2013年4月29日月曜日

ジャケ買い天国: シリーズ第2弾 ビル・エバンス&ジム・ホール「Undercurrent」 

ビル・エバンス&ジム・ホール 「アンダーカレント」 

Bill Evans & Jim Hall  「Undercurrent」

Undercurrent
おもて面に何もロゴがないのは
最近のアルバムではよく見かけるが、
この当時としては非常に意欲的な試み。
 


1  My Funny Valentine    5:23
2  I Hear A Rhapsody    4:38
3  Dream Gypsy    4:33
4  Romain    5:21
5  Skating In Central Park    5:20
6  Darn That Dream   5:08


ビル・エバンス(P)
ジム・ホール(G)
1962年4月24日、5月14日録音




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iTunes Storeで試聴できます。
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前回のマドンナ「ライク・ア・ヴァージン」に引き続き、今回もモノクロ的アルバムである。

モノクロ写真の時代にカラー写真が出現し、そのカラー写真が当り前になると逆にモノクロ写真に新鮮さを感じるというこうした複雑な感覚は、果たして人間だけに備わったものなのだろうか。ある意味、何とも移り気で我儘で欲深だと思うのだが、結局それでこそ人間なのかも知れない。
と言うか、そもそも動物の世界はモノクロと聞いたことがあるのだが...

冗談はさて置き、強烈なインパクトを期待するならカラーよりモノクロと言うのが今の定番。
このアルバムが発売された当時は、モノクロ感覚は至って斬新でユニークな印象だったはずで、前述した人間の色に対する複雑な感覚が認識され始めた頃だったのだろう。
モノクロジャケットに加え、ジャケットのおもて面にタイトルやアーチスト名を一切入れない試みも、当時としては画期的なことで体制に背く異端的立場を強く主張しているかのようだ。

思えばこのアルバム、何から何まで当時の常識を覆す革新的要素が詰まったアルバムだと思う。キャッチコピーも説明もないが、それ故に見る者に無言の訴えを感じさせずにはいられない。
このジャケットを見たが最後、魔性の力にコントロールされたような、自分ではどうにもならない状態にされてしまうのだ。(私の場合は直ちに購入という衝動に駆られてしまったのだが)

湖の水面下を漂う女性のドキッとするような衝撃的シーンに、私たちは先ず圧倒されるが、この写真がこのアルバムとどう関係しているのかは直ぐには分からない。
アルバムタイトル「Undercurrent」という単語も普段あまり見かけないが、調べてみると「底意、底流」という意味と分かり、その辺で何となく繋がりが見えてくる。

ビル・エバンスは、ピアノ・トリオという構成を演奏スタイルの理想と考えていた。生涯そのスタイルを主軸に据えて、ピアノ・トリオを極めて行くが、ギターのジム・ホールと組んでデュオ・アルバムを制作したのは極めて以外なことだ。彼の傑作と評される演奏のほとんどがピアノ・トリオであることを考えると、この「Undercurrent」というアルバムは意図的で野心的なアルバムで、演奏形態としては例外中の例外だが、ピアノ・トリオの名盤に劣らぬ価値ある名盤として評価が高い一枚である。

また、ビル・エバンスの代名詞である「インタープレイ」という当時としては独特な演奏スタイルは、このデュオに於いても貫かれていて、息の合ったジム・ホールとのやり取りがトリオ以上に面白い。「インタープレイ」の緊迫感の中に、サロンミュージックのリラックスした心地よさを感じさせてくれるアルバムである。

このように、このアルバムは革新的要素が色濃い実験的アルバムのように思えるが、実験が成功したからといって「柳の下にドジョウが...」的なことをしないのがエバンスの偉大なところで、その証拠にこのアルバム以降デュオアルバムは出していない。

いつ購入したかはもうすっかり忘れてしまったが、LPレコードの時代にはじめて購入し、その後、東芝EMIの「ジャズ名盤物語」シリーズとして発売されたときにCDでも購入した。

2013年4月26日金曜日

本の紹介:「フェルメールの音 音楽の彼方にあるものに」 梅津 時比古 著 東京書籍

第1刷発行が2002年1月17日だから、早いもので発売からもう10年以上が経ってしまった。
発売当初からこの本の存在は知っていたが、フェルメールブームの便乗商品ぐらいとしか思っていなかったため、購入することはなかった。内容的にも表題作の「フェルメールの音」という2頁の短い一遍のコラム以外はフェルメールには直接触れていなかったからだ。

厚めのパラフィン紙でカバーされているため、
フェルメールの絵がおぼろげに見える。

それがどうしてこの場で紹介する運びになったかというと、日頃通っている神奈川県立図書館で先日偶然にもこの書籍を見掛けたからである。

装丁は比較的きれいだったため、この間不人気であまり貸出がされていないのかと安易な判断をしていたところ、ハードカバーを捲り目次のあたりにくると綴じ目のあたりが脆くなっているのがわかった。図書館の本の扱い、マナーが良くないといった昨今の問題は今回はさて置き、多くの人に愛読された痕跡を発見し、嬉しやら悲しいやら情けないやらとあの時は複雑な心境であった。

本書は毎日新聞の夕刊に約4年間にわたり連載されたコラム「クラシックふぁんたじい」をまとめたものとのこと。一遍一遍が独立したコラムになっているため、興味のあるタイトルを拾い読みしても良いし、最初から連続して読んでいっても構わない。

この一冊では、著者のクラシック音楽の博識ぶりは勿論のことだが、他の芸術にはない、目に見えず尚且つ瞬間的に消えてしまう「音」というものを扱う音楽の手強さ、困難さ、そして音の神秘性と魅力をこうした一遍一遍から読み取ることができる。そして何よりも感心したのは著者が絶えず自然と対峙しながら音を意識していることで、その感受性と想像力の豊かさは尋常ではない。著者の四季折々に出会う音の背景には常に自然があり、自然にはいつも音が存在する。その音を愛おしむ気持ちが「音楽の彼方にあるものに」という副題に込められているように感じた。本来は副題が主タイトルだったのかも知れない。

実は、連載コラムを一冊の本にまとめるに当たり、著者や出版社には冒頭に触れたようなコマーシャル的戦略が当初はあったのかも知れないが、読み終えてみるとそんな手段を用いなくても充分通用する中身の濃い優れた作品であることがわかる。何事に於いても、中味のない作品をオーバーに宣伝されることは迷惑だが、こうした地味ではあるが素晴らしい作品を多くの人たちの目に触れるように多少戦略的にアピールすることは必要悪なことではないかと思った。

どうしてこうした永久保存版的作品を購入しないで、読み終えたら即「BOOK OFF」行きのような書籍をいつも買ってしまうのか。今一度自分自身の書籍購入術を見直す必要があると痛感した一冊である。

Windows8「スタートボタン」をなくしたのは一時の気まぐれですか?

2012年10月26日のWindows8発売から暫くして、世のトレンドに遅れまい(?)と愛機の一台をアップグレードしてみた。これまでのWindowsのアップグレードの中では最も革新的との各メディアの前評判で期待していたのだが、インストール後の使い勝手は最悪だった。その最たるものが「スタートボタン」の廃止である。インターネットの閲覧程度ならほとんど気にならないが、いろいろな連続操作をしていくと、その流れの中で、「スタートボタン」がないことの不便さを痛感。「革新」とは少なくとも「良い方向に変化すること」という私の素朴な認識はアッという間に砕け散った。
それ以降はパソコン操作はストレス以外の何物でもなく、その当時はwindows7に戻すことを真剣に考えたくらいだった。(実は元に戻すのはかなり厄介)


Windows8のスタート画面
「タイル」と呼ばれるパネルで構成されている。


そんな折、登録中のメルマガ日経「PC Online」の4月23日付け記事の中に「マイクロソフトがスタートボタン復活も」という記事を発見した。それによるとマイクロソフトのPeter Klein最高財務責任者(CFO)が決算報告の中で独自の小型タブレットの開発・発売に向け動いていることと、Windows8のスタートボタン復活を複数の海外メディアにほのめかしたとある。

2012年10月26日の発売以来、Windows8の売上げ実績はハッキリ言って芳しくないことはメディア等で伝えられている。その中で当該のマイクロソフトは不振の原因をタッチパネルの普及の遅れやスマホ、タブレットに押されていることなどと分析しているが、ハッキリいって的外れで現状を直視していない(あるいは直視できない)不充分な分析だと思う。

ユーザーの一人として考えれば、現在の業績不振は当然の結果だと思う。2011年5月にこのブログにアップした「マイクロソフトさん、もうですか?」で指摘した通り、先代のOS「Windows7」から僅か3年程度でのバージョンアップは時期尚早なのである。繰り返すが、個人はもとより企業や学校にとっては、数百台、数千台の規模でPCを入れ替えることとなる。コスト面でも手間暇の面でも負担が大きすぎるのだ。更に現状が安定しているシステムをできるだけいじくりたくないというのもシステム担当者側の本音である。新OSが出たからといって、そう簡単に移行できないことなど百も承知のはずである。それにも拘らず、敢えて新OSを売出すということは、市場分析の甘さというよりもマイクロソフトの傲慢さとライバル企業からの遅れを取り戻すための愚かな焦りとしか思えないのだが。

更に、ビスタのときのように先代のWindows7は欠陥OSではなく、むしろ起動の速さ、安定感では比較的評判は良かったにも拘らず、短期間でWindows8を投入するということは、ユーザーから見れば単にマイクロソフトの貪欲的な姿勢しかイメージできないのである。その上、こうした経済的に厳しい状況の中、敢えて投入した(マイクロソフトとしては自信をもって投入した)Windows8の使い勝手の悪さを考えると、不振の原因はもっと根が深いように思えた。

今回、WindowsのUI(ユーザーインターフェイス)から「スタートボタン」をなくすという発想は、完全にスマホ、タブレットを意識してのことだろう。しかし、これは最大の致命的ミステイクだったと思う。
この「スタートボタン」がなくなったことで、我々ユーザーが受ける恩恵は何かと考えてみると、何も浮かんでこない。画面スペースが広くなった訳でも、デザイン的に見た目が良くなった訳でもない。従来「スタートボタン」があった位置にはチャッカリとIE(インターネット・エクスプローラー)のアイコンが鎮座しているではないか。


デスクトップモードの画面に切り替えると、
従来のスタートボタンの位置にはIEのアイコンがある。


これに対し、「スタートボタン」がなくなったことによる我々ユーザーのデメリットは計り知れない。くどくどと事例を書き連ねる気はないが、「不便」の一言に尽きる。

そう考えると、マイクロソフトが「スタートボタン」を廃止した明確な意図は見えてこず、敢えてPC操作を一昔前のように判りづらくしているに過ぎないように思えるのだが。
ワードやエクセルなどオフィースの「リボン」導入のときもそうだったが、長い期間をかけてようやく浸透してきたメニューバーを「リボン」に大々的に変更し、一時の混乱を招いたという過去の苦い経験は活かされておらず、「またまたやってくれました。」という呆れた思いでいっぱいである。

もう定かな記憶ではないが、Windows95が華々しくデビューした時のことだったと思う。そのときのマイクロソフトのキャッチコピーのひとつが「Windowsはスタートボタンから始まる。」だった。
あれから凡そ20年の歳月が流れ、パソコンという至ってマイナーな機械が世代を超え、多くの人たちに受け入れられた。私たちの生活・仕事は劇的に改善され、パソコンは必要不可欠の存在となった。その原点ともいえる「スタートボタン」がWindows8の代で姿を消した。windows8の業績不振がこの「スタートボタン」廃止に直接起因しているとは思わないが、何というタイミングの悪さだろう。

それにしても、不思議なことは新OSの開発の各段階でβ版(ベーター版)が一部のユーザーに無償提供された後、モニターされているはずなのに、その中に「スタートボタン」に関する賛否の意見等がなかったのかということである。

いずれにしても信じ難いことだが、マイクロソフトの市場分析の甘さがここへきて気になる。
甚だ原始的手段だが、「この際、初心に戻りアンケート調査でも実施したら」と言いたいくらいである。最近の動向を見ているとユーザーに目を向けているというよりは、ライバル企業の動向を気にし過ぎて先走っているようにしか思えないのだが...

真にPCを愛する人間なら、パソコンがタブレット端末より一定の分野においては格段に優れていることぐらい理解している。また、現代社会において確固としたステータスを持っていることも。タブレット端末がパソコンにとって代ることなどこの先も不可能なのである。出荷台数、販売台数は将来ある程度下がるであろうが、絶対的需要は必ずあり、ロングテール現象のグラフのように右下がりに減って行くことなど決してないと信じている。
IT界の横綱マイクロソフトにはどっしりと構え、正々堂々と四つ相撲でライバル企業の挑戦を撥ね退けてほしい。ユーザーがマイクロソフトに期待しているのは、操作し易く堅牢なOSの開発に邁進することである。数少ないOSの開発販売企業としての独自性とプライドをもって、ITの王道を歩んでいってほしい。

そして、まずは「スタートボタン復活も」の情報を信じ、マイクロソフトからの今後のバージョンアップ情報に注目することとしよう。



2013年4月24日水曜日

有名俳優、タレントがナレーションをすることについて

石丸謙二郎氏のナレーションでお馴染みの「世界の車窓から」は私の数少ないお気に入り番組のひとつです。コマーシャル含め5分ほどの短い番組ですが世界の美しい景色と珍しい機関車や列車が紹介され、心休まるひとときを過ごさせていただきました。番組が終了していないのに「・・・いただきました。」と過去形なのは実は以前は毎回欠かさず見ていたのですが、番組放送の時間帯が変わったことや自身の生活パターンの変化などで、残念ながら最近はご無沙汰気味だからです(すいません)。

 
「世界の車窓から」VHS 表面
1992年 非売品
調べてみるとこの番組、1987年に放送がスタートし、およそ四半世紀の歴史がある長寿番組とのこと。これも石丸氏のナレーションとコンテンツの素晴らしさに由るところが大きいと納得している次第です。頼りない私の記憶では、もっと以前から放送していたのではと錯覚するほどです。番組では、世界各地を訪れ、そこで活躍している様々な鉄道車輛を楽しむことができ、旅行ファンも鉄道ファンも楽しめる番組構成です。
でも、放送開始当初から番組が一貫して伝えようとしているのは、自然の美しさであり、そこに暮らす人々の優しさであり、人生の素晴らしさではないかと私は思っています。

なかでも石丸氏のナレーションには心惹かれるところがあり、いつも注目しています。
その声は決して美声とは言えませんが、嫌みのない心地よいナレーションです。
淡々とした飾り気のない彼の語り口は、ともするとクールに感じられるかも知れませんが、反面、ナレーターはかくあるべきと主張しているかのようです。
こうした番組にはいたずらにウケを狙ったり「オチャラケ」は必要ないのです。

ところで、最近は有名俳優やタレントがアニメの声優をやったり、ドキュメンタリー番組のナレーションをやったりと、声優やナレーターの職域を侵害しているのが目立ちます。と言うよりは流行にすらなっているようです。番組制作側の意図は充分察しがつきますが、果たしてその効果はというと疑わしいものです。こうした傾向を私はそんな風に冷やかに見ています。
最近ご無沙汰気味の石丸謙二郎氏の「世界の車窓から」を思い出したのは、そんな昨今の由々しき状況を残念に思うからです。
そして、いずれは本来の秩序ある体制に戻るものと信じていますが、それには私たち一人ひとりが「No!」というハッキリとした意思表示をしていかなければなりません。
それは次のような理由で質の低下につながっているからです。

まず、俳優やタレントのイメージが先行し、アニメの主人公がはじめから声の俳優、タレントのイメージに重なってしまい、観る側の想像の妨げになるだけで逆効果になっていることです。たとえそれがお気に入りの俳優、タレントだったとしても結果は同じことで、嫌いな俳優、タレントだったら尚のこと最悪です。
はじめのうちは、物珍しさで「ウケる」のでしょうが、所詮は俄雨のように長続きはしないものです。個性の強い有名人は本来の自分のテリトリーで本領発揮していただき、副業的なことは控えるべきだと思います。
ドキュメンタリー番組、例えば美術展を紹介するような教養番組や新作アニメのような場合には特にナレーターや声優の選出には注意が必要です。

さらに、このことは突き詰めていくと「私たちが払う代償は甚だ大きい。」という問題に関連してきます。具体的に言うと、私たち(少なくとも私)は、ナレーションや声優にそんな有名タレントを望んでいないし、必要とも思っていないです。仮に無名の声優でもその作品が素晴らしければ私たちは充分に堪能できるでしょう。有名俳優、タレントにわざわざ高額のギャラを払って、みすみす作品を台無しにするよりは、無名でもその分野のプロに仕事場を与えてあげる方がよっぽど有意義です。
そうなれば、映画やDVDに我々が支払うお金は、今よりは少額で済むはずです。

「世界の車窓から」VHS 裏面
今から20年ほど前に
職場のクリスマスパーティーの
抽選で当たったもの。


チョッと話は逸れますが、テレビの黎明期、我が国ではテレビ俳優と映画俳優とはハッキリと一線を画していた時代があったようです。
石原裕次郎、浅丘ルリ子、萬屋錦之助(中村錦之助)などは映画俳優の代表格だったようですが、
テレビ俳優に関しては今では誰も名前が出てきません。それほどにテレビ俳優の方はマイナーな存在だったのです。やがて、映画産業が斜陽をむかえると、名優と呼ばれる人たちは続々とテレビの方へ進出、占領し現在のようになっていったのです。
その当時のテレビ俳優の心境や如何にと想像したところで始まりませんが、現在のナレーター、声優の人たちも同じ悲哀を味わっているように私には思えます。

規制や慣習は発展の妨げになるという考え方があります。それは、自由な発想や行動を妨げる規制や慣習を打ち破ってこそ、優れた作品が創造され、進歩があるのだという論理でしょう。
しかし、何でもかんでもという考え方にはついて行けません。ときには程度、節操、配慮といった冷静な判断、言い換えるなら一歩退く「勇気ある後退」が必要な時もあるはずです。

「石丸謙二郎はもともとは俳優で、お前が批判してきた連中の一人にすぎない。今で言うマルチタレントじゃないか。」との反論があるかもしれません。ただ私がここで問題にしているのは大したキャリアもないままに、時期尚早の主役をはっているような俳優、タレントのことです。石丸氏はながい経験と実績をもち、ナレーションも役者も本物です。「世界の車窓から」のナレーションを始めた87年は、デビューして約10年ほど経っていたが、無名に近い将来の方向性も定まらない彼にとっては必死な時代だったと思います。まだまだ、自分の領域で修行が必要にもかかわらず、「隣の庭は...」的な安易で欲張った行動をとっている俄か俳優とはその点がちがいます。
私が異を唱えるのはそうした未熟な連中に対してです。とは言っても、役者本人の意思というよりは所属プロダクションの意向が強いのでしょうが...

海外ドラマ、特に米国の作品を見ているとテレビ俳優とスクリーン俳優とは一部の例外を除いて、今でもはっきり分かれているようです。過去にはスティーブ・マックインやクリント・イーストウッドのようにテレビで活躍しスクリーンへステップアップした例もありますが、分相応にテレビ界に留まる俳優も少なくないようです。(そうした人たちもチャンスがあればいずれはと考えているのかも知れませんが...)それでも、何でもありの米国で、ある程度の良識とケジメ的なものを見た思いです。
だからこそ今、ハリウッド映画よりも海外テレビドラマの方が面白いのかも知れません。


2013年4月17日水曜日

<新企画>ジャケ買い天国: シリーズ第一弾はマドンナ「ライク・ア・ヴァージン」

はじめに

その昔、まだ音楽ソースがCDではなくレコードという媒体で売られていたころ。
僕らはそのコンテンツそのものよりも、むしろ入れ物であるレコードジャケットにある種の魅力を感じ注目していたことがあった。現在のようにあらゆる手段で試聴が可能な時代ではなかったので、新譜に対する期待は大きいものの、実際の音、いわゆる内容がどんなものかは購入するまでわからないのが当り前の時代。ラジオなどで事前に聞ければラッキーな方で、それでさえアルバムの中の代表曲一曲程度の話である。

そんな不便な時代のアルバム購入術のひとつが「ジャケ買い」だった。多少のギャンブル性はあったものの、「ジャケットが良ければアルバム内容もそれなりだろう」というのがその強引な論法だが、意外と掘り出し物を手にすることも多かったのだ。(都合の悪いことは忘れているのかも)
仲間内では、だれが呼んだのか「ジャケ買い」という用語さえいつの間にか、通用するようになっていた。

目を見張るような美女のジャケット写真に心ときめいたり、シブいモノクロ写真のジャズアルバムに心惹かれ、思わずその場にいた友人からお金を借りて、いわゆる衝動買いをしたことが幾度となくあった。あのころはそれでなくても、30センチ四方の紙ジャケットを片手に繁華街を歩くのはそれだけでステータスだったのだから。ちょっとハイソな趣味のレコードなどは透明なビニールのまま、云わば剥き出しで持って歩いているといったキザなヤツもいた。ただ、心配だったのはレコードを持ったまま満員電車に乗ることだった。実際、そうした状況でレコードが破損したということは僕に限ってはなかったが、そう、あれは青春の大いなる悩みのひとつだったかもしれない。

80年代前半、CDが店頭に出始めたころ、レコードとCDは、古いものと新しいものの代表として、その「良し悪しの論戦」が音楽雑誌を中心に活発に展開されていた。世に云う「アナログ、デジタル論争」である。その時、新参者のCDは完全に不利な状況だった。

CDの最大のセールスポイントである音がクリアというメリットも、アナログ派によって「味気のない音、温もりがない音」として一蹴されたのだ。思えば、あの当時CDのメリットはたくさんあったように思うのだが。たとえば、レコードと違って針が必要ないためランニングコストが掛からないこと。レコードにくらべ小型なので、収納が楽なこと(スペースの有効活用)。資源の面からみても地球にやさしいなどなど。

そんなこんなで、メリットが多いCDでも当初はとても苦戦を強いられた時代があったのだ。その証拠に当時のレコード会社は新譜アルバム発売に際しては、レコードとCDの両方を並行的に生産し、レコードショップでは両者がディスプレーされ販売されていたという時期があり、その状況が何年か続いたという事実からも明らかである。いつの時代も新しいものが世に認められるには、それ相応の時間が掛かるということなのだろう。たとえそれがどんなに優れたものであっても...

あの時、「満員電車に乗っても安心なCD!」なんてキャッチコピーを大々的に展開していたら、そんな苦戦はしなかったのに...」なんて冗談はこの辺にして、話を本題に戻そう。

本末転倒甚だしく、本題が何だったのかさえも忘れてしまった次第。
そう!思い出しました、「ジャケ買い」のお話でした。

このジャケット、当時のレコード派の隠れたセールスポイントになっていたともいえるのである。「味気のない音、温もりがない音」などとCDを罵り、一方「レコードの音には温もりがある、深みがある」などと如何にも正統派染みた理由を掲げていたが、実は30センチ四方の紙ジャケットに魅力を感じ、棄て難いと思っていたファンはレコード派のなかで案外多数派を占めていたのではないだろうか。彼らにしてみると(ぼくも含め)CDの12センチほどのジャケットでは当時としては物足りなかったのである。(綺麗なお姉さんの写真は大きい方が良いに決まっているのだから)

時代が進み、音楽が現在のようにダウンロードで買うという形態をとると、さて、そんな悠長なことも言ってられない状況になってきたようだ。「小さくてもいい、アルバムジャケットはあって欲しい」という悲痛な叫びが聞こえてきそうだ。実は僕の叫びなのだが...

そんな訳で僕にとって、とっても大切なジャケット。これまでのレコード、CDのコレクション人生をふり返り、心に残るジャケット、衝撃のジャケットなど、そうした「ジャケ買い」を通じたアルバムとの出逢い、エピソードをこのシリーズの中で紹介していこうと思う。勿論、アルバムに関するコメントも添えていきたいと思う。
その記念すべき第一回目はマドンナ「ライク・ア・ヴァージン」Madonna  Like A Virgine

ジャケ買い天国

001_マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」 Madonna ... Like A Virgine

Madonna ... Like A Virgine
 「Like A Virgine」ジャケット表面

横浜元町入口の交差点一画にあった「Tower Records」でレコード盤の時代に購入。
付いていたプライスラベルから当時の値段は
1980円、輸入盤である。
このアルバムのリリースが1984年11月だから、恐らく1985年ころのことだろう。

「バーニング・アップ」に続く、彼女としては2枚目のスタジオ録音アルバム。
ウィキペディアによれば、
デビュー作『バーニング・アップ』ではまだアンダーグラウンドなディスコ・ガールのイメージだったマドンナを、ニューヨーク的なシティ・ガールのイメージに変えた。とあるように、このアルバムをキッカケに彼女は大ブレークする。

正直、デビュー盤「バーニング・アップ」のジャケットではこれ以降の彼女の成功は望めなかっただろう。どんなに才能があっても、どんなに素晴らしいアルバムを制作しても世にアピールする何かとキッカケがなければ、ただのアルバムとして埋もれたままである。但し、優れた才能の持ち主で本物のアルバムを作っていれば、時間の経過とともにやがては陽の目を見るのだろうが...

ジャケットの強烈な個性とインパクトでこのアルバムは当然のこととして、当時のチャートを賑わしセールスともども爆発的なヒットとなったが、このアルバムのもう一つの魅力はアルバムタイトル曲のほか「マテリアル・ガール」など収録楽曲が充実していたことがあげられる。
また、 「Like A Virgine」という過激なアルバムタイトルも宣伝効果としては抜群で、更なる追い風になったはずだ。
その意味では名実ともに最高のアルバムであり、「ジャケ買い」としては文句なしの大成功といえる。

 「Like A Virgine」ジャケット裏面
今でこそ過激なジャケットは当り前だが、当時は悩殺ものである。
こんなジャケット見て買わずにいられますか?



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本文中の引用について:
* 「ライク・ア・ヴァージン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2013年3月20日 (水) 06:18
UTC、URL:http://ja.wikipedia.org

このシリーズの文章について:
主語をどうするかという点でかなり迷ったが、このシリーズに関しては「僕」で通すことにした。
「私」では内容に対して幾分かしこまっていると思ったことと、何より「上から目線」的に思えたからである。

2013年4月7日日曜日

音楽聴きくらべ_007「FRAGILE フラジャイル」


課題曲

#007  FRAGILE フラジャイル
STING スティング

洋画や海外ドラマを観ていると「Fragile」という単語、見かけませんか?
例えばこんなシーン。ネットショップデリバリーが主人公宅にダンボール箱を届ける。そこに貼られたステッカーに書かれているのが「Fragile」という見慣れない単語である。そう日本でいうなら「割れ物注意!」といったところか。
英和辞書で調べてみると「脆い」「儚い」なんて訳が載っているけど、私がこの単語を最初に知ったのは、スティングの「Fragile」というタイトル曲でだったと思う。
今回採り上げるのはそんな奇妙なタイトルが付いたスティングの名曲「Fragile」である。
ポリスが自然消滅後、ソロ活動を開始したスティングが3年ほどしてリリースしたアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」に収録された一曲。このアルバムはソロとしてはの3枚目のアルバムで、一曲を除きすべて自身のオリジナル楽曲で構成されている。気力、体力、モチベーションとすべての点で最も充実した時期のアルバムだと思う。そのためアルバムとしての評価は依然として高い。
このフラジャイルという曲、独創的で魅力的なメロディー展開も然ることながら、歌詞の内容は相変わらず難解で、彼の云わんとする世界は私たちの想像の域を遥かに超えたところにあるようだ。一見それは人間の脆さ、人生の儚さを謳っているように思えるが、彼が用いる比喩やフレーズはあまりに主観的で飛躍に富んでいるため、私たちはその全体像を掴むことができなくなる。彼の豊かな感性、表現力ゆえに、その向こう側にもっと別の何かが暗示されているのではと、どうしても想像してしまうのだ。どうしてこんな詞が書けるのか只々脱帽である。
しかし、この楽曲の魅力は何と言ってもメロディーの美しさだろう。人間の脆さ、儚さを謳ったこの曲の歌詞は哀愁を帯びた旋律に溶け込みながら、どこか頼りなく彷徨いながら、必死に行き場を探しているようだ。
スティング自身のナンバーを聴いていると、そんな切ない情景が目に浮かんでくる。
まったくの個人的感想だが、このフラジャイルを聴くと、ジャン・レノ主演の映画「レオン」のエンディングに流れたあのテーマとオーバーラップするのは私だけであろうか。あのスティングが歌うエンディングテーマ、主人公レオンの生き様、切ない後姿に何ともハマっていけど、あの場面で代わりにこのフラジャイルが流れても何の違和感がないように思う。むしろ相応しいとさえ思う。
 
ところで、私のコレクションをチェックしてみたら、この「Fragile フラジャイル」というナンバーを収録しているアルバムが、スティング本人のアルバム2枚を除いても8枚あった。その内6枚がジャズ系アーチストのもの。スティングがロックというひとつのジャンルに留まらない、器の大きいミュージシャンであることがこんなところからも窺えるようだ。
 
今回、この記事を書くに当たり、各アーチストの「フラジャイル」を改めて聴いてみたが、それぞれが独自性を発揮して「~的フラジャイル」として見事に自分のものとしていた。

まずはスティング本人の2枚から紹介していこう。
 

◆ 「...NOTHING LIKE THE SUN」
  STING スティング

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「...NOTHING LIKE THE SUN」
アルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」1987年10月 3枚目のソロ・アルバム
思い起こせば、このアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」を購入したとき、このフラジャイルという曲を私は知らなかったと思う。アルバムを聴き終えた後も、サンタナの「哀愁のヨーロッパ」を初めて聞いた時のような衝撃は正直なところなかったように思う。何度か聴きかえすうち、この楽曲が持つ歌詞におけるメッセージ性や旋律の新鮮さ、美しさに徐々に惹かれていった。それにも況して心惹かれたのは、タイトルの「Fragile」という言葉の意味と響きそのものだったのかもしれない。
それまでスティングというミュージシャンを正直それほど評価していなかったが、これ以降注目してゆくアーチストの一人になった。

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◆ FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING 1984-1994
   STING スティング

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FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING
FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING 1984-1994
このアルバムはソロとしてスタートしてからほぼ10年目にリリースされた。ライブ盤を除く、彼のオリジナルアルバム4枚の中からのベスト盤である。 実はこのアルバムには、当該曲「Fragile フラジャイル」が2曲入っている。
1曲はアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」に収録されているもの。もう1曲はラストの17曲目に収録されたスペイン語ヴァージョンの「Fragile」で、この曲のファンとしてはこの企画に感謝したい。

 

◆ BEDTIME STORY
   BILLY CHILDS TRIO ビリー・チャイルド・トリオ


BEDTIME STORY  BILLY CHILDS TRIO
BEDTIME STORY  BILLY CHILDS TRIO
 ピアノトリオによる本格的なジャズナンバーとなっている。演奏しているビリー・チャイルズの経歴を調べると幼少のころから正統派の音楽教育を受けており、 プロとしてのキャリアも10代からと長い。更にジャズ・ピアニストという演奏家であると同時に、作曲、編曲も手掛けている。そのためか「フラジャイル」の演奏も曲自体の旋律の美しさを残しつつ、完全にジャズ化しているところは流石である。このアルバムは彼が影響を受けたハービー・ハンコックの曲を中心に構成されているが、スティングの「フラジャイル」だけが浮いているということは決してない。
ピアノ・トリオのアルバムとしてお気に入りの1枚だが、その中でも「フラジャイル」の編曲ならびに演奏は見事である。2000年にリリースされているが、このアルバムのようにトータル的に満足できるアルバムは最近ではめったにお目にかかれない。

 

◆ GLAMOURED
   CASSANDRA WILSON カサンドラ・ウィルソン 

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GLAMOURED  CASSANDRA WILSON
GLAMOURED  CASSANDRA WILSON
これもジャズ系女性ヴォーカルのカサンドラ・ウィルソンによって採り上げられたフラジャイル。彼女独特のスモーク掛かった歌声で淡々と歌われるフラジャイルは、本家スティングの女性版といったところか。これも捨てがたいシブい1枚である。

 

 

◆ FRIENDS CAN BE LOVERS
   DIONNE WARWICK ディオンヌ・ワーウィック

FRIENDS CAN BE LOVERS  DIONNE WARWICK
FRIENDS CAN BE LOVERS  DIONNE WARWICK
大御所ディオンヌ・ワーウィックもこの「フラジャイル」を採り上げている。
ユッタリとした大人の雰囲気でメロディーを崩すことなくソウルフルに歌っている。
当時のライナーノーツを読むと、この曲はジャズ畑のハーヴィー・メイソンがプロデュースとありその点では意外だったが、アレンジはメロディーを重視したおとなしいものになっている。
このアルバムは1993年、ディオンヌのデビュー30周年を記念してリリースされたものだが、60年代バート・バカラックの作品を歌っていたころの彼女の声質、声量そのもので流石だ。硬質で透き通った氷のような彼女の「フラジャイル」は本家スティングやカサンドラ・ウィルソンのそれとは対照的である。
余計なことだが、このアルバムには5曲目に「Love will find a way 愛はいつまでも」という曲が入っている。昨年2月48歳という若さで亡くなった彼女の従姉妹ホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲である。アルバムのリリース年から考えて映画「ボディガード」のころで、ホイットニー全盛時の歌声だと思う。
あらためてこの曲を聴いてみると、平凡な表現だが彼女たちの歌のうまさを痛感する。また、曲がホイットニーの代表曲ではなく、ある意味無名のナンバーであるが故になお更心打たれたのかもしれない。

 

 

◆ DANCING QUEEN
   EUROPIAN JAZZ TRIO ヨーロピアン・ジャズ・トリオ

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DANCING QUEEN  EUROPIAN JAZZ TRIO
DANCING QUEEN  EUROPIAN JAZZ TRIO
彼らは世界中の名曲という名曲をレパートリーにしている観があるが、さすがにこの「フラジャイル」はないだろうと思っていたらしっかりとありました。
この「DANCING QUEEN」というアルバムの2曲目に収録されていたのです。と云うことは裏を返せば、それほど記憶に残っていなかったナンバーということになる。
確かに辛口批評でいえば、アルバム全体も平凡な出来かもしれない。
購入当時をはっきり覚えていないが、このころは「EUROPIAN JAZZ TRIO」のアルバムは出れば必ず買うという熱の入れようだったのかのしれない。ジャケ買い的要素の強いアルバムでもある。

 

◆ CROSSCURRENT
   JAKE SHIMABUKURO ジェイク・シマブクロ


CROSSCURRENT  JAKE SHIMABUKURO
CROSSCURRENT  JAKE SHIMABUKURO
 ウクレレの貴公子ジェイク・シマブクロの初期のアルバム「CROSSCURRENT]の中の一曲。
ジェイクはハワイアン・ミュージシャンでありながら、あらゆるジャンルのナンバー特に本土の音楽に関心があるようだ。彼のようにハワイにあってコンテンポラリーミュージックを目指すハワイ出身のミュージシャンは多いが、そうした連中もやがてはローカルなトラディショナル・ミュージックやフラ・ミュージックへと移行していくのが常だ。そんな中ジェイクのスタンスは相変わらず一定で、コンテンポラリーミュージックに固執し意欲に満ち溢れている。
以前、ハワイアン・ミュージックを紹介している私の別サイトで、彼の商業主義的行動(ハワイのミュージシャンにしてはアルバムを頻繁に出しすぎていること等)に対し賛同できない旨のコメントを書いたことがあったが、そのことは別にして彼の音楽に対する姿勢には感心する。
話の本筋であるジェイクの「フラジャイル」に話を戻そうと思ったが、戻すどころか未だ話に入っていないことに気が付きました(笑)。前置きが長く本題が希薄になった観はありますが、挫けず本題に入ります。
端的に言って、冒頭の一音からジェイクとわかるジェイク節炸裂といったところでしょうか。テンポはオリジナルのスティングのナンバーよりはずっと速くて、曲の雰囲気はガラッと違っているけど、オリジナルを知らずにこちらを先に聴いたら違和感は全然なくて、カッコいい曲と思うに違いない。

 

◆ MY LIFE
   JULIO IGLESIAS フリオ・イグレシアス 

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MY LIFE  JULIO IGLESIAS
MY LIFE  JULIO IGLESIAS
「MY LIFE」とタイトルされた2枚組ベストアルバムのDisc1に収録されている。もともとフリオのような歌のうまい人がフラジャイルのような曲を採り上げて成功しない訳がない。
イントロといい曲全体の雰囲気(アレンジ)といい曲の構成は、今回紹介するアルバムの中で一番スティングのそれに近いかもしれない。
ただ、仕上がりはやはりフリオそのもので、彼独特の世界を創っている。
 

 

 

◆ FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE
   RACHEL Z TRIO レイチェルZ トリオ

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(*下記アルバムではありませんが、レイチェルZトリオのフラジャイル試聴可)
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FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE  RACHEL Z TRIO
FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE  RACHEL Z TRIO
今回紹介するアルバムの中では最もオリジナルからかけ離れた作品かもしれない。本名レイチェル・C・ニコラッソ率いるレイチェル Z トリオは彼女のピアノを中心としたジャズのグループだが、どちらかというとフュージョン系に近いセッションとして知られている。それ故、レパートリーは主にロック系ミュージシャンの楽曲が多く、スティングのフラジャイルを採り上げるのも当然といえる。
仕上がりは軽快なテンポのラテン系のノリでリズミカルに突き進んで行くといった感じだ。まさにライブのノリである。あのスティングが切々と語りかける哲学的な歌詞の世界は、レイチェル Z トリオが演奏するフラジャイルにはまったくと言ってよいほど存在しない。だからと言って、彼女たちの演奏が没かといえば決してそんなことはないと思う。アマチュアバンドがコンテストで課題曲を演奏している訳ではないのだから。プロのアーチストのここぞという実力を見せつけられた思いだ。

 

 

◆ MOONLIGHT SERENADE
   SIMONE シモーネ


MOONLIGHT SERENADE  SIMONE
MOONLIGHT SERENADE  SIMONE
一見、ポップスを歌っているアイドル歌手かと思わせるその風貌からは想像もつかないような大人のヴォーカルを聴かせてくれるシモーネ。
フラジャイルに於いても、その期待を裏切られることはなかった。
アルバム制作に際し、選曲の段階でミュージシャンたちはどういったことを考えて曲選びをするのだろう。新人歌手などは特にそうだろうが、中にはレコード会社主導でリクエストされた曲を言われたままに収録するケースもあるだろう。一般的にはアルバムのコンセプトが決まりそれに当てはまる曲想のナンバーを選ぶのが普通だと思うが、フラジャイルのような個性の強いナンバーはアーチストの好みやコダワリから選ばれる我儘な曲ではないかとシモーネのフラジャイルを聴いていてそう感じた。実際のところは判らないが・・・

 

◆ SUMMER
   SUMMER WATSON サマー・ワトソン


SUMMER  SUMMER WATSON
SUMMER  SUMMER WATSON
 正直、このサマーという歌手についてはほとんど資料がなく、詳しいところはあまりわからない。わかっていることは名前がSUMMER WATSONで、2002年にリリースされたこのアルバムがデビューアルバムということぐらいである。アルバムを聴く限り、クラシックの基礎教育はしっかりと受けた本格派のようである。

今回紹介する中では唯一のクラシック系アーチストによるフラジャイルである。この曲がもつ特に難解な歌詞と哲学的な世界観を表現するには、サマーのようなクラシック的唱法が相応しいのではと聴くまでは思っていた。ところが実際に聴いてみると、このフラジャイルだけクラシック唱法ではなく、まるでポピュラーソングをポピュラー歌手が歌っているように何の違和感もなく自然に彼女は歌いきっていた。

ジェシー・ノーマンというクラシック(ソプラノ)の大御所がミシェル・ルグランの名曲にトライした「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」というアルバムがあるが、さすがのジェシー・ノーマンもクラシックの壁を貫け切れず、中途半端な結果に終わったことがあった(あくまでも個人的見解ではあるが、私の中では当初の企画に問題があったと思っている)。そうした過去の例を考えるとサマーという歌手は、ある意味とても器用な歌手といえるが、フラジャイルに関してはこちらの期待に応えてもらえなかったという点で失望感は無きにしも非ずだ。
 
 

<追記>

ジェシー・ノーマン、偉大なソプラノ、とりわけオペラ歌手としての実績故に、私たちが彼女に求める期待はあまりに大きい。「あれだけの声量でオペラの難曲を歌いこなすソプラノ歌手なら、ポピュラーなスタンダードナンバーなんていとも簡単に」と考えるのは我々素人の考えなのかもしれない。
このアルバムでは彼女の強すぎる個性が禍して、期待した程の結果は残念ながら出せなかったように思う。音楽をジャンル分けするのはナンセンスという考え方が一部にあるが、こうしたケースを考えると「ジャンルの壁」というのはあるんだと思ってしまう。クラシック音楽はこうあるべき、ポピュラー音楽はこうあるべきといった聴く者の先入観が私の中でこのアルバムの評価をさげているにすぎないのだ。
JESSYE NORMAN 「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」
参考:JESSYE NORMAN 「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」

2013年4月5日金曜日

本の紹介:ドラッカーとオーケストラの組織論  山岸淳子著 PHP新書

PHP新書
820円+税


一時の熱狂ぶりは去ったようだが、その後あの「ドラッカー」ブームはどうなったのだろう。自身もテレビやネットでその盛り上がりは知っていたが、時代に取り残されない程度にと、当時密かに購入したのが上田惇生著「ドラッカー入門」だった。これはドラッカー自身の著書ではなく、わたしのようなミーハー向けのドラッカーの決定版入門書である。手っ取り早くドラッカー云々を語れればいいと、そんな不純な動機から手にしたのだが、経営論だマネージメントだのとまったく私にはピンとこない。私の領域ではないなとすぐ気付いた。その時はそうは思いつつも最後まで読破したが、只々活字を追っているだけのようで頭の中には何も残らなかったというのが正直なところ。
さすがドラッカー、入門書とは言え手強かった。


そんなドラッカーとの出会いから数年が経った今、どうしてまたドラッカーに関係する書籍を懲りもせず買ったのか。答えは単純である。「ドラッカーとオーケストラの組織論」というタイトルに惹かれたからである。ドラッカーとオーケストラ、言い換えれば「ドラッカーと音楽」という意外な組み合わせと、著者である山岸淳子さんの略歴を読み興味を持ったからだ。

著者は東京芸術大学音楽学部を卒業後、日本フィルハーモニー交響楽団に入団し、広報宣伝部長、企画制作部長等を経て、現在は特命担当とのこと。著者がオーケストラ内の実際の演奏者ではなく、楽団を如何に運営、発展させて行くかという立場であることで、本のタイトルがようやく理解できた次第である。

この本を読むまで最も意外だったドラッカーと音楽との関係は、読み進むにつれむしろ濃厚であったことに驚かされる。実際、彼は音楽を愛していたし、彼の経営論に関する著作の中で、オーケストラを例えにして組織論を述べているケースが多々あるという。

ダイヤモンド社
1600円+税
彼が音楽の都ウィーン生まれであったこと。また、これはあまり知られていないことだが、彼のおばあさんはあのクララ・シューマンの教え子で、幼少の頃ドラッカーはそのおばあさんからピアノを習っていたという。更に70歳を過ぎた頃、彼は小説を書いているが、そのタイトルが「最後の四重奏」ということで、そのことからも彼が生涯にわたって強く音楽を意識していたことがわかる。この小説は音楽を扱った内容というよりは、小説の組み立て方が音楽的ということで、楽章分けされた交響曲のような作品だという。ひとつのまとまった形での「音楽論」という著作は彼にはないようだが、もしあったとしたら小説ともども是非読んでみたいものである。

ところで、この本はオーケストラの実情、とりわけ指揮者とオーケストラとの関係、それに個々の演奏者を加えた三角関係、財政の問題、社会的役割の問題などを、日本のオーケストラをはじめ世界的名門オーケストラの多くの例を挙げて語られている。クラシック音楽が大好きな私としてはそうしたオーケストラの内幕が垣間見れてとても興味深かったが、著者がこの本の中で訴えたい主題はそこではない。

ドラッカーは企業をはじめとした組織マネージメントで知られているが、マネージメントは利益を追求する企業よりも「非営利組織」にこそ必要なのだと説いている。(この点は特に意外性があって興味深かったが、ちなみにこの本を読んでいると、こうした意外なことにたくさん出会えて楽しい)
だが「非営利組織」のマネージメントは難しいという。その理由は「非営利組織」には企業のように収益という共通基準がないからだ。しかしながら、ドラッカーはその「非営利組織」のマネージメントには企業が学ぶ点が多いと指摘している。オーケストラが「非営利組織」の代表格と考えれば、著者のドラッカーとオーケストラを結びつける意図は見えてくる。ドラッカーを参考にしない手はないはずだ。

近年、財政面でその存続が危ぶまれているオーケストラは珍しくない。
名門オーケストラでさえその例外ではないという。
こうしたオーケストラの危機を克服し、維持・発展させていくにはどうしたらいいのか。またオーケストラという組織の将来における社会的位置づけ、将来的役割はどうあるべきか。音楽を愛し、オーケストラを愛する著者の情熱と切実な訴えが今にも聞こえてきそうなそんな一冊である。

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