投稿

ラベル(ほのぼのストーリー)が付いた投稿を表示しています

懐かしのハートカクテル わたせせいぞう

イメージ
そう、そのアニメーションとの出合いは何気なくかけたテレビからだった。 日本テレビ系で深夜放送されていた「ハートカクテル」である。イラストレーターの「わたせせいぞう」氏によるもので、一話3分程のスキット風の短編で、どこか切ないけど心温まるラブストーリー集だった。 初めてみたストーリーが何話目のものだったのか、詳しいことはほとんど覚えていないがインパクトがあったことは確かである。話の舞台が日本でありながら、どこかコスモポリタン的な世界を思わせる「空気感」もこの作品の魅力のひとつだったのだろう。いつかはこのアニメの世界のような生活を自分もできたらという、淡いロマンを抱かせる作品でもあった。放送が待ち遠しかったことや、これまでの見逃したストーリーもたくさんあったので、レンタルビデオを借りてその後一気に観てしまった記憶がある。 それほどまでに夢中になった「ハートカクテル」も何時しか私の脳裏から消え去り、ダビングしたVHSの行方もわからないままだ。何冊か揃えた「ハートカクテル」のコミックブックなどもあったが、恐らくブックオフ行きという悲惨な結末になったはずである。自身が歳をとり、「ハートカクテル」などと言っていられない年代になったからと想像するが、とても残念なことをしたと思っている。 今回はそんなロマン溢れる時代に一大ブームとなった、「わたせせいぞう」氏の出世作「ハートカクテル」のお話をしよう。 先日ネットを見ていると、ハートカクテルのオリジナルCDをタワーレコード限定で発売という記事を発見。(実は、2012年8月に既に発売されていたのだが) 懐かしさのあまり、当時のノリで買ってしまった。考えてみればこのアルバムもLPレコードで持っていたはずである。レコードはすべてとってあるので、恐らく物置奥のダンボール箱を探せば出てくるだろう。 先日、懐かしさのあまり購入してしまった「ハートカクテル Vol.1」 購入したアルバムはハートカクテルCDシリーズの「Vol.1」でアルバム全体を松岡直也が担当している。アニメーションのバックに流れる曲は、その中では当然のこととして一曲丸ごとは使われていない。その点CDでは一曲全体を聴くことができるので、アニメのときとは別の楽しみ方ができる。 一般のサウンドトラック盤の映画CDの魅力は、そんなところにあるのだろう。 ...

2013年7月4日、我が家の愛猫アンが亡くなって3年

イメージ
昨日、7月4日は我が家の愛猫アンの命日。 今年で満3年である。 我が家のライティングビューローの上には、生前に私が作った紙粘土製アンの置物(下図)を置いているが、その前にはいつも養命酒のカップで水を供えている。 その水を毎日欠かさず取り替えることが家族の日課であり、気休めにもなっている。 変な話、一日置いておくと水の量が少なくなっているのはどうしてだろうか。不思議である。 筆者が制作したアンの紙粘土彫刻(?) 死後、11年間の記録を一冊のアルバムとした。その時撮りためたアンのデジカメ写真をひとつにまとめパソコンに保存したが、その数は数えきれないほどになっていた。その後もパソコンの意外なフォルダから新たな写真が見つかるなどしているが、今回はそのいくつかと孫がニンテンドーDSで撮った写真などを紹介しよう。きっとアンちゃんも喜んでくれるだろう。 ベランダが大好きで、生前はよくある光景だった。 なかなかカメラ目線をしてくれないアンでした。 2010年5月 孫がニンテンドーDSで撮った1枚 ニンテンドーDSで撮ったもう1枚 2009年9月 物乞いのアン この時ばかりはカメラ目線している。 生前あれほどあったアンの生きた証しは、もうほとんどなくなってしまった。 元気なころは邪魔くさいほどあった厄介な抜け毛も、今では見かけることはほとんどない。 上記画像のベランダにはたくさんのアンの抜け毛が散乱していたのだが、時の流れと、雨風と共になくなってしまった。 *カメラの操作ミスから偶然撮れた画像。今ではとても貴重だ。 2002年12月23日 大好きなベランダでのひととき。 そんな少なくなった痕跡のひとつが、柱に刻まれたアンのツメ跡である。 こればかりは取り替える訳にもいかず、そのままの状態で残っているが今では当時を懐かしむキッカケになっている。 3年という時間は多くのものを一掃してしまった。 でも、私たち家族の一人一人の心の中には依然としてアンは存在している。 これからもずっ~と。

わが家のハイビスカス 頑張ってます!

イメージ
最近は暗い話ばかりなので、今回はチョッと華やいだお話を・・・ 今年の春ごろにハイビスカスの鉢植えを二鉢買った。 ひとつは赤い花びら、もうひとつはピンクに黄色の縁取りのあるもの。 両方とも背丈40センチほどで、買った当初からつぼみがたくさんあって先が楽しみだったが、 反面、このまま順調に咲いてくれるのか、正直なところ心配だった。 ところが、梅雨の時期だったか、暫く咲かない日が続いた。 やはり心配したことが現実に・・・と思ったが、 それでも最近はこの夏の猛暑にも敗けず、連日元気に咲き続けてくれている。 きっと、ハイビスカスも夏本番に向けて英気を養っていたのかもネ。 少ない時でひとつ、多い時は下の写真のように5つも同時に咲いてくれて、 わが家のベランダはハワイ気分。 連日、私たちの目を楽しませてくれてます。 開花前日のつぼみの状態 2011年8月9日撮影 5つ同時に咲いたのは、これまでの最高記録! ところで、知ってましたか。 ハイビスカスの花はとても儚くて、その寿命は僅か一日だということ。 ハワイで見掛けるハイビスカスは、何時でも何処にでも咲いているから、 ひとつの花が何日か咲き続けているとばかり思っていたので、とても意外だった。 日陰の涼しいところならもう少し長持ちすると思うけど、 強烈な日差しの下ではほぼ一日が限界。 その代りに、バトンタッチするように次から次と健気に咲いてくれてます。 そんな初歩的なことも知らないでと笑われそうだけど、 ハイビスカスの一見華やかに見えるその陰に、 そうした儚さがあることを知り、益々この花が好きになりました。

最近、スズメ見かけますか?

イメージ
先日、公園で戯れるスズメを久々に見かけた。 私が子供の頃(40~50年くらい前かな)は大群でどこにでもいたスズメ。 当時は残酷な話だが、近所のおじさんの空気銃のターゲットになったり、 子供たちも、米粒をエサに竹籠とタコ糸でスズメを捕まえて遊んだりしていた。 (正直なところ、私もそうした遊びの経験はある。 いま考えると、当時の遊びの中には結構残酷な遊びが多かったようだ。 伝統だから、シキタリだからと固執するのではなく、悪いことは改めるべきだと思う。 たとえそれが生活に根差していることであっても・・・) ツバメは当時も大切にされていたが、スズメは当時から惨めな存在だったのだ。 確かに、気にしてみると最近、都会ではその姿を見かけなくなった。 カラスや大型の野鳥たちに圧倒され、その居場所を追われたのか? 以前、どこかのテレビ局でこの問題の特集番組をやっていたが、 それによると、然るべき団体が調査をしているらしいが、 少なくなった最大の理由はエサの問題らしい。 次に、巣を作る場所が絶対的に少なくなったこと。 考えるまでもなく、その究極の原因は人間のエゴに起因する。 茶とベージュの決して綺麗とは言えないその姿。 でも、よく見ているとその姿、形そしてシグサの可愛らしさに気が付く。 あどけないその存在は憎めない貴重な存在だ。 こうしたスズメに対する思いが、子供の頃からあったらと残念でならない。 スズメには、「どうか私たちの周辺から姿を消さないでほしい」と願うばかりだ。 そして、私たちは私たちの愚かな行為で、彼らを絶滅させてはならないと改めて思った。 (2011.07.04 JD) (金沢八景公園にて 2011.05.18撮影)