を示す番組内容ではないだろうか。
そして、視聴率がどうであれ、続けることがNHKの「こだわり」であり「ポリシー(信条)」だと思う。

2013年8月23日金曜日

根強い人気 XIV(エクシブ)伊豆

2011年8月に投稿した「今年もXIV(エクシブ)伊豆行ってきました。」
もう、2年も経つ記事にもかかわらず、いまだに読んでいただいているようでとても感激しています。

ということは、XIV(エクシブ)伊豆の情報をみなさん欲しがっているということなのでしょうか?
施設側や旅行会社などの資料やパンフでは分からない、実体験に基づく率直な口コミ的情報をみなさん求められているのかもしれません。
また、旅行の場合、宿泊するホテル等は勿論のこと、それ以上に近隣のレジャー施設や自然環境なども選択する上での重要な要素ですから、そうした近隣情報も欠かすことはできません。
その意味では、伊東にあるXIV(エクシブ)伊豆はそうした要望に叶う宿泊施設だと感じています。

実は2012年も3世代家族で2泊3日の旅を楽しんだのですが、何故かこちらのサイトにアップするのを忘れておりました。
当該の記事「今年もXIV(エクシブ)伊豆行ってきました。」は驚くほどのページビューではありませんが、2年前の記事とはいえ地道にカウントを伸ばしております。

そんな訳で、最新情報とは言えませんが(約1年前の情報)、今回は別サイトにアップしたエクシブ2012年版の記事を、ほぼそのままの状態でアップしています。
エクシブ伊豆はこれまで6~7回利用しているが、大室山に登るのはこの時が初めて。
今までどうして行かなかったのが不思議なくらい。
エクシブから近いし、登るにも手ごろなハイキングコースなのに・・・

みなさんの旅行の参考になればと遅ればせの投稿です。



 
XIV エクシブ伊豆に泊まる...2泊3日の旅 <2012 /08/21~23>

伊豆高原にオワンを伏せたように佇む山が大室山だ。
標高580メートルとはいえアナドルなかれ。
頂上に立つと360度全開の大パノラマが広がる。
何度となくこの地を訪れていたが、
登るのは今回がはじめて。
予想外の絶景にみな興奮気味でした。



(全体のシルエットが撮れなかったのが残念!)

(このリフトで稜線上の終点駅まで/かなり急勾配です)
 
出発駅から終点駅までの高低差139メートル、
その間5分程度で頂上付近の終点駅に到着する。
終点駅は稜線上の比較的低い部分にあるが、
それでも見下ろすとゾッとするほどの恐怖感を覚える。
ここから更に稜線上に沿って高低差数十メートルを上り山頂へ向かう。
大室山の頂上はすり鉢状になっていて、
底に当たるエリアではアーチェリーを楽しむ人たちを見かけました。
稜線は俗に「お鉢めぐり」というハイキングコースになっていて、
眼下の相模湾や天城連山を眺めながらのハイキングは最高!
楽でもなくキツくもなく、適度な運動になる
一周1000メートルほどのお手軽コースです。
 

(途中こんな光景も)
 
 
(前方に広がるのは相模湾)
 
 
(前方右側半分雲に隠れている山は恐らく富士山)
 
 
 

稜線を時計回りに進んで行き、最終段階に近づくと
こんなお地蔵さんが出迎えてくれる。
「お疲れさま!」と、ねぎらいの言葉を掛けてくれたような...
手軽に登れて、山頂では最高の眺望に出会え
適度な運動もできて、
大室山 最高!
(2012/08 JD)

2013年8月14日水曜日

IN MY OPINION:「世界陸上モスクワ」の放送から感じること

モウクワで現在行なわれている「陸上世界選手権 第14回モスクワ大会」
このところの日本の猛暑ほどではないにしても、それでもモスクワのこの時期としては異例の暑さが続くなかでの競技と聞く。世界のトップアスリートのこと、熱中症なんて心配する必要はないのだろうが、過酷な状況下での各選手の集中力は驚異的である。そんな世界のアスリートの連日の真剣勝負に対しては只々頭が下がる思いだ。改めてご苦労様と言いたい。

それに対し、リラックスムードでテレビ観戦を楽しむことができるこの環境に私たちは感謝しなければならないだろう。そして熱戦を繰り広げるアスリートたちに対しても。

だが、そんな熱い闘いムードをシラケさせることがひとつあることにみなさんは気が付いただろうか。そう、放送の仕方である。コマーシャルが長く多いのはTBSという民放なので致し方ないとしても、あの織田裕二のコメントはいただけない。彼の暴走を何とかコントロールしている中井美穂アナを毎回毎回気の毒に思っているが、観ていて気持ちの良いものではない。これまでの評判から番組進行役を降板する、あるいはさせられるのではと密かに期待していたのだが、スタートしてみれば続投ということでわたし自身大変ショックだった。それならば、少しは過去を反省して多少なりとも自分自身の感情(ペース)をセーブするのかと期待したが、ここ数日の放送を観ている限り一向にその気配は無いようである。

過去の織田氏の世界陸上の放送を観た方はお分かりだろうが、放送中の彼はまるで酒気帯びかと疑うほどのハイテンションかと思えば、急に下を向き考え込んだようになるなど落ち着きがない。番組中の彼の行動はまさにやりたい放題である。仮に、それが役者として番組を盛り上げようとするパフォーマンスだと弁解されても、視聴者側からすれば空回りとしか見えないし、鬱陶しく思えるだけで納得できない。

念のためここで確認しておくが、いま私たち(少なくとも私)視聴者は織田裕二主演の「踊る大捜査線」を観たいと思ってテレビのスイッチを入れた訳ではない。世界の超一流アスリートのパフォーマンスを純粋に観たいと思っているのである。これから始まる筋書きのないスポーツドラマに只々注目したいだけで、そこに変な小細工や演出は必要ないのだ。率直なところ、彼の話は何の役にも立たないし、彼でなければという必然性も何ひとつ浮かんでこない。その時間をもっと別の注目されていない種目などに割り当ててもらった方がどれほどありがたいことか。

また、日本の選手や注目の選手への偏った注目度は異常としか思えない。例えば100メートルのボルトや女子棒高跳びのイシンバエワに対してのそれである。彼らが悪い訳ではないが、本番前の控えの場面やウォームアップのシーンを再三映し出されても、正直「いい加減にして」というのが本音である。確かに彼らはスポーツ界で飛び抜けたスーパースターかも知れないが、あそこまで特定選手に時間を割く必要はないはずである。その度に「間もなく・・・」「この後・・・」と放送されるが実際に彼らの競技が始まるのは遙か後で、じらされることこの上ない。私のなかでは「間もなく」「この後」という言葉の概念が大きく変わってしまったように思う。
更に、プロモーションビデオ的な選手を紹介するビデオを何度も執拗に繰り返すのも時間の無駄に感じたしウンザリだった。要はすべて程度の問題なのだが。

実際、そうした時間の無駄使いによる弊害があった。その最たる事例としてこんなことがあった。
12日に行われた女子砲丸投げ決勝(私は大変注目していたのだが)である。結果はニュージーランドのバレリー・アダムズ(Valerie Adams)が優勝したのだが、その模様はリアルタイムではまったく映し出されなかった。忘れられたのかどうか本当の理由は分からないが、番組最後の方で慌てて競技結果を付け加えたところをみると、恐らく失態だったのだろう。何とも失礼な扱いでお粗末な結果だった。考えてみれば、およそ5時間に亘る番組である。特定選手への偏重と織田氏の不必要なコメントを割愛していれば、いくらでもその中で割り振れたはずなのにと思うと残念でならない。

昨今、今回の世界陸上をはじめとして、スポーツ番組にアイドルや有名タレントをコラボさせるような番組企画が目立つ。野球の始球式を女子アイドルが行う程度のことなら許せるが、どちらが主なのか分からないような行き過ぎの番組があるのも確かである。オリンピック中継なども含め、スポーツ番組は何時からこんな傾向になってしまったのだろうか。かつてはスポーツ中継番組というとその局のスポーツ専門アナウサーとスポーツ評論家、あるいはその種目のOB選手がゲストとして出演する程度のシンプルなものだった。それでも私たちは十分熱戦を堪能できていたのに・・・

2013年8月11日日曜日

IN MY OPINION:緊急地震速報

8日午後4時56分ごろ緊急地震速報が出た。
連日の蒸し暑さが多少和らいだ夕方の時間帯、ダラダラしたムードが一瞬にして緊張へと変わった。そう、震災後何度となく聞いたあの震えるような恐ろしい警鐘音。
久しく聞かなかったので、今回は尚のこと驚きも大きく、身も引き締まった。

幼少のころから、地震に対しては母親譲りのためか人一倍警戒心が強くかった。地震の度に「もうこれで自分もお仕舞いか」といまだに誇大妄想的に振る舞ってしまう自分を情けなく思うが、今回の緊急地震速報は初めて聞いた時以来の強烈な印象だった。

結果的に、誤報ということで災害に対する心配はなくなったが、一方で新幹線をはじめとした交通機関のダイヤを乱すなど社会的混乱を引き起こしたのはまぎれもない事実である。そうなると決まって批判されるのが気象庁や速報システムだが、そうした傾向はわたし自身はおかしいと思う。確かに速報システムも試行段階を過ぎ、ある程度信頼できる精度として稼働し、鉄道関係をはじめとして多くの組織がその速報に基づいて、次なるシステムが始動するという組織的連携がなされている以上、それ相応の重責を担うことは当然のことだが、それだからと言って責任を気象庁に転嫁するは一方的な偏見で、酷なようにも思える。自然という極めて気まぐれで巨大な存在を相手にすることは私たちが想像する以上の難儀と考えるからだ。

それよりも、某FテレビのベテランA女子アナによる緊急地震速報の情けない放送の方がむしろ呆れるばかりの出来事だったと思う。あの段階で情報がまとまっていないのは分かる。だが、途中まで話しては途切れ、また話し出したかと思うと突っかかるというまことに落ち着かない放送は、当該女子アナの普段の放送そのもので今に始まったことではないので特段の驚きはなかったが、こうした緊急時、聞く側としては「分かりやすく正しい情報」が欲しいのである。放送の中で「落ち着いた行動を」と言った常套句の呼びかけが何度かあったが、如何にも形式的で心がこもっていないアナウンスだった。「果たして落ち着くのはどちらなのだろうか?」と疑ってしまう始末。新たな情報と冷静な行動を促されるはずの緊急ニュースが、私にとってはイラつくばかりの精神衛生上極めて良くない波乱番組になっていた。

恐らく学歴、年齢、キャリアでも某Fテレビ局の中では高位の職位にあるはずだが、こんな放送をしていて「ニュース・キャスター」の肩書きを背負っていることに恥じらいはないのだろうかと思う。確かに彼女も新人から中堅にかけては持前の実力を発揮して頑張っていた時期もあったのだろうが、今ではその地位に溺れた感がある。放送中の彼女の若年寄的で相談役風な態度は好感が持てない。実際にはそこまで、年齢も経験もいっていないはずなのに・・・
やはり、このテレビ局の社風なのだろと変に頷けてしまう。

「他人に厳しく、自分に甘い」的傾向は某Fテレビ局のみならず、現代社会の風潮になっているようだが、他者を批判する前に、自分の身の周りを固めることが今の世の中ほど大切な時代はないように思う。

緊急地震速報の問題に照らしてみれば、誤報を批判する前に地震対策や震災後の復興支援など私たちがやらなければならないことは数多いはず。
被災地への思いも時間の経過とともに薄れてきているのは残念ながら悲しい事実だろうが、決して忘れてはならないことのひとつであるはず。
そんな矢先、地下汚染水の海への流出問題が震災から2年以上たった今、公になったことなどを考えると、自然界による私たちへの再度の警鐘と思えなくもない。
今回の誤報「緊急地震速報」はあってはならないことだが、私たちのチョッとたるんできたあの時の「気持ち(決意)」を皮肉にも、呼び戻してくれたのではないだろうか。
少なくとも、私のなかでは緊張感を「ふりだし」に戻してくれたような思いである。

2013年8月9日金曜日

IN MY OPINION:「やがて悲しき博士号」 就職難に例外はない

今朝(2013年8月8日 木曜日)の朝日新聞社会面31面に「やがて悲しき博士号」という記事があった。それによると「この春に博士課程を修了した大学院生のうち、非正規雇用の身分で働くなど安定した職に就いていない人が40.1%に上った」ということで、この数値は前年比1.6ポイント増とのことである。

新聞紙上なので、そのことが良いことか悪いことかといった踏み込んだ見解は当然述べられていないが、「高学歴の博士たちが、就職難で苦しんでいる」という実態がいくつかの具体例を交えて報告されていた。

確かに、気の毒な話だというのが記事を読んでの最初の感想だが、高学歴でない人たちもまた同じように空前の就職難で苦しんでいることも、これまた純然とした事実ではないかとも思った。
今更、高学歴者だけを採り上げて問題視するのは的外れで時代遅れのように思えた。

また、この記事によれば、博士課程に進む学生は、20年間で2.5倍に膨らんだという。そうした増加現象は研究や産業技術の高度化に伴い、国が意図的に推し進めた政策の結果であるというが、その背景には長く続く不景気による就職難が大きく影響しているともいえるだろう。つまり、「それなりの優れた技術 や高度な資格を持っていれば就職には苦労しないだろう」という考え方が、「高学歴を目指さないと」という切迫した意識へと繋がったのだと思う。有事の際に安全地帯に逃げ込もうとする心理は人間誰しも同じだろうから。

新聞紙上で紹介されているように、高学歴者が身分不相応な職場で、身分不相応な賃金のもと働いているのは確かに納得いかないおかしな話だろう。しかし一方で、何十社へも履歴書を送り応募したにもかかわらず、書類選考の段階で振り落されている求職者も多いと聞く。彼らからすれば、贅沢な悩みで就職できているだけマシと思われても仕方ないことのように思える。こうした悲観的で当て擦り的な表現はあまり好きではないが、わが身も過去のある時期に多少なりとも同様の経験があったことを思うと、どうしてもそうした表現を避けることはできなかった。

今回の就職難の問題は、高学歴のレベルだけに止まらず、どんなレベルの人たちにとっても一応に厳しく、納得のいかない社会的不条理として私たちみんなに共通に投げかけられている。ただ、そうした矛盾だけを捉えて悲観しているだけでは、何一つ解決には至らないし、前進もないだろう。

「就職氷河期」などと呼ばれて久しいが、一向に改善の兆しは見られず、この雇用の問題は根が深いことを実感する。単に、景気回復、経済の安定だけの問題で解決できる程単純な問題ではなくなってきていると思う。定年制、年功序列制、終身雇用制、学歴偏重主義などのこれまでの制度・慣例を見直す中で、景気動向と照らし合わせながら総合的に検討し、社会全体を巻き込むくらいの大規模な制度改革が何よりも必要なのかもしれない。同時に、私たちが信じて疑わなかった職業、就職に対するこれまでの意識・概念を根底から覆すような私たち自身の意識改革も場合によっては必要だと思う。

当たり前のことだが、私たちの社会は高学歴の博士たちだけで成り立っている訳ではない。頭脳労働をする方もいれば、肉体労働をする方もいて初めて成り立っている社会である。例えが適切かどうか分からないが、米ネット通販大手アマゾンは創業者ジェフ・ベゾス氏の頭脳だけで成り立っている訳ではない。個別訪問をする多くの宅配業者の一人一人が末端の現場で汗水流しているから成り立っているという基本構造をないがしろにしてはならない。彼らの「配達」という地道な行動があってこそ巨大企業アマゾンも私たち顧客の生活も成り立っていることを決して忘れてはならないと思う。

今朝の新聞記事は、現在就職難で苦しんでいる人が多いが、その中でも高学歴の人たちでさえ職に溢れているという実態を恐らく強調したかったのだろうが、些か言葉足らずの感ありといったところだ。記事の内容からは、彼らは少なからず職に就けているし、就けていない人も高い理想を追っているから、現状はそのような境遇にあると読み取れなくもないのである。ある一定の求職者たちからすれば次元の違う話と思われても致し方ないところである。そのために、反感を持たれるケースも当然あり得るのだ。

こうした問題に触れていると、賃金格差の問題にも踏み込みたくなるが、今回はこの辺にしておきたい。機会があれば是非取り上げたいテーマのひとつである。

2013年8月1日木曜日

IN MY OPINION:「ネット選挙」という言葉がイメージするものとは

米グーグルの日本法人の発表によると、今回の参議院選挙で各政党の公式インターネットサイトを閲覧した有権者の割合は、最高数字の自民党でさえ1%代だったそうである。
つまり、今回の選挙で政党の公式インターネットサイトを参考にし、投票に活かした有権者は非常に少なかったということである。「ネット選挙」元年だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが、人々の反応や認識からいろいろのことが見えてきたように思う。

解禁後、初めての選挙と言うことで、当局をはじめマスコミ報道関係者の間では大変注目されていた「ネット選挙」だったが、ふたを開けてみれば一般有権者の関心はそれ程でもなかったようである。このネット選挙に関しては、議員のブログ等の活用に対する是非が解禁以前から問題視されていて、この間かなり議論がなされその成り行きが注目されていた。だが、関係者の盛り上がりだけが目立ち、周りは白けムードだったことが図らずもこの選挙で明らかになった形である。

もっとも選挙戦中盤、あるテレビ曲の放送で「ネット選挙とは?」という街頭での問いかけに「ネットで投票ができるんでしょ」と回答する人が意外に多かったのを見ても、こうしたグーグルの調査結果の数値はある程度想像できたのだが・・・

確かに、投票率低下の問題や今回のようなネット選挙に対する関心、認識の低さは憂うべき問題に違いないが、今回私が問題にするのは「ネット選挙ではネットから投票ができる」という多くの人たちの認識に対してである。言い換えれば、「ネットは万能」と言ったネットへの過信(依存)に対する警鐘である。

かつて、インターネットがまったく極々一部の人たちのコミュニケーションツールであった頃、一般の人びとはインターネットの極々一部の機能を知っただけで驚愕の関心を示したものだった。当時の参考書などを見ると、「自宅に居ながらにして米国のホワイトハウスの概要がわかる」的な表現があり、まさしくホームページのことを言っていたのであろうが、そのホワイトハウスの画像がパソコンのディスプレイ上に徐々に表れる様を固唾を呑んで見守ったものである。そう、あの頃はインターネットのすべてが新鮮であり、感動的だったのである。それまで見慣れない不格好な形をしたパソコンケースは、ある意味触るのが怖かったし、取っつきにくい存在だったが、その圧倒的なパワーは感動的であり、大いなる魅力だったのである。

やがて、月日は流れ人々のパソコンやインターネットに対する知識も向上し、ネットという用語が一般化するにつれ、私たちのパソコンやインターネットに対する違和感や感動は、それに反比例するかのように低下していった。そうした現象を一方では「順応性が高い」と評価する面もあるのだろうが、今回の「ネット選挙」に関する人びとの認識のように、その「順応性の高さ」が禍し「パソコンやインターネットは万能」という誤った過信に繋がったと言えなくもないのである。
自動車の運転のように、初心者の頃はおっかなびっくり操作をしているのでそれ程の過ちは犯さないが、チョッと慣れた中級者の中に過信という心の隙ができて、それが大きな事故に結びつくということはよくある事例と聞く。

パソコンやインターネットを扱うデジタル社会にこのことを置き換えても、まったく同じことが言えるのではないだろうか。例えば、ネットからフリーソフトをダウンロードしてインストールする際に、いくつかのダイアログが表示されるが、初心者の頃は丁寧に一語一語その文章を読んでいたが、そうしたインストールの操作に慣れてくると、私たちは(私も含む)そうした注意書きを疎かにする傾向になってくる。「OK」や「はい}ボタンを反射的にクリックしてしまうことだ。
その結果、悪性のツールバーやアドインなど、極端にはウィルスまで自分のパソコンに取り込んでしまうのである。

但し、こうした被害以上に私が一番懸念することは、「ネットは万能」と言ったネットに対する安易な過信が私たち個人の潜在意識にもたらす影響である。つまり、現代社会はネットで検索すれば何でも分かるという一見便利な社会だが、その反面で私たちの思考能力はどんどん低下していくのではないかということである。考えることを疎かにする人間に果たして輝かしい未来はあるのだろうか。PCの漢字変換機能によって、私たちの漢字書き取り能力は低下していると言われて久しいが、それと同じことが私たちの「考える」という価値ある作業に多少なりとも影響を及ぼしていると考える方が自然であろう。
ネットと聞けば直ちに何でもできる世界と思い、その勝手な拡大解釈が前述の「ネットで投票ができるんでしょ」ということに結びついたのだろうが、確かに今のネットワークは技術的にはその能力は充分あるだろうが、行政面でそこまでは認めなかったというのが現実なのである。安易な思い込みが招いたミステイクなのだろうが、他人事とは言えない考えさせられる事例でもある。

インターネットの世界は私たちが想像する以上の圧倒的な情報で溢れているに違いない。その中には当然正しい情報もあれば、間違った情報も潜んでいる。そうした情報の存在を知り、差異を判断する力を持つことが、以前にもましてこれからの時代は求められるべき姿勢であり能力だろうと思う。

確かにパソコンやインターネットは便利である。その能力を活用して私たちの生活を便利に快適にすることは間違ったことではないと思う。しかし、そうしたものと上手に付き合っていくには、ある種の気構えと前述したようなある程度の努力を惜しんではいけない。
「ネット選挙とは?」という上記の事例に象徴されるように、ネットの表面的な付き合い方ではある種の危険を伴うこと、また、そのことが大きな問題へと発展しかねないということを充分理解する必要があるだろ。デジタルの世界は日進月歩である。それ故に現時点で、パソコンやインターネットができること、できないことの限界を知ることも重要な自己防衛策のひとつだと思う。

2013年7月29日月曜日

Windowsの予期せぬ再起動とブルースクリーン、その原因は・・・


Windows 8.1 Preview版のアップデート失敗以降、我がデスクトップパソコンの安定性が極めて悪くなった。具体的症状としては、フリーズと予期せぬ再起動そしてブルースクリーンである。
  • DAD_POOL_HEADER
  • SYSTEM_SERVICE_EXCEPTION
  • SYSTEM_PTE_MISUSE
  • KMODE_EXCEPTION_NOT_HANDLED(usbehci.sys)
といったブルースクリーン絡みのエラーニーモニックがこの間少なくとも4種類出た。
しかも2番目の「SYSTEM_SERVICE_EXCEPTION」が複数回出たほかは、その度ごとにエラーニーモニックは変化した。

そして、上記のエラーニーモニックにはそれぞれに次のような共通の説明文が表示されていた

*ニーモニックとはパソコンなどが扱う機械語をできるだけ人間が理解できるようにするための命令語。

問題が発生したため、PCを再起動する必要があります。
エラー情報を収集しています。自動的に再起動します。(0%完了)

詳細については、次のエラーを後からオンラインで検索してください。********


上の赤字部分が説明文で、「」部分に上記のエラーニーモニックが記載されていた。

だが、「0%完了」部分の数字はカウントアップせず、暫く待てば自動的に再起動するかと思ったが、いくら待っても説明文通りの「自動的再起動」はなかった。
この辺りはプログラムの作りの姿勢に問題があるのだろうが、メッセージの表現が非常に分かりづらく、これ以降どうしたらよいのかユーザーは戸惑ってしまう。これはユーザーに対して不親切であると感じた。ただ、エラーメッセージが不親切で意味不明なのは今に始まったことではないのだが・・・

わたしの場合、仕方なく電源ボタンの長押しで無理やり再起動したが、果たしてこれでよかったものかハッキリしないが、システムが起動したので、
メッセージ通りエラーについてネット上で検索したところ、

ソフトウェア絡みではBIOS、デバイスドライバ、アプリケーションなどが最新のバージョンになっているか、あるいはバージョン相違を疑う必要があるとのこと。

ハードウェアではメモリ、HDD、マザーボードの故障乃至は接続不良などをチェック、とあった。

*以上は、上記の4つのエラーニーモニックが出た場合の予想される原因の概略であるが、個々のエラーニーモニックの詳しい内容について興味のある方は、各自ネット等で調べていただきたい。

しかし、そうした原因の候補を一つ一つチェックしていく中で、疑問というか気になる点がひとつ思い浮かんだ。それはブルースクリーンになる度に、表示されるエラーニーモニックが異なる点だ。仮にメモリやHDDなどの故障だったら、毎回同じエラーニーモニックが出てしかるべきだと思ったのである。
更に、ある時かなり大きいファン音がして、しばらく続き、そして収まったことなどを考えると「熱暴走」が疑わしく思えてきた。
今回の場合、Windows 8.1 Preview版のアップデートに失敗という、かなり深刻な要因も重なっていて、精神的にもタイミング的にも最悪状態だったため、基本的なことを見落としていることに気が付いたのである。
これは蛇足だが、その昔、社内の電話サポートをやっているとき、「昨日は正常に動いていたのに、今日電源ボタンを押してもウィンドウズが起動しない」という質問が時々あり、そのほとんどがフロッピードライブにフロッピーディスクを入れっぱなししていたことが原因だった。この例などはパソコン初心者にとってみればウィンドウズの起動の仕組みを分かっていなければということで難問だが、サポートする側にとってみれば極めて初歩的な問題になるだろう。かつてパソコンの本体にフロッピードライブという挿入口があった時代の極めて古いお話である。

今回問題を複雑にしたのは、「Windows 8.1 Preview版のアップデート失敗」と、実際の原因だった(まだ100%確信はできないが)パソコンの裏面、側面の通気口が埃によってほぼ完全に塞がれていたことによる「オーバーヒート」がほぼ同時に起こったことである。

反省点としては、
  • トラブル対応はやはり、基本的なことからチェックする。
  • 思い込みは禁物。
  • 普段からのこまめな手入れが必要。
という極めて初歩的な内容で情けない結果に終わったが、日頃トラブルなく安定した時期が長く続くと私たちはそうした基本をとかく忘れがちになり、心に隙ができるということがよく分かった。これはパソコンに限ったことではなく、私たちの生活全般にも言えることだと思う。
ネットワークケーブルや電源タップの差し込みのチェックなどは基本中の基本だが、難しく考える前にまずは基本事項のチェックが優先である。普段から注意し、今回のケースを教訓としなければならないと痛感した。

追伸
パソコンの通気口の埃を一掃し、内部についてもオーバーホールに近い掃除をした以降、今回悩まされたいくつかの不具合はパッタリと出なくなった。清掃直後はファン音が一定間隔で大きくなったり収まったりを繰り返したが、現在はそうした症状もほとんどなく安定を保っている。
そうした安定状況も3~4日経過しているので、ほぼ原因は「埃による熱暴走」と特定して差し支えないだろう。諸悪の根源はなんと「埃」だったのだ。

それにしても、年々夏の暑さは厳しさを増すばかりである。最も熱を苦手とするパソコンにとっては嫌な夏が来たと思っているに違いない。ペットや植木を世話するように、パソコンにも細心の注意が必要な季節である。

ジャケ買い天国: シリーズ第4弾「コリーン ジス・ワンズ・フォー・ユウ CORINNE This One's For You」

CORINNE This One's For You (1999)

コリーン ジス・ワンズ・フォー・ユウ


1  Wonderful World 3:50
2  Rescue Me 3:27
  3  Just A Minute 3:24
4  This One's For You 4:52
5  Higher Power 3:29
6  Woman In Love 3:59
7  Blamin' It One Love 2:59
8  Keep One 3:57
9  Magical Woman 3:03
10  Whatever It Takes 3:43
11  Let The Music Play 3:25
12  True Love 4:17
13  What A Feeling 3:27
14  Rescue Me (Dance Mix) 3:18

最近のようにジーンズやパンツスタイルが女性ファッションの主流になっていると、このアルバムジャケットのような女性を見かけることはとても珍しくなったように思う。しかし、こうしたキュートな仕草にこそ本来の女性らしさや色っぽさを感じとることができるのではないだろうか。健康的な色気とはこんな何気ないシーンにあるのかもしれない。こんなジャケットに出会ったら、中身はどうあれ買わずにはいられなないのが人の常(?)。恋愛で言うところの「ひと目惚れ」。
斯くして、このアルバムも私のCD蒐集歴で名誉ある(?)「ジャケ買い」の一枚に加わることになったのである。

このアルバムはコリーンのデビューアルバムで、発売されたのは1999年。
当時のアルバムのキャッチコピーを見てみると「21世紀のスーパー・ディーヴァ コリーン」とある。
だが皮肉にも現在、彼女についてはほとんど忘れ去られているようで、ネットでもアルバムは廃盤扱いであり、残念ながら現時点では入手は困難である。

デビュー以降の彼女の動向を知りたくて、いろいろと調べてみたがほとんど資料は見つからなかった。「CORINNE」でネット検索掛けても、コリーヌ・ベイリー・レイ(Corinne Bailey Rae)というイギリスのシンガーソングライターにヒットしてしまい、当該のコリーンに関する情報は見当たらない。ちなみに、コリーヌ・ベイリー・レイというのはノラ・ジョーンズやシャーデーなどと同系の今風の若手女性シンガーである。

こちらはソウルフルな歌唱が話題の「コリーヌ・ベイリー・レイ」


唯一の資料である当時のCDジャケットのライナートーツによれば、本名がカリン・オスカーソンでスウェーデン出身とのこと。当時の年齢から計算すると現在は37歳前後のようである。

音楽に於いてはジャンルに拘らない幅広い活動と、ミュージカルやジャズダンスの経験もあるという多才ぶりで、当時はスーパースターへの道を一歩一歩目指していたようである。だが、彼女のその後の活動内容はハッキリしないので断定はできないが、そんな堅実な努力にもかかわらず彼女の輝かしい活躍はそれ以降残念ながらなかったようである。

思うに、彼女がデビューした2000年前後は、時期的には最悪のタイミングだったように思う。当時のミュージックシーンはホイットニー・ヒューストンやマライヤ・キャリーという桁外れの大物女性ヴォーカルが両横綱として君臨していた時代である。それも彼女たちの全盛期にカブっていたのだから。

そんなタイミングの悪さに加え、彼女自身にも不運をもたらす要因があったのではと個人的には思っている。それはこのアルバム「This One's For You」を聴けば頷けるかもしれない。
アルバムはポップ、ソウル、ロック、ダンスミュージック、それに本格的なバラード物で構成されていて、彼女のキャリア通り、何れのナンバーも無難にこなしている。端的に言って、彼女は多才(多彩)過ぎたのだと思う。その何でもこなす器用さが逆の結果を招いたのかもと想像する。
更に、彼女が目指した歌手としての路線にも問題があったのではないだろうか。

当面は若さを前面に出し、大ヒットした2曲目の「Rescue Me」のようなダンスナンバーに絞ったアルバム作りに専念する方が得策だったかもしれない。ジャケット写真から想像する彼女のイメージはどう見てもアイドルである。だが彼女の声質、歌唱法は実にアダルトで本格的で、バーバラ・ストライザンドの名曲「Woman In Love」や映画フラッシュダンスのテーマ曲「What A Feeling」のような難曲もいとも容易くカバーしている。そうした難しい曲も私は唱えるのよと言わんばかりの選曲も逆効果に働いたのかもしれない。そんな彼女の背伸びした実力も、当時の時代背景では単なる「平凡な歌手」と見なされたのだろう。
当時の女性ヴォーカル界は、歌唱力と美貌を兼ね備えた実力者はいくらでもいた時代である。

今、改めてこのアルバムを聴いてみると一曲一曲の完成度は高く、その上1999年のアルバムとは思えぬほど新鮮でほとんど古さを感じない。ブレイクできるチャンスを秘めたアルバムだけにとても惜しいと思っている。今だったら勝負できたのかもしれないと思うと、「巡り合わせの悪さ」というか運命の悪戯のようなものを感じずにはいられない。これまでのミュージックシーンを振り返れば、ある種の偶然やチョッとしたキッカケ(CMに採用されるなど)でブレイクした曲は少なくない。私のようなこうした音楽紹介サイトの記事がこうした不運なアーチストたちの掘り起しの一助になれば幸いである。

最後にコリーンに関して書いていて何より不思議に感じたことがある。それはあれほどストイックにスーパースターを目指していた彼女が、このデビューアルバム以降目立った活動をしていないということである。そう決めつけて良いのかわからないが、少なくとも今のミュージックシーンにあって、これと言った彼女に関する情報を私たち音楽ファンが容易に得ることができないというのは実にミステリーである。デビューアルバムが芳しくなくても、諦めることなく次に挑戦するのがデビュー当時の彼女のスタイルでありパワーだったと思うのだが・・・
それとも、私だけが知らないだけで、スウェーデン辺りでは今でも大活躍しているのだろうか。 
心温まる近況なら是非とも知りたいものだ。

2013年7月24日水曜日

懐かしのハートカクテル わたせせいぞう

そう、そのアニメーションとの出合いは何気なくかけたテレビからだった。
日本テレビ系で深夜放送されていた「ハートカクテル」である。イラストレーターの「わたせせいぞう」氏によるもので、一話3分程のスキット風の短編で、どこか切ないけど心温まるラブストーリー集だった。初めてみたストーリーが何話目のものだったのか、詳しいことはほとんど覚えていないがインパクトがあったことは確かである。話の舞台が日本でありながら、どこかコスモポリタン的な世界を思わせる「空気感」もこの作品の魅力のひとつだったのだろう。いつかはこのアニメの世界のような生活を自分もできたらという淡いロマンを抱かせる作品でもあった。放送が待ち遠しかったことや、これまでの見逃した話などもたくさんあったので、レンタルビデオを借りてその後一気に観てしまった記憶がある。

それほどまでに夢中になった「ハートカクテル」も何時しか私の脳裏から消え去り、ダビングしたVHSの行方もわからないままだ。何冊か揃えた「ハートカクテル」のコミックブックなどもあったが、恐らくブックオフ行きという悲惨な結末になったはずである。自身が歳をとり、「ハートカクテル」などと言っていられない年代になったからと想像するが、とても残念なことをしたと思っている。

今回はそんなロマン溢れる時代に一大ブームとなった「わたせせいぞう」氏の出世作「ハートカクテル」のお話をしよう。


先日ネットを見ていると、ハートカクテルのオリジナルCDをタワーレコード限定で発売という記事を読み(実は2012年8月に既に発売されていたのだが)、懐かしさのあまり、当時のノリで買ってしまったが、考えてみればこのアルバムもLPレコードで持っていたはずである。レコードはすべてとってあるので、恐らく物置奥のダンボール箱を探せば出てくるだろう。

先日、懐かしさのあまり購入してしまった「ハートカクテル Vol.1」


購入したアルバムはハートカクテルCDシリーズの「Vol.1」でアルバム全体を松岡直也が担当している。アニメーションのバックに流れる曲は、その中では当然のこととして一曲丸ごとは使われていない。その点CDでは一曲全体を聴くことができるので、アニメのときとは別の楽しみ方ができる。
一般のサウンドトラック盤の映画CDの魅力はそんなところにあるのだろう。


人の記憶というのは時として頼りないところがあるけれど、それに音楽が伴うと確かな記憶にアップグレードされるのは不思議だ。一曲目の「ふたりきりのビアガーデン」の冒頭が流れただけで、当時のことやアニメのワンシーンが甦って来るからだ。そのとき音楽のパワーはすごいと思った。過去の記憶を一瞬にして呼び戻し、現在のひとときを楽しませ、未来に夢を与え、私たちを勇気づけてくれるのだから。


「ハートカクテル」のアニメシリーズは松岡直也氏のほか、島健氏、トニーズ・ショウなどのミュージシャンが音楽を担当していたが、私は三枝成彰(章)氏のVol.5、Vol.6が特に好きだった。演奏がオーケストラということもあって、奥行き感があり、ちょっぴり切ない「わたせせいぞう氏のハートカクテル」のストーリーに、三枝氏の哀愁ある旋律がピッタリはまっている。なかでもVol.5の「コットンキャンディーの好きなサンタ」は曲、ストーリーともにお気に入りの一曲である。ちなみにこの曲、CDの曲だけを聴いていると、どこまでも切なく悲しいが、アニメの中では途中から明るく楽しいクリスマスソングに受け継がれ、ストーリー的にはハッピーエンドである。
そう、「ハートカクテル」シリーズの救われるところは、ほとんどのストーリーがハッピーエンドであることだ。こうした点はわたせ氏の人柄からくるものなのだろう、このシリーズの魅力のひとつにもなっている。こうしたストーリー性を考えると三枝氏の音楽は、他のミュージシャンの方たちとくらべると「哀愁」が強すぎて「悲恋」を想定してしまい「ハートカクテル」の世界にはチョッと相応しくないと思えるときもあるけど、ピッタリはまっている作品も多い。楽曲的には素晴らしい音楽ばかりで、何と言ってもその旋律の美しさは際立っている。

以前から持っていた三枝成彰(章)氏が担当した「Heart Cocktail Vol.5」


同じく「Heart Cocktail Vol.6」 二枚とも愛聴盤である。

ところで、この「ハートカクテル」のテレビアニメがスタートした1986年ころのわが国はバブル期の真っ只中にあった。主人公たちの生活振りもファッションも大変オシャレで、映像は贅沢な時代を反映している。
AUTHENTIC TRAD(オーセンティック・トラッド)なんてファッション用語もこのアニメで知ったが、当時ファッションに対するコダワリはみんな持っていて、とても強かったように思う。消極的だった国民性がこの頃から少しずつ変わってきたのかもしれない。高級外車や有名ブランド品を身に纏うことが一種のステイタス化した時代でもあったのだ。

そして、このシリーズの中で、多くのストーリーに共通する重要な役割を果たしているアイテムがある。それは電話である。現代のようなコンパクトで持ち運び自由の携帯電話ではなく、家に設置された固定電話や街中の公衆電話の存在である。それでも当時としては伝達手段としては最先端を行っていたのであろうが、固定電話だからこそ起こり得る、「すれ違い」や伝わらない「もどかしさ」がストーリーの重要なポイントになっていて興味深い。

恐らく携帯電話だったら味気なくて、あのようなストーリー展開にはならなかったのであろうが、前述の「コットンキャンディーの好きなサンタ」も、店内の固定電話が重要な役割を果たしているストーリーのひとつである。

バブル期は褒められた時代とは決して言えないが、ある意味今の時代とは比較にならないほどの明るさと輝きがあったように思う。携帯電話もパソコンもない時代でありながら、人びとの表情や心は今よりもずっと豊かだった。それは単なる物の豊かさだけに起因するのではなく、明るい未来が想像できるかどうかという精神面の違いにあったのかもしれない。

2013年7月19日金曜日

「Windows8.1 Preview」版のアップデートが上手くいかない、そして新たな問題「entrusted」とは?

~「Windows8.1Preview」版アップデート失敗後の後遺症あれこれ~


先ず本題に入る前に、あるIT用語について再確認しておこう。
それは「ホームページ」という用語である。現在、「ホームページ」というとWebサイト・Webページ全体をイメージするのが一般的だが、当初はWebブラウザ起動時に最初に表示されるページが「ホームページ」とされていた。その後、サイトのトップページのことを指すようになり、今ではサイト全般を意味するように拡大解釈されるようになった。

とは言え、用語(言葉)なんて所詮は流動的なもので、時代を遡れば多くの言葉が同じ運命を辿ってきたのではないだろうか。極端には、本来の意味とはまったく逆の意味で使われていたり、上記の事例のように意味が拡大解釈されて使われている事例などは驚くほど多い。例えば、IT用語の中に今トレンドの「Wi-Fi」というのがあるが、これは現在では無線LAN 接続全般を意味しているようだが、当初は幾分ニュアンスが違っていた。

無線LANの初期段階は各メーカーの無線機器(無線LANルーター、USBアダプター子機など)はメーカー間の互換性が悪く、同一メーカーの機器同士なら繋がっても、メーカーが異なると途端に繋がらないという厄介なケースが多かった。その後、各メーカー間の協力のもと互換性の高い製品が製造されるようになった。
こうした互換性があり、信頼性のある製品に対し「Wi-Fi」というマークをパッケージに表示し、通常の製品とは区別したのである。「Wi-Fi」という用語などは拡大解釈され使われている最たる事例と言えよう。

ところで、「ホームページ」の話題に戻るが、旧の使われ方、つまり「最初に表示されるページ」として使われている好例として、インターネット・エクスプローラー(IE)の「インターネット オプション」画面にその名残を見ることができる(図1参照)。この画面の「ホームページ」という用語はまさしく「Webブラウザを起動したときに最初に表示されるページ」のことである。これは「Firefox」というWebブラウザのなかでも同じ意味で使われている。

図1 「インターネット オプション」画面


今回採り上げる本題はこのユーザーがWebブラウザを起動したときに最初に表示されるよう設定した「ホームページ」が別のページ(具体的には「entrusted」という表題の検索ページ)にいつの間にか強制的に変更されてしまうという現象についてである。この問題が更に厄介なのは、Webブラウザの「インターネット オプション」でグーグルやヤフーのポータルサイトに変更しても、次回のWebブラウザ起動時にはまた元に戻ってしまい、再びトップページを占拠されてしまうということだ。
以前ここで「hao123」について触れたが、今回の「entrusted」もあの時のケースによく似ている。

「hao123」の時も、こうした姑息な手段が現在のインターネット上に蔓延していることを嘆いたが、この先もネットと係わっていくならば、こうした試練(?)に耐えるだけの覚悟が必要と改めて痛感した。

それでは、今回の状況と対応についてまとめたので同じようなケースでお困りの方は参考にされたい。但し、一般的だがその際の一切の責任については自己責任でお願いしたい。パソコンのスペックやインストールされているアプリケーションなどPC環境の違いで結果は大きく違ってくることが容易に想定されるからだ。それがパソコンの世界であるということでご理解いただきたい。あくまでも参考としてお読みいただきたい。

<概要>
「Windows8.1 Preview」がダウンロード可になり、早速アップデートを試みたが、最終段階でエラーが出て結果的にアップデートは成功しなかった。回復機能のようなものがはたらき、システムが修復作業を始め「Windows8」に戻したというメッセージが出て一連の作業は終了した。
その際、エラーについての詳しい説明などほとんどなく一方的に上記作業が行われたため、不本意だったが、自分のPCはアップデートの対象外かと諦めた。

ところが、その後いつものようにPCを使っていると、予期せぬところで強制的に再起動が繰り返されるという不具合が起こりだした。「再起動が繰り返される」原因にはハード面とソフト面での原因が考えられるが、このアップデート以前にはこうした現象は皆無だったので、ハード面の原因は考えにくいと思った。思うに、エラー後の修復作業で完全に修復されず、一部のシステムデータが書き換えられたままになったことが要因ではと判断した。

この場合、そのデータを特定するのは困難なので、ユーザー情報には影響しないWindows8の復元機能「PCをリフレッシュする」を試みることにした。

ちなみにWindows8の復元機能のひとつ「PCをリフレッシュする」はほとんどのインストール済のソフトは削除されてしまうが、OSの入れ替えだけで個人データやLAN 、インターネットの設定などは残るため、その後の作業も楽でとても便利である。もうひとつの復元機能「すべてを削除してWindows を再インストールする」はまったくの初期状態に戻せるが、個人データは削除されてしまう。

次に「PCをリフレッシュする」の復元作業が終わり、PCの環境を以前の状態にできるだけ戻したかったので、削除されたフリーソフトをWebサイトから精力的にダウンロードしインストールを繰り返した。
*この復元作業で削除されたソフトについてはシステム側で一覧にしてくれる機能があるのでそれを利用。というか作業前に影響するソフトとして一覧にして教えてくれるので親切である。

<「entrusted」は何時PCに取り込まれたのか>
上記フリーソフトのダウンロード時に何らかのソフトに付随して取り込まれたように思われる。ソフトの特定については現時点ではできていない。インストールの画面で注意深くコメントを読まなかったのが大きな原因と反省している。

<「entrusted」が取り込まれてからのPCの状況>
それまで、Webブラウザを起動したときのトップページは「Googleの検索ページ」にしていたが、それ以降「entrusted」の画面になってしまう。IEの「インターネット オプション」で「Google」に変更しても、次回のIE起動時にはまた元に戻ってしまい、再びトップページを「entrusted」に占拠されてしまうという状況である。

図2




<調査概要>
  1. 「entrusted」というプログラムらしきものはコントロールパネルの「プログラムと機能」のプロフラム一覧には出てこない。
  2. Web上ではhttp://search.conduit.com(図2)というのが元凶サイトのようであるが、実態がよくわからない怪しい(?)サイトである。
    *上記URLはクリックしても当該サイトへ跳ばないようリンクを無効にしています。
  3. IEのメニューの「ツール」 → 「アドオンの管理」をクリック → 表示される画面の左メニューの「検索プロバイダー」をクリックすると右ペインに「entrusted」らしき項目が表示されるが、その項目を無効にしても状況は変わらず効果はない。さらにこの項目だけ下にある「削除ボタン」が無効状態(色が薄い)で反応しない。(このあたりが特に悪質である)
    項目は「entrusted Customized Web Search」
    但し、実態がアドオンによる「悪さ」であることは分かった。
  4. Webを調べてみると悪質な「マルウェア」と決めつけているサイトもある。
  5. 上記windows の標準アンインストール機能である「プログラムと機能」では対応できなかったのでフリーソフトの強力アンインストーラー「IObit Uninstaller」を試してみると「すべてのプログラム」という項目に「Search Protect by conduit」という名称で一覧に表示される。
    これで削除が可能になった。
  6. いつの間にかアドオンとしてインストールされている経過や削除が容易にできないこと、さらに配布元が明らかでないことなどを総合すると、悪質な「マルウェア」と結論せざるを得なかった。
<削除方法>
先ず、上記「5.」にあるフリーソフト「IObit Uninstaller」で「Search Protect by conduit」を選択しアンインストールする。次に「3.」の手順で 「アドオンの管理」画面を表示すると、今度は「entrusted Customized Web Search」項目を選択したときに「削除ボタン」が有効(通常の色)になっているので、「削除ボタン」を押して削除する。最後にWebブラウザを開き確認する。これで表示されないはずである。というか私の場合はこれ以降変更されることはなくなった。


2013年7月15日月曜日

How's everything? COFFEE BREAK: SCORPIONS 「Still Loving You」

SCORPIONS スコーピオンズ 「Still Loving You」

from ALBUM 「禁断の刺青 LOVE AT FIRST STING」

1984年 「禁断の刺青 LOVE AT FIRST STING」

Produced by
               Dieter Dierks
Arranged and mixed by
               Dieter Dierks and Scorpions

Klaus Meine - Vocals
Rudolf Schenker - Rhythm guitars, lead guitars
Matthias Jabs -  Lead guitars, rhythm guitars
Francis Buchholz - Bass
Herman Rarebell - Drums










1984年の発売とあるから、小林克也氏のDJ番組「ベストヒットUSA」全盛時のベストテンを賑わせた一曲だ。自身も恐らくこの番組でこの曲を初めて知ったのだと思う。当時、ロック界はハードロック(HR)中心とはいえ今回のスコーピオンズなどのヘビーメタル(HM)系のグループをはじめとしてグラム、パンクといった、演奏以外の風貌やパフォーマンスで自己主張するようなグループが存在し、カテゴリー的には賑やかな時代だった。

チョッと背伸びをした革ジャンのツッパリお兄さんと年上らしきお姉さんとの絡みのジャケットは当時としてはかなり刺激的でジャケ買い的に思えるが、スコーピオンズというグループも収録曲の「Still Loving You」も既に知っていたということで厳密には「ジャケ買い」ではない。ただ、ジャケットが購入を決定づけたことは疑う余地はない。

このアルバムの発売以前からスコーピオンズはメロディ重視のバンドであったことはよく知られている。もともとHMグループ自体がメロディ重視のバラードを好む傾向はあり、その意味ではHMの熱烈なファンではない私のような部外者でも受け入れ易い要素は充分あったのだろう。

その中でも「Still Loving You」という楽曲は群を抜いて素晴らしいバラードだ。ボーカルのクラウス・マイネの伸びのある声は、以前はもっと艶やかだったというが、ヘビーメタルな楽器群の中にあってもその声量は引けを取ることはなく存在感がある。ジャーニーのスティーヴ・ペリーの声質とは厳密には異質なのだろうが、相通ずる部分も。

洋楽の特にロック系のリードボーカルの中には、レッド・ツェッペリンのロバート・プラントをはじめとして、こうした声量豊かで歌唱力のある男性ボーカルが目立つ。果たして彼らは発声法や歌唱法など本格的な基礎訓練と努力をもってあそこまで駆け上がったのか、それとももって生まれた天性(声) によるものなのかは興味深いところだが、いずれにしても驚異的である。

かつて、反抗精神と革新性をメッセージとして世に出た多くのロック系グループも、時空という「ろ過機」によって、その刺々しさは薄れ、持前の強烈な個性や過激さはいつの間にか日常的なものの中に溶けいってしまったかのようだ。それは「聞き慣れる」という一種の我々の一般的な行為によって引き起こされる現象なのだろうが、恐らく我々聴き手の側が彼らにようやく追いついたということを意味しているのだろう。

特に時の流れはある意味残酷で、ある一定の時代を一括りに束ねてしまう傾向がある。その境目がハッキリしていないにもかかわらず60年代や70年代として区切ってしまうのだ。
当時、ピンクフロイド、グランドファンク・レイル・ロード、CCRなどイギリス、アメリカのロック界は群雄割拠の時代で、それぞれのバンドが明確なアンデンティティーを主張していたが、それも今となっては一時代のバンドとして片付けられてしまう。当時、個性を二分していたビートルズとローリング・ストーンズでさえ、改めて今聴いてみるとサウンド的に共通性をもっていることに気付くのは私だけか。

思うに、今回採り上げたスコーピオンズ の「Still Loving You」のようなメロディアスで優れた楽曲はそれまでHMというジャンルに背を向けていたファンをも振り向かせるだけのパワーを持っているのではないだろうか。そしてこの曲をキッカケにスコーピオンズというグループを知り、HMの魅力を知ったリスナーは多いはず。HRとHMとの垣根を意識することなく身近な存在として位置づけたこの楽曲「Still Loving You」の功績は大きいと思う。6分27秒という当時としては長めの曲で、アルバムの最後を飾るに相応しいスケールの大きいナンバーである。

最後に、この「Still Loving You」が入った 「禁断の刺青 LOVE AT FIRST STING」というアルバムは実は、SCORPIONSとしてはかなりのセールスを記録したアルバムである。このコーナーの「まえがき」で「アルバムとしてはそれほど脚光を浴びなかったもの」という条件を掲げていたが、この点で今回の選曲は明らかにルール違反であったことをお詫びしたい。

2013年7月5日金曜日

2013年7月4日、我が家の愛猫アンが亡くなって3年

昨日、7月4日は我が家の愛猫アンの命日。
今年で満3年である。

我が家のライティングビューローの上には、生前に私が作った紙粘土製アンの置物(下図)を置いているが、その前にはいつも養命酒のカップで水を供えている。
その水を毎日欠かさず取り替えることが家族の日課であり、気休めにもなっている。
変な話、一日置いておくと水の量が少なくなっているのはどうしてだろうか。不思議である。

筆者が制作したアンの紙粘土彫刻(?)


死後、11年間の記録を一冊のアルバムとした。その時撮りためたアンのデジカメ写真をひとつにまとめパソコンに保存したが、その数は数えきれないほどになっていた。その後もパソコンの意外なフォルダから新たな写真が見つかるなどしているが、今回はそのいくつかと孫がニンテンドーDSで撮った写真などを紹介しよう。きっとアンちゃんも喜んでくれるだろう。

ベランダが大好きで、生前はよくある光景だった。
なかなかカメラ目線をしてくれないアンでした。

2010年5月 孫がニンテンドーDSで撮った1枚

ニンテンドーDSで撮ったもう1枚


2009年9月 物乞いのアン
この時ばかりはカメラ目線している。


生前あれほどあったアンの生きた証しは、もうほとんどなくなってしまった。
元気なころは邪魔くさいほどあった厄介な抜け毛も、今では見かけることはほとんどない。
上記画像のベランダにはたくさんのアンの抜け毛が散乱していたのだが、時の流れと、雨風と共になくなってしまった。

*カメラの操作ミスから偶然撮れた画像。今ではとても貴重だ。
2002年12月23日 大好きなベランダでのひととき。


そんな少なくなった痕跡のひとつが、柱に刻まれたアンのツメ跡である。
こればかりは取り替える訳にもいかず、そのままの状態で残っているが今では当時を懐かしむキッカケになっている。

3年という時間は多くのものを一掃してしまった。
でも、私たち家族の一人一人の心の中には依然としてアンは存在している。
これからもずっ~と。

再びWindows8 スタートボタンの話題 「Windows8.1 Preview」版体験記のはずが…

以前から話題になっていたWindows8のアップデート版「Windows8.1」の試験版(Preview版)が6月26日からインターネット経由でダウンロードが可能になった。

この件に関しては「Windows8「スタートボタン」をなくしたのは一時の気まぐれですか?」という表題で、近々マイクロソフト側から何らかの対応と「スタートボタン」の復活がある旨をお知らせしたが、ようやくマイクロソフトからの具体的な動きがでてきたようだ。

それにしても、繰り返すようだが「スタートボタン」をWindows8で廃止したマイクロソフトの意図が未だに分からない。イノベーションやソルーションといった単語を使うことが昨今のトレンドのようだが、使うことへの違和感は特別ないが、使われ方に対する違和感は大いにある。

本来、イノベーション、レボリューションといった単語は「変化」という意味合いが根底にあり、そこから「革新」「変革」「革命」といった意味に拡がっている。その前提には「調子が悪い」「不便」「無駄」といったマイナス要素(現状に対する不満)が必ずあるはずだ。「悪いもの」を改良してこそ真のイノベーション、レボリューションと言えるのではないだろうか。

ところが、Windowsの「スタートボタン」に関して言えば、私たちはそれ自体に対しこれまで何の不便も感じていなかったし無駄なボタンとも思っていなかった。むしろ昔からの馴染みで使い慣れていたので重宝していたくらいだ。改めて感想を求められれば、「空気のような存在として普段は意識しないが、無くては困る存在」と評価の回答をするだろう。

にもかかわらず、Windows8になって突然の廃止である。必要なものを無くして「イノベーション」を叫んでも説得力はない。こうしたユーザー無視の企業姿勢を続けていけば、やがてはユーザー離れにつながることは必至である。

今回の試験版の発表でも、マイクロソフトはその非を素直に認めていない印象を受けた。それはダウンロードサイトを見ても明らかだ。サイトの概要はアップデート版「Windows8.1」に付随する追加機能の優れた点を強調することに終始し、肝心の「スタートボタン」が何故復活したのかについての言及は皆無である。発売から現在に至る期間、「スタートボタン」が無いがために私たちは相当の不便を強いられてきた。それに対するお詫び的なコメントがあって当然と思うのだが。そのため、アップデート版のダウンロード画面に辿り着くのにも一苦労する次第である。今回のような極めて重要なお知らせ(新聞紙上でも大きく掲載された)については分かりやすく目立つようにページ構成するのが誠意ある対応だと思うのだが。
こうした「さり気なく元に戻してしまえ」的な繕い方は、どう見ても「子供の悪戯隠し」と同レベルである。

以上、Windows8自体への不満やマイクロソフトの対応姿勢について言及してきたが、それにも増しての今回の最大の不満はサイトの指示通りにやっても下図のようなメッセージが最終段階で出て、結果的に「Windows8.1」へアップデートできなかったことである。アップデート作業中、別処理を並行して行なっても可というメッセージは出るが、アップデート作業の途中経過に注目したいというのが人情であり、その上、このような不安定な状況では恐ろしくて並行作業など到底できる話ではない。


アップデート作業は正常に終了したかに見えたが、その後以前のバージョンのWindowsに戻す
メッセージが表示されるなどして、最終段階でこのメッセージが表示される。
システムは復元され、Windows8には戻るが、何が原因で更新できなかったのかなど一切なしである。

この間の所要時間、約1時間。あの時間はいったい何だったのだろうと虚しさだけが残るばかりである。ちなみに筆者、この作業を2度行ったが結果はまったく同じだった。敢えて、違いを言えば、2度目のときは上記のメッセージ画面の後、システムが回復されWindows8は一応起動した。その後、この投稿作業を行っていたのだが、突然「問題が発生しました。再起動が必要・・・」と言った内容のメッセージ画面がでてマウスカーソルは消え、操作不能の状態になったことである。その時の画面を残そうと「PrintScreen」キーを押したが、作用せず残念ながら残せなかった。

この投稿でアップデート版「Windows8.1」の体験記をのせる予定だったが、予想外の展開に只々呆れ怒れるばかりである。
何とか今はWindows8として起動しているのが何よりの救いであるが・・・


今回のマイクロソフトのツマズキの発端は早すぎた「Windows8」の導入であり、「スタートボタン」の廃止にあったと私は思っている。アップルやグーグルによるタブレット端末攻勢などに対抗するための焦る心のなせる業としか思えない。マイクロソフトが「スタートボタン」を廃止したことを「イノベーション」と真剣に考えているとは思わないが、流行りの用語を羅列し、本来のものよりも優れているかのような錯覚を与える姑息な手段が目立つ昨今である。どんなにコマーシャルで宣伝しても、使ってみればすぐにわかること。ユーザーを欺くことはできないのである。
横文字を並べ、訳の分からぬコピーの宣伝文句で、自社の製品を格調高く見せるような騙し絵的な商法に振り回されるのは正直もうウンザリである。

2013年7月4日木曜日

表情から見る人間の本質  ~村木厚子さんの事件に思う~

今日(2013年7月3日)の朝日新聞朝刊の38面に「一生懸命やれば道開く」という表題で、厚労省の村木厚子さんが事務次官に就任したという記事が載っていた。

郵政不正事件の渦中で、テレビドラマ顔負けの信じがたい陰謀の犠牲になりながら、勇気ある行動で無罪判決を勝ち取った村木さんには只々頭が下がる思いだ。

当時、マスコミ各社は彼女を虚偽の公文書を発行した中心と、なかば容疑を決めつけたスタンスで連日報道を繰り返し、彼女は一瞬にして時の人となった。
ふり返ると、この事件は一障害団体による虚偽の申請に基づく公文書により、郵便料金の割引恩恵を長年にわたり受けていたという内容だったが、その虚偽の公文書発行に主に加担したというのが村木さんの容疑だった。ここまでなら、よくある平凡な(よくあっては困るのだが)詐欺事件程度のことだったかもしれないが、この事件の信じがたく許しがたいことは検察側の強引な取り調べと証拠改ざんというオマケがついたことだった。そのため、事件の概要が明らかになってからのマスコミ報道の取り上げ方、話題性から考えると、寧ろオマケの方が発端の事件以上にショッキングであった印象を受ける。

ただ、この件では私自身も偉そうなことは言えないと反省している。
それはテレビに映る村木さんの表情から、「なるほど」と自身の中で安易に容疑を決めつけたことだ。
その時点では何も明らかではなく証明もされていないのに、一瞬とは言え中立な立場をとれなかった当時の自分を情けなく思っている。

見かけで人を判断してはならないとは、昔から言われている教えだが、反面人間の本質もまた表情に表れるというのもまったくの誤りではない。ただ、あの時の村木さんの表情の裏には、私たちの想像を絶するような恐怖心や不信感や怒りなどの様々な感情が占有していたために、あのような硬く厳しい表情になっていたこととは知らず、マスコミ報道のままに体制に傾倒し軽はずみな判断をしたことは、心の片隅でのこととは言え恥ずべきことと思っている。

弁解がましいが、以前から人相を読むというか人の顔を見極めることなどに関しては、ある程度自身があった。例えば、幼いころの写真から現在の有名俳優を推察するようなことや、映画の中で髭をつけたり、特殊メークで変装していても本人を割り当てることなどは比較的自信があったが、今回のこうした判断はそうした類のものとはまったく異質なものであることが痛いほど分かった。

新聞紙上であれ、あのような不条理な体験にもかかわらず力強く生きている村木さんの健在ぶりを拝見し、正直ホッとした気持ちである。この場を借りてお詫びしたいと思う。

厚労省の事務次官という役職がどのようなものなのか私にはまったくわからないが、与えられた職務には全力で臨みたいといった内容の前向きな村木さんらしいコメントを聞き安心した。今はただ心からのエールを送りたいという思いでいっぱいである。

2013年6月20日木曜日

How's everything? COFFEE BREAK: Sadao Watanabe 「ボア・ノイチ BOA NOITE」

渡辺貞夫 Sadao Watanabe 「ボア・ノイチ BOA NOITE」

from ALBUM 「HOW'S EVERYTHING 」

 「ボア・ノイチ BOA NOITE」が収録されている
アルバム「HOW'S EVERYTHING 」

 < Personnel >

Sadao Watanabe (as,sn,fl)
Steve Gatt (ds)
Eric Gale (g)
Dave Grusin (key,arr)
Anthony Jackson (el.b)
Ralph McDonald (per)
Jeff Mironov(g)
Richard Tee (key,p)

The Tokyo Philharmonic Orchestra
Jon Faddis (tp)

Arrenged and Conducted by Dave Grusin




「はじめに」でも書いたように、アルバム「HOW'S EVERYTHING 」は「調子はどう?」といった社交辞令の挨拶言葉。そして今回採り上げるその中の収録曲「ボア・ノイチ BOA NOITE」もまた「こんばんは」「ごきげんよう」「おやすみなさい」といった意味合いをもつポルトガル語の挨拶言葉である。作品を書いた渡辺貞夫がこの3つの意味のどれを想定して書いたかは定かでないが、曲が持つ雰囲気は軽快で爽やかである。恐らく、こんな曲が流れていたら人との付き合いも、睡眠もすべて快適ではないかと思う。理屈抜きに心地よい曲である。

1970年代の日本のジャズ界はそれまでの戦前戦後のジャズから新たなものへと移り変わる過渡期だったと思う。山下洋輔、渡辺香津美、増尾好秋、笠井紀美子など実力ある新しいミュージシャンが台頭してきた時代である。その中に渡辺貞夫もいた。

実は当時わたしは生意気にも「日本人のジャズなんて・・・」といったスタンスで、彼らには意図的に背を向けていた。そのため、その当時のことを偉そうに話す資格など到底ないのだが、何故か渡辺貞夫だけは好きだった。1972年から始まった小林克也のDJの「ブラバス・サウンド・トリップ 渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」は愛聴したが、毎週聴くほどの優等生ではなかった。
今思えば、何ともったいないことをしたのだろうと後悔しているが、諦めるしか仕方がない。

ただ、当時のわたしがなぜそうだったかと弁解めいたことを言わせていただけるのなら、次の一点に尽きると思う。つまり、日本人アーチストが作曲したジャズナンバーも演奏も演歌とまでは言わないまでも、どこか歌謡曲が入っているように思えたからだ。生まれ育った風土や環境から滲み出てくるサムシングを超越して、本場のジャズの魂を掴むにはそれ相応の時間と努力が必要だ。その点で日本のアーチストはまだまだと思った。演奏テクニックはあったので、ジャパニーズ・ジャズとして聴けば充分通用したのだろうが、当時の彼らが目指していたのはそうではなかったろうから、わたし自身も妥協はできなかった。ふり返れば、あまりに視野の狭い考え方だと反省しているが、その中にあって渡辺貞夫だけは別格の存在に思えた。

その当時、ジャズとは一線を画するジャンルに「フュージョン」という音楽があり、別名クロスオーバー・ジャズとも呼ばれたが、そのブームはジャズをも上回る勢いがあった。その証拠にかの帝王マイルス・デイビスでさえブームに乗り遅れまいと傾倒した時期があったのだから。
当該の渡辺貞夫もジャンル的にはその部類に属し、「カリフォルニア・シャワー」などその種の数枚のヒットアルバムを出し、代表アルバムの「マイ・ディア・ライフ」へとつなげて行くが、それから数年後のこの「HOW'S EVERYTHING 」を機に渡辺貞夫は大きく飛躍したと私は感じている。

はじめ、この曲のイメージは早朝の清々しい乾いた空気で、例えばハワイ、オアフ島のダイアモンド・ヘッド通りの海岸線をオープン・カーでドライブするのにぴったりなそんなイメージの曲と思っていた。だが、東京フィルのオーケストラをバックに心地よく軽快に流れるアルト・サックスの音色を聴いていると、煌びやかに光輝く夜の都会のビル群を颯爽と駆け抜ける白いアウディの車内で聴くのが最も相応しいと思えてきた。それはデイブ・グルーシンのアレンジによるオーケストラ効果なのだろうが、ストリングスの奥行きのある深い響きがまるで漆黒の闇を思わせ、その空間を音符という微かな光を頼りに駆け抜けるナベサダのアルト・サックスはリズミカルで乗りにのっている。
やはり、「ボア・ノイチ BOA NOITE」は早朝ではなく、夜の挨拶だったのだ。とその時気が付いた。

スタジオ録音を探したが、わたしの知る限りではなさそうである。
「あれだけのノリはライブでないと」と思うが、スタジオ録音ならどうなるのかと別の意味でも期待は高まるばかりだ。
ワタナベ様、遅ればせのリクエストながら、「ボア・ノイチ BOA NOITE」を次回のアルバムの収録曲にしていただきますようよろしくお願いいたします。

気分がブルーな時、是非聴きたい一曲である。

*残念ながらiTunes Store上には アルバム「HOW'S EVERYTHING 」は現時点ではありませんでした。スマイリー・オハラ氏の投稿でYouTubeにこれと同じヴァージョンがあるようです。

 

また、また新コーナー!「How's everything? COFFEE BREAK」 まえがき

まえがき

オオインコアナナスを育ててから、もう何年になるだろうか。これまで1年にひとつしか目を出さなかった苞が、今年は4つも同時に見ることができ、とても賑やかだ。これから苞の間から咲き出すであろう黄色い花は短命だが鮮紅色の苞に鮮やかなコントラストを作り出してくれる。
一方、2回の冬を越したハイビスカスは小さいながらもしっかりとした紅色の花を咲かせてくれた。葉の間を遠慮がちに咲いているその姿が何とも健気である。猛暑を前に我が家のベランダはいつになく活気づいている。


ところで、最近皆さんはCDショップへ行っただろうか。そこでまず気がつくのは来客が少なく以前のような活況がないこと。そして驚かされるのは映画のBlu-RayやDVDなどの扱われ方である。
ワゴンに並べられたこうした商品は、バナナの叩売りのごとく極端な廉価で売られているからだ。その中にはかつての名画名作が含まれており、当時の栄光は見る影もない有様で、なんとも悲しい光景を目にすることになる。我々顧客にとって、値段が安いことにこしたことはないが、ここまで低価格で売られていると、落ちぶれた名優や挫折したアスリートを見ているようでなんとも耐え難く、複雑な心境にさせられる。
音楽CDとて映像メディアほどではないにしても、傾向としては同じである。

しかし、それ以上に悲惨なのはそもそもそうしたメディアを扱うショップ自体がなくなってしまう現実ではないかと思う。定期的に通っていたHMVが数年前、横浜のビブレから撤退し、この夏、TOWER RECORDSの2店舗もクローズするという。わたしの身の回りでも確実にこうした現象が起こっているのである。言うまでもなくネットショッピングの台頭による影響なのだろうが、それにしてもそのテンポの速さに圧倒されるばかりである。一顧客としてもとても寂しい現実だが、経営者側はじめ店舗スタッフの心境を察するとその落胆ぶりはわたしなどの比ではないだろう。

アナログがデジタルに変わり、CDやDVDなどのメディア媒体を店頭で販売するという昔ながらの方法がiTunesに代表されるネットからのダウンロードという形態にとって代ろうとしている。そのお蔭で、具体的な例を挙げるまでもなく、私たちのミュージックライフはあらゆる点で格段に便利になった。私自身もその恩恵を大いに享受している一員であるが、その現象を100%無条件に喜べないという複雑な心境にあることもまた真実である。

わたしが何より懸念するのは、音楽や映像のコンテンツが「使い捨て」にされていかないかということである。確かに音楽はある意味消耗品なのかもしれない。日々多くの作品が生まれ販売されているが、それと同じくらい忘れ去られて行く作品もまた多いということである。
確かにデジタルという技術の進歩によって、音楽や映像のコンテンツは無劣化状態で永久に保持が可能になったのかもしれないが、それを扱う我々人間が新しいものへの執着から、昔から名盤、名作と呼ばれてきた貴重な作品群の価値を味わうこともなく、疎かにしては技術の進歩もまったくの意味をなさないのである。

かつて、音楽が塩化ビニールを主材とするレコードという媒体に記録し販売されていた時代があった。それがCDというコンパクトなディスクにとって代った時も、人々は新たなものへの反発から音楽の将来を憂いたものだったが、今わたしたちの周辺で起きている変革は、ある意味その時代のものとは比較にならないほどのスケールで拡がりつつある。これまでLPレコードのジャケット写真や小さいながらもCDのジャケット写真を手掛かりに確認できたコンテンツが、これからはパソコンや携帯プレーヤーの画面を通さないと認識できないという時代がやってくるのかもしれない。

そのような時代に名作、名盤、名曲を大切にし愛着を持てと叫んだところで、所詮は無理な話であろう。人間は身近にあり、目に見えるものには関心や愛情を注げても、遠くにあるものや直接には目に見えないものに対しては愛着は薄れ、やがては忘れ去ってしまうのが常である。例えが適切かどうかわからないが、お菓子の世界ではその商品がいくらベストセラーであっても、テレビ等でコマーシャルを繰り返さないとやがては忘れ去られ、売り上げも激減してしまうという。

音楽をはじめ芸術作品がそうならないためにも、地道な情宣活動が必要ではないかと思う。
本来なら、テレビやラジオなどの放送業界やレコード業界をはじめ、アマゾンなどのネット販売業界、末端の小売り業界などが協力し合い音楽番組などを提供することが理想形と考える。売上げを伸ばすという短絡的な目的ではなく、あくまでも多くの名曲を幅広い人たちに知ってもらう長期的な啓蒙活動としての役割を最優先に考えた構成であり目的の番組であってほしい。長期的展望にたてば、そうした活動がやがてはメディアの購入へと結びつく可能性を秘めていると思うのだが・・・

近頃のFM放送などを聞くと、日常生活に直に結びつく情報や何の変哲もないお喋りで放送時間の大半を占めている番組が多いように思うが、その昔FM放送は音楽の宝庫であった。音楽掛けっ放しでコメントは少々という番組が多かったのだ。手抜きと言えばそれまでだが、そんな番組が各局ひとつぐらいあっても良いのではと個人的には思う。そうしたペイしない番組を先ほど言った業界が勇気をもってスポンサーになり運営してもらうのである。

わたし自身も音楽を好きになったキッカケはラジオであり、多くの曲と出会えたのもFM放送のお蔭である。城達也氏のナレーションでお馴染みの「ジェットストリーム」や全米ヒットチャートを紹介する番組などジャンルを超えたくさんの音楽番組が存在した。なかでも現在のエフエム東京がかつてFM東海としてFM電波の実験放送を行っていた当時は、クラシック音楽の「宝の山」状態でクラシック音楽を堪能することができた。また、古くは大橋巨泉の「ビートポップス」や小林克也の「ベストヒットUSA」などの音楽番組は、当時のテレビとしては極めてユニークで貴重な存在だった。当時を懐かしみ、そのものを再現するだけでは建設的とは言えないが、最新ヒット曲ではなくオールドファッションな選曲で、一曲一曲を大切に扱っていけば幅広い年代層に愛される長寿番組になると思うのだが。

わたしの絵空事はこれくらいにして、いずれにしても過去の名曲という、わたしたち(人類)の共通の財産を大切にし未来に伝えて行くためにも「知らせる活動」が必要だと思う。
わたしの稚拙なブログの「音楽聴きくらべ」コーナーではスタンダードナンバーに限りなく近い(わたしの主観だが)名曲にスポットライトを当てているが、この新設コーナーでは隠れた名曲(これ又、わたしの主観だが)を積極的に紹介して行きたいと思う。アルバムとしてはそれほど脚光を浴びなかったものの、その収録された十数曲の中に一際輝く「佳曲」が時として埋もれているものである。そうした曲は誰かが紹介しなければ人知れず忘れ去られてしまうであろう。こうした一曲を、わたしなりの感覚で発掘し紹介できればと思っている。「発掘し」と書いたが、実際にはかなり以前からお気に入りで、ずっと心にしたためていた秘密の一曲と言える。俄かに抽出したものでは決してないことをお断りしておこう。


最後に新コーナーのタイトルの経緯について触れておこう。
タイトル「How's everything? COFFEE BREAK」は勿論、大好きな渡辺貞夫のアルバムタイトルを拝借したものだが、日本語なら「調子はどう?」といったところか。ナベサダと言えば「My Dear Life」が代表曲(代表アルバムでもある)であり、一度はそちらの方も考えたが、「My Dear Life」がもつかしこまった感じに違和感を覚えたことと、「My Dear Life」がヒットアルバムであり、あまりにお馴染みなことがこのコーナーの趣旨に相応しくないと考えボツとした。
HOW'S EVERYTHING
Sadao Watanabe
1980年7月の武道館ライブアルバム
「HOW'S EVERYTHING」
この「How's everything? 」の何の変哲もない挨拶フレーズの方が如何にもナベサダの人柄を表現しているようで、わたしとしては好みだった。それに、わたしにとって欠くことはできない「COFFEE BREAK 」をつけ加え「調子はどう? まずはコーヒーでも飲んでから」といった光景が頭に浮かんでくれたら大成功である。

第一回は勿論、このアルバム「How's everything? 」の中の一曲「Boa Noite」を紹介したい。

To be continued


2013年5月24日金曜日

映画「パリのめぐり逢い」がDVD化されないのは...

今日(2013年5月21日)の朝日新聞の文化面に「著作権者の行方がわからない本や映画」という記事が載っていた。この記事によると著作権者が行方不明の作品などはデジタル化に際し、大きな壁になっていて、その数は膨大な数にのぼるという。そしていま、その対策の検討が活発化してきているというのだ。

この記事を読み真っ先に思いつくのは、映画のDVDやブルーレイ化の問題である。
現在、DVDやブルーレイとして市販されている映画はハリウッド映画が中心でメジャーなものがほとんどだ。チョッとマニアックで古い映画は売り切れたらそれまでで、その後店頭に並ぶことはない。売れっ子俳優のメジャー作品は次々に廉価版となり大量入荷されるが、その商品も飽和状態になり、やがては店頭でバナナの叩売り状態で売られることになる。値段が安いのは大いに結構だが、そうした光景を目の当たりにすると、映画を愛する人間としては実に複雑な心境である。
この問題については別の機会に触れることにして本筋に戻ることとしよう。

今回私が問題にしているのは、メジャーな映画は何度も模様替えをして発売が繰り返されるが、その一方で未だにDVD化されていない映画ソースがあるという現実である。これはかつてのベーターやVHSの時代から引き続いた、私に言わせれば悪しき傾向である。当然、映画を取り巻く関係組織の利権等が絡んでのことと想像はつくが、映画大好き人間としては納得がいかない。ベーター、VHSの時代から通算するとあまりに長い年月が経過したにもかかわらず、未だ解決に至らないことが信じられないと、今の今まで思っていた。今日、この記事を読み終わるまでは...

YVES MONTAND
男として羨ましい限りの役柄を演じたイヴ・モンタン


私は以前からイヴ・モンタン、アニー・ジラルド、キャンディス・バーゲン主演で1967年公開の「パリのめぐり逢い」という映画のDVD化を心密かに待ち望んでいた一人である。これはVHSの時代からといっても過言ではない。その当時からこの作品がどうしてDVD化されないのか不思議でならなかった。

ANNIE GIRARDOT
中年女性の心理を巧みに演じたアニー・ジラルド


確か高校生の頃に劇場(当時、横浜の馬車道にあった東宝会館)で観たと思うが、あの時のキャンディス・バーゲンの美しさが脳裏に焼き付き、それ以降私の憧れの存在として君臨し続けたのである。映画の中では妻のいる中年男性に惹かれてゆく若く美しい娘という設定だったが、当時の私にとっては年上のお姉さんであり理想の女性に思えた。理知的で完成されたその美しさは、当時の若手女優の中でも別格だったように思う。(後にハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」でショーン・ヤングという女優が注目を浴びるが、彼女がキャンディス・バーゲンの面影を多少もっていたかもしれない。)

制作年からすると、「パリのめぐり逢い」は彼女が20才から21才の頃の作品で、眩し過ぎる彼女の美しさはこの先永遠に続くかに思えたほどだ。だが、今思えばその時がまさに彼女の絶頂期だ
ったのかもしれない。

 
CANDICE BERGEN
若さと美しさとチョッと大人の雰囲気をもった
「パリのめぐり逢い」出演時のキャンディス・バーゲン
 

そんな彼女の足跡を辿れば多くの映画作品に出演し、90年以降はテレビドラマ等でも活躍しているが、「パリのめぐり逢い」の彼女の勢いを知るものとしては、そうした経歴では物足りない。
以後、これといった作品にも恵まれず日本で公開される作品も徐々に少なくなっていったようだ。

女優業以外ではカメラに関心があり、その腕前はアマチュアの域を超え、有名雑誌の表紙を飾ったこともありその評価は高かったようである。スイスへの留学経験や美術などにも造詣が深いということで、そうしたインテリゲンチアな側面が、その後の彼女の女優としての成長に禍したのかもしれない。ただ、これは私の強がりでも、ひいき目に彼女を見ている訳でもないが、彼女自身女優としての成功にそれほど貪欲ではなかったという風に思えるのだが。

The day the fish came out
パニック映画のはしり的作品で
「パリのめぐり逢い」とほぼ同時期の作品。
どう見てもB級C級映画である。


ところで、劇場公開されたムービーコンテンツがDVDなどのメディアとして再利用されるされないの判断基準はどこにあるのだろうか。また、どのようなことがその結果に大きく影響するのだろうか。先ず思いつくのは、「儲かるかどうか」という極めて単純明快なことだが、その他に思い浮かぶ項目をランダムに挙げてみよう。
  1. 商業ベースに適うかどうか。
  2. 発売の時代的背景として相応しいかどうか。
  3. 著作権の問題をクリアできるかどうか。
  4. 作品ソースの保存状態が商品として一定水準にあるかどうか。
などが思いつくが、「パリのめぐり逢い」のケースで1と2について考えてみよう。
発売時期というものは商品の売上げを左右する重要な要因であるから、ブームのときにタイミングよく売出せれば大ヒットが期待できるだろう。

VIVRE POUR VIVRE
こちらは「パリのめぐり逢い」サントラ盤CDだが、
CDの場合は問題なく販売されている。


「パリのめぐり逢い」制作の1967年当時は監督のクロード・ルルーシュが映画音楽家のフランシス・レイと組み、前年に「男と女」を世界的に大ヒットさせていて話題性は充分にあった。そんな二人のゴールデン・コンビによる第二弾ということで、成功はなかば約束されていたのかもしれないが、作品的にも周りの期待を裏切らない出来だったので、映画はもとよりフランシス・レイの主題歌も爆発的ヒットとなった。また、当時はアラン・ドロンをはじめとしてフランス映画には勢いがあり、ハリウッド映画とは一線を画したところで存在感があったので、そうしたことも追い風になったのだろう。

しかしながら、ハイテクの時代になると、映画自身もSFXなどを駆使して派手な動きでスケールの大きな鮮明な画面がもてはやされ、どちらかというと地味で動きの少ないヨーロッパ系の作品はアッという間に私たちの周りから姿を消していった。要するにヨーロッパの心理的に心に訴える作品ではなく、単刀直入に視覚に訴える分かりやすいハリウッドものが受けたのである。そのためVHSなどのビデオ化の動向でも当然その傾向は踏襲され、いわゆる「売れ筋」作品が優先されたのだ。そして、フランス映画をはじめヨーロッパ系の作品は長いこと忘れ去られてゆく(日本では特に)。
それでも一部マニアによる地道な働きかけとハリウッド映画に対する反動としてヨーロッパ系の作品もその後次第に陽の目を見るようになるのだが、当該作品である「パリのめぐり逢い」は依然としてメディア化されず、テレビ放映さえ行われない状況が今尚続いているのである(その昔、民放で数回放送されたという伝説的?な話を聞いたことがあるが定かではない)。

公開当初から興行収入が芳しくなかったB級映画が、今では地上波やBSやCSなどで何回も放送される機会があるというのに、「パリのめぐり逢い」のような一世を風靡した作品が放送すらされないのには、何か特別な理由があってのことと穿った見方をしてしまうのも無理もないことだろう。

次に3、4の項目を考えてみよう。
4の作品ソースの品質の問題は一定水準に達していなければ、3の著作権の問題も重要性が希薄になるので、ここでは「パリのめぐり逢い」の作品ソースは一定の品質があるものという前提で話をしていきたい。

著作物の再利用に際しての著作権の問題は世界的な統一基準もない上にかなり複雑で、特に映像作品に立ちはだかる壁は高く厚いという。先の新聞紙上によれば、映像作品はその出演者が権利者になるため、再利用には出演者の合意が必要で、行方が分からない出演者があった場合などは事態は深刻でそこで手続き的に滞ってしまうことが多いという。

では、この問題を「パリのめぐり逢い」のケースで考えてみよう。
先ず出演者の合意の問題だが、ネット上で調べてみると当のフランスではすでにDVD化され市販されているということなので、フランス国内で出演者の合意が取れたかどうかの問題はともかくとして、著作権の問題がネックで日本で「パリのめぐり逢い」がDVD化されないという理由にはならないだろう。

実際、アマゾンや輸入業者の一部でもフランス盤がそのままの形で売っているのをみかける。
つまりヨーロッパのPAL方式で、当然日本語字幕もないフランス語での映像でである。リージョンコードをクリアし、映像信号方式をクリアし、ようやく映像に辿り着いたとしても、最後にはフランス語という言葉の壁が立ちはだかるのである。それでいて、値段の方は1万円超の高額ときているので購入もチョッと及び腰である。

幸い、この「パリのめぐり逢い」という作品は、クロード・ルルーシュ監督特有の映像美が持ち味で実際のセリフはいたって少なく、映像がすべてを物語っていて、セリフや説明は邪道にさえ思えてくる作品である。そのため言葉の壁は思ったほどの障壁にはならないのかもしれない。

この時代のトレンドだったのだろうが、スティーブ・マックインが主演した「栄光のルマン」もセリフは至って少なかったが、それでいて男女の機微やレーサー間の心境の移り変わりが手に取るようにわかり、レースの緊張感を巧みな映像で表現していた。
このふたつの作品、取り扱う題材がレースという競争の世界と不倫というある種のライバル間の争いということで、ある程度見る側でも容易に想像がつく心理描写だったので、こうした技巧が使えたのであろうが、私のなかでは名作であることに変わりはない(一般的には評価が低いようだが)。
ある意味ハリウッド映画の目に訴えながら、フランス映画の心理を楽しむという「良いとこ取り」の要素が盛り込まれていた作品だったのかもしれない。

こうしてみていくと、DVD化に至らない最大の理由は、単純に商業ベースに見合わないという見かたが妥当なのかもしれないが、その場合でもテレビ放映がされないという問題の回答としては不充分で、依然として疑問は残ったままである。

最後に著作権の観点でもう一点触れておくと、出演者の誰かが何らかの理由でその映画の権利のすべてを買い上げて、一般市場からその作品を永久に葬ったというケースも考えられる。
だが、「パリのめぐり逢い」がフランス国内で市販されているという現状を考えると、この推理もまた的外れなのだが。但し現実にはそうした作品も過去にはどうやらあったらしいということをつけ加えておこう。