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音楽は所有かレンタルか?

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 音楽は「購入する」から「レンタルする」 時代になってしまうのか? Dimitris Vetsikas による Pixabay からの画像 思い起こすに、自分はこれまで音楽にどれだけお金を掛けてきたのだろう。 古くはアナログレコードの時代から、CD、Blu-rayに至るまで。 でも、世の中には途轍もない人が大勢いて、そのような人から較べたらわたしのコレクションなど高が知れているというもの。 それでも平均的レベルよりは上位ではないかと自己満足しているが・・・ 興味のない人からすれば、そんなことどうでもよいこと。 何の自慢にもならないことと思いつつ・・・それでも話を続けよう。 わたしは幼少のころからもの集めは好きだった。 その対象は多種多様でメンコ、ビー玉、昆虫、切手などなど。 その後、音楽を聴くようになってからは、もっぱらLPレコードへと傾倒していった。 ジャンルはクラシック、ジャズが主で、ポップス系も多少(もちろん、嘗てのグループサウンズやニューミュージックなどもEPレコードで買った)。 SanderSmit による Pixabay からの画像 レコードの良いところはレコード盤に針を置いた後に拡がるサウンドの内容もさることながら、わたしのもう一つの楽しみはジャケットだった。 30センチ四方のレコードジャケットを構成する写真、絵画、デザイン作品は確固とした芸術作品であり、ミュージシャンのアーチストとしてのもうひとつのメッセージだとわたしは思っている。 しかしながら、時代とともに30センチのレコードは12センチのCDへと縮小され、自ずとジャケット自体もそれに見合った大きさになってしまったことは、個人的には惜しむべきことだった。インテリアの一部を担っていたLPジャケットの代役を果たすには、CDでは物足りない。 こうした変化は業界としてはもちろんのこと、自分の中でもかなりのエポックメイキングだった。 Ri Butov による Pixabay からの画像 マスコミや音楽雑誌等ではレコード派とCD派に分かれ、両者の比較論が活発に交わされたのは懐かしい思い出だが、所謂「デジタルアナログ論争」はまだまだ記憶に新しい出来事だ。それでも最後は、消えゆく運命のレコードを惜しみつつ、やがて、わたしの収集はCDへと傾いてゆくのであった。 CDが世に出たのは、わたしの記憶では1982年...

はじめての「骨伝導ワイヤレスヘッドホン(OpenMove AfterShokz)」を試す

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 はじめての「骨伝導ワイヤレスヘッドホン(OpenMove AfterShokz)」を試す かねてから気になっていた骨伝導ワイヤレスヘッドホン。 思い切って購入したのはいいが、やはりコロナ禍ということもあり、使う機会があまりありません。 そんな訳で、いろいろな場面での製品の見極めは十分とは言えませんが、分かった範囲でのレビューです。 まず、骨伝導とは? 声帯などの振動が頭蓋骨を通って直接聴覚神経に伝わるメカニズムのことだそうです。 わたしたちが通常聞いている音は、耳を通しての音と、骨を伝わってくる音が合算されたもので、わたし達は骨伝導を日常生活の中で常に体感していることになります。   ちなみに、クラシック音楽で有名な作曲家ベートーヴェンは、30代で耳鳴りに悩まされ、その後、ほとんど聞こえなくなってしまいます。そんな彼は、ご存知のようにその後も数々の名曲を世に出していきますが、その彼は作曲の際、「歯間に棒をくくりつけ、それをピアノに押し当てることで、自らが作曲した音楽を聴けることを発見しました(*1)」ということで、一音一音を聴き分けていたようです。 恐らく、これは骨伝導の原理によるものだったのでしょう。 *1:「AFTERSHOKZ社製品カタログ」による  製品カタログ   ところで、わたしはこの骨伝導の存在は以前から知ってはいたのですが、こんな人体の機能を応用したイヤホンが製品化されていることは、正直この製品を買うまで知りませんでした。 これまで使っていたのはBeatsブランドのワイヤード(有線)のイヤホンでしたから。 Gerd Altmann による Pixabay からの画像 ワイヤーがあると、たとえばワイヤーに手を引っかけてしまいイヤホンが耳から外れてしまった何てこと、どなたも経験があると思います。あの時の「ヒヤッ」とした感覚は心臓によくありません。 また、コードが収納しづらいこともマイナス要因として挙げられます。 ワイヤード(有線)のイヤホンは音飛びや中断がないなど、ワイヤレスに比べ安定感では勝りますが、前述の煩わしさはできることなら避けたいところです。 そんなとき、何かの雑誌で骨伝導ワイヤレスヘッドホンのことを知り、製品の品定めをするようになりました。調べてみるとほとんどのオーディオメーカーが何機種かの製品を既に出...

音楽について感じたこと<続編> 音楽の力について一言 

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音楽の力って何だろう? 最近、テレビで元YMOメンバーの坂本龍一氏が、東日本大震災の被災地慰問等でこの間多くの人たちが口にしていた「音楽の力」について、嫌う発言をしていたけれど、坂本氏らしいコメントだと思った。 そのインタビューのなかで「音楽が人々を救う」的な意識はおこがましいというようなことを言っていたように僕自身は受け取った。 実際のところ検証した訳ではないのでハッキリしたことは言えないが、音楽によって救われたとは言えないまでも、勇気づけられた人たちは被災地ではたくさんいたのではないかと思う。 坂本氏の発言は、当然そういったことを踏まえた上での、ミュージシャンとしての謙った言葉だと解釈したい。 当然に実績ある演奏家の彼だからこそ、発言できた許されるコメントだったのだと思う。 当時、ボランティア的発想で積極的に現地を訪問した芸能人やミュージシャンがいた中で売名行為と囁かれた人たちがいたことも確かだ。そうした混乱のなかでの彼らの行動は人々に明るい光を与えてくれたことは言うまでもないが、その一方で「音楽の力」のフレーズが異様なほどに繰り返されていたのも気になったところでとても残念だ。 最近の坂本氏の発言の背景にあるのは、ミュージシャンが異口同音に発した「音楽の力」の発言が時として「上から目線」的なニュアンスに受け取られかねないことに対する警鐘だったのだと思う。 「われわれはやってあげてるのだ」という微妙な驕りの心理が見え隠れしているのを坂本氏は察知し、それを嫌ったのかもしれない。 余談だが、昨今の日本のスポーツ界で多くの選手が口にする「試合を楽しみたい」というフレーズにも、上の「音楽の力」同様に僕としては違和感を感じてしまう。 元々は外国の選手がインタビューの際に口にしたフレーズだったのだろうが、本番に弱い日本の選手にとっては絶好の「おまじない」的救いの言葉だったのだろう。 当然のこととして、みな飛びついたのだ。 そこには「緊張せずリラックスして」といった意味合いが込められているのだろうが、「言うは易く行うは難し」で、実践されなければそれこそカッコ悪い。 これもまた、音楽界同様にスポーツ界に蔓延しているトレンド用語で、誰もが使ってしまうと滑稽としか思えない。 話を本題に戻すことにしよう。 確かに、これ...

音楽について感じたこと ~独断と偏見的考察~

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このところ、懐かしのメロディーにハマっている。 と言っても演歌ではない。 懐かしのスクリーンミュージックである。 「黒いオルフェ」、「いそしぎ」、「ムーンリバー」、「太陽がいっぱい」など挙げればキリがないが、当時リアルタイムで劇場で観た映画ではないが、この時代の映画音楽のインパクトが強い。 それは何故かといえば、とても単純なことで、どれもゆったりとしていてメロディーが綺麗だからだ。所謂癒し系で僕たちを快適にしてくれるからだと思う。 こうした曲は映画ファンのみならず、多くの人たちに知られ、映画挿入曲の域を脱して、所謂スタンダードナンバーとして世代を超えて音楽ファンに愛されてきた。 そんな懐かしのスクリーンミュージックを再び聴いてみようと思ったキッカケは、最近耳にする曲の無味乾燥さを痛感するからだ。 まず残念なのは、そのメロディーの貧弱なこと。 何とも掴みどころのない平凡な旋律で、これと言った特徴もなく、どれも同じように聞こえてしまうのは僕だけだろうか。 そして何よりも気になるのが、曲の流れが唐突で不自然なこと。 高い音、低い音の移り変わりが極端で、曲の展開に無理を感じてしまうことだ。 楽器演奏ならまだしも、ヴォーカルの入った曲となると、ミュージシャンの声量(歌唱力)にもよるのだろうが、高音域などは声がかすれて聴いているこちらの方が息苦しく感じてしまう。これでは僕たちはリラックスできない。 チョッと良い曲だなと思ってみても、以前どこかで聞いたメロディーに似ていたりして、忽ち興ざめしてしまうことなどもある。 錆びついた表現になってしまうけど、鳥肌が立つような、胸が熱くなったり心躍るようなときめきを感じることはその手の曲からは決してない。 その昔、ビートルズの「ガール」や、サンタナの「ブラック・マジック・ウーマン」を初めて聴いたときの衝撃はいまも忘れない。理屈抜きに感動し憧れたものだった。 自分もこうした曲を作ってみたいとか、演奏してみたいとかの憧れ。 たとえそれが実現できなかったとしても、こうした感動を体感し、辛いこと苦しいことを僕たちは音楽とともに乗り越えてきた経験をもっている。 そして、そうした思いを僕たちに感じさせてくれたのが、当時の個性溢れるメロディーと楽曲の素晴らしさだったのだと思う。(注1) ...

あの頃、僕のシネマ パラディーゾ: 「アウトサイダー (原題 The outsiders)」

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今回紹介する映画はこれまでの作品にくらべると、ずっと新しい作品になります。 トーマス・ハウエル、ラルフ・マッチオ、マット・ディロン、パトリック・スウェイジ、エミリオ・エステベス、 ロブ・ロウ、トム・クルーズ、そしてダイアン・レインなど、 後にハリウッド映画を代表するスターたちがまるでタイムスリップして同窓会をしているような作品。 それが今回紹介する1983年制作の映画 「アウトサイダー 原題 The outsiders」です。 彼らの若かりし新人時代の演技を見ることができる貴重な作品です。 この映画を最後に観たのはいつだったか? 何れにしてもかなり前のことは確かです。 フランシス・コッポラ監督の作品で、これほどのスターを揃えながら、 不思議なことに、当時は期待したほどのヒット作品にはならなかったのです。 評論家の前評判も酷評が目立ち、出だしからつまずいた作品のようです。 作品が制作された年代(1983年)からすると、日本ではVHSやβのビデオが全盛のころで、 レンタル・ビデオショップが流行っていましたね。 確か、レコードに代わりCD(コンパクト・ディスク)が販売されたのも、この1983年だったように記憶しています。 そう、この時代ってメディアの転換期で、大きく動き始めた時代だったんです。 そんな訳で、わたしもレンタル・ビデオショップでこのビデオ「アウトサイダー」を借りた記憶はあります。 でも、映画の印象は正直なところあまり残っていません。 当時は1日1~2本は借りて観ていましたから、無理もありませんが。 何かその頃は義務感のように映画を観ていたような気がします。 日常のルーチン業務のように。 いま思うと「よくそんな時間があったな~」といった感じです。 それから何年かして偶然に、 スティービー・ワンダーが歌っているこの映画のテーマ曲「Stay Gold」を聞いたのです。 その時はとても感動したのを憶えています。 でも、この時は「Stay Gold」という曲と映画「アウトサイダー」との関連付けができていませんでした。 ようやくテーマ曲と分かった時点で、もう一度映画を観たくなりDVDを買いました。 それ以来、スティービー・ワンダーのアルバムをかなり調べたのですが、 この曲が収録されているア...

ジャケ買い天国: シリーズ第5弾「ジュリアン・キャノンボール・アダレイ  ソフィスティケイテッド・スイング」

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JULIAN "CANNONBALL"ADDERLEY  SOPHISTICATED SWING ジュリアン・キャノンボール・アダレイ  ソフィスティケイテッド・スイング SIDE-A 1.ANOTHER KIND OF SOUL 2.MISS JACKIE'S DELIGHT 3.SPRING IS HERE 4.TRIBUTE TO BROWNIE SIDE-B 1.SPECTACULAR 2.JEANIE 3.STELLA BY ATARLIGHT 4.EDIE McLIN 5.COBBWEB <アーチスト> ジュリアン・キャノンボール・アダレイ(as) ナット・アダレイ(tp) ジュニア・マンス(p) ジミー・コブ(ds) サム・ジョーンズ(b) 録音:1957年2月7、8日 昨今のアナログ(レコードなど)ブームは安易なトレンドとしての懐古趣味ではなく、地にしっかりと根付いた本物なのかも知れない。 その動きはレコードに留まらず、カセットテープにも及んでいるとか。 ほぼ同時期に注目されだした話題のハイレゾブームよりも、大きな潮流になっているように私には思える。 数ヶ月後には、復活したあのオーディオブランド「Technics」から、ターンテーブルの名器「SL-2000シリーズ」が限定モデル含め販売されるということも大きな話題で、こうした動きはレコードブームを牽引する強力な要素になることは間違いないだろう。 というか、企業としてのマーケティングが、「こうした今の流れは長続きする」という判断を下したのだから、期待してよいのだろう。 数年前までは寂しい店内だったDISK UNIONなども、最近ではいつも盛況そのものである。 明らかに何かが変わってきている。 そんな前置きはともかくというか、その流れに乗ってというか、今回紹介するアルバムはCDではなく、LPレコードである。 選んだのは、表題のアルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイの「ソフィスティケイテッド・スイング」 このアルバムはわたしのレコード購入歴で一番最後に買った記念すべきレコードである。 ただ、このコーナーのタイトル通り「ジャケ買い」だったかどうかはあまり自信がないのだが、当時のこ...

あの頃、僕のシネマ パラディーゾ:「007 ロシアより愛をこめて」

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12月4日、007シリーズとしては24作目になる「スペクター SPECTRE」が公開されました。 ボンド役にはシリーズ4作目出演のダニエル・クレイグ。これまでの3作の評判もよく、注目度の高い当たり役です。 さて、007シリーズと言えば映画化された第1作目の「ドクター・ノオ」(1962年公開)から半世紀以上の歳月が経った現在も尚、シリーズとしての魅力は決して衰えていません。新作ともなれば映画界最大の話題となり、マスコミはほって置きません。「スター・ウォーズ」シリーズと並んで、時代の流れを超越した、「化け物」的存在であることは確かなようです。 ところで、そちらの新作「スペクター SPECTRE」の方は劇場でじっくりと鑑賞していただくこととして、ここでの話題は時代を大きく遡り、007の映画としては第2弾になる007「ロシアより愛をこめて」です。 正直なところ、わたしはこの映画を劇場では観ていません。007シリーズを初めて劇場で観たのは第4弾の「サンダーボール作戦」から。その頃中学生だったわたしにとっては「サンダーボール作戦」は色々な意味で刺激が強すぎる映画でしたが、このシリーズが並みの映画でないことは感じ取っていたように思います。 当時、映画を観てわたしたちが持ったジェームズ・ボンドという主人公のヒーロー像は、型破りで唐突でした。そして、何よりも新鮮だったのです。(スパイという設定も当時は珍しい) それは、乗っているクルマやスーツ、酒など、彼が愛用する品々への拘りとすべてに超一流を求める貪欲さに現れていたように感じます。 そう!忘れてはいけません、超一流を求めたのは女性に対してもでした。 そう、女性と言えば007シリーズで必ず話題になるのがボンド・ガールでありました。 当時の有名女優は意図的に(?)使わず、その時代時代の話題の女性を、たとえば「ミス○○」だとか旬の新人女優さんをボンド・ガールに抜擢するのが恒例になっていました。 わたしが今回「ロシアより愛をこめて」を採り上げたのも、作品としての面白さ、素晴らしさという点でシリーズ中で最も気に入ってたからですが、その他にこの「ボンド・ガール」にも関係しているのです。 ダニエラ・ビアンキ(Daniela Bianch) 「ロシアより愛をこめて」の中でボンド・ガールを演じた...

ミッシェル・ポルナレフの「哀しみの終わるとき」を知っていますか?

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嘗て、有線放送が全盛の頃、わたしたちは電話で自分の好きな曲をリクエストしたものです。 元町のブティック(今もこの言葉あるのかな?)でアルバイトをしていた頃です。 あの頃の元町はチャーミング・セールとなると普段の落ち着いた街並みは一転し、 道路はお客で溢れていました。そう、入場制限をしているお店もありました。 一年で数少ない書入れ時、貴重なイベントだったのですネ。 ですから、そんなときは大忙し、それでもわたしたち店員さんはリクエストを欠かしませんでした。 1970年代はじめのお話ですが、今思えばオイルショック前ののどかな時代だったのです。 元町という街もあの頃が一番活気があった時期だったのかもしれません。 衣料品のバーゲンも今ほど日常的じゃなかったから、商品が飛ぶように売れたのを覚えています。 そんなお客さんで騒がしい店内に流れていたのが有線放送でした。(今もそうなのかな?) そして、何よりもこの時代がエネルギッシュで画期的だったと感じるのは、今で言う名曲が"雨後の竹の子"の如く次から次とこの時期に生まれたという事実。 ポップス、ロック、イージーリスニングといったジャンルを抜きに、どのジャンルからもヒット曲が出て、後世に残る名曲になっていった時代です。 ポールモーリア楽団の「恋はみずいろ」(それ以前はギリシャ出身の歌手ヴィッキーが歌い世界的にヒットしている曲)、ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」、 ボブ・スキャッグスの「ウィア・オール・アローン」などなど。 ポールモーリア楽団 「恋はみずいろ」 そんな数々の名曲の中に、ミッシェル・ポルナレフが歌うわたしの大好きな「哀しみの終わるとき」があります。 https://youtu.be/s1MAW8mON-I カトリーヌ・ドヌーブとマルチェロ・マストロヤンニの同名映画のサントラ盤テーマ音楽だったようですが、映画の方は残念ながら観ていません。 と言うか、映画の主題歌だったことは、だいぶ後になって知ることになるので、その頃にこの映画を観ることなど考えも及ばないわけですが。 そのことを知って以来、この映画のDVD等を探してみましたが、どうにも見当たりません。 果たして、DVD化されたのかどうかも。 哀しみの終わるとき「ウィキペディア (...

本の紹介:「セロニアス・モンクのいた風景」 村上春樹 編・訳  新潮社

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「ジャズ・ピアニストのなかでだれが好きですか?」と問いかけられたとき、 「ビル・エヴァンス」ではありふれているし「オスカー・ピーターソン」では初歩的で箔が付かない。 そんな時チョッとマニアックに聞こえて便利なピアニストが「セロニアス・モンク」かも知れない。 取り敢えず「セロニアス・モンクが好き」なんて答えておけば、ジャズの初心者とは思われず無難な回答になるのだ。 今回紹介する一冊は、そんな乗りで購入した「セロニアス・モンクのいた風景」という本である。 セロニアス・モンクというジャズ・ピアニストは、わたし自身としてはとりたてて好みのピアニストではない。 彼のCDも数えるほどしか持っていないが、一応は押さえておかなければいけないピアニストだと思ってはいる。 それに、こうしたジャズ談義の際、都合よく使えるピアニストでもあるからだ。 ところで最近、わたしの中でジャズの原点回帰のような現象が起きている。人それぞれジャズの原点はあるのだろうが、わたしの場合、暇さえあれば薄暗いジャズ喫茶に籠っていたあの大学時代である。昨今のヨーロッパ系の洗練されたジャズを聴いていると、マイルスやコルトレーンの時代のジャズ、所謂、ジャズ喫茶全盛時の演奏スタイルというか音が恋しくなり、ジャズを聴く場合はその辺を聴くことが多くなっている。 最近のヨーロッパ系の特にピアノトリオなどは聴いていて心地よいのは確かだが、どれもみな平均点で独自性を感じない。 何か物足りないのである。 そんなタイミングで書店で目に止まったのが、この村上春樹氏の「セロニアス・モンクのいた風景」という本だった。 結論から言うと、一番印象に残ったことは、本の内容というよりも編集・翻訳者の村上春樹氏の読書量の凄さだった。 これだけのセロニアス・モンクに関する記事・書籍を精選するには、採り上げた著作の数倍、数十倍のジャズ関連の書籍類を読んだに違いないと想像できるからだ。 セロニアス・モンク云々や内容に関して云々という以前に、そんな彼の凄さが印象に残ったのである。 この本はジャズピアニスト「セロニアス・モンク」に関する村上氏自身のエッセイも含まれているのだが、主体は様々な音楽関係者のセロニアス・モンクに関する著作物を蒐集したものである。 ジャズ評論家、レコードプロデューサー、ジ...

How's everything? COFFEE BREAK:Beverley Craven  アルバム「プロミス・ミー ~想い焦がれて~」 missing you (邦題:あなたのいない部屋)

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世の中なかなか自分の思い通りにはいかないもので、とことん巡り合わせが悪いと嘆くことは多々ある。 例えば、乗ろうと思ったエレベーターが行ったばかりでどれも上層階にあったりとか、渡ろうとした信号が赤でいつも待たされるといった具合である。 だが、そんな何気ない日常生活の一幕ならともかく、人生最大の節目(私にとっては)で、こうした巡り合わせの悪さに遭遇した場合は最悪である。 振り返ると、わたしの人生もそうした類の苦い経験の宝庫だった気がする。一例を挙げれば、遥か昔の大学受験の時期まで遡るのだが・・・ 例によって(?)受験に失敗した私は一年浪人し、都内の某私立大学(第一希望ではない)に何とか合格することができた。 ある意味ラッキーだったのはそこまでで、その一年浪人したことが後々に大きく響くこととなる。 当然のこととして就職活動は一年ズレ、それにより悪名高いオイルショックの煽りをまともに受けることとなり希望の仕事にも就けなかったという結末である。 一年年上の大学の先輩などはこの悪夢を経験することなく、難なく某一流企業に就職することとなった。 そのことについて奥さんに愚痴をこぼせば「あなたはマイナス思考だから」の一言で片づけられてしまう情けない現実。 それ以降、「一流大学、一流企業を出たからといって必ずしも幸福とは限らない」というへそ曲がり人生哲学に目覚めるのであるが。そんな巡り合わせの悪い世代なのだ、わたくしの世代は。 因みに、そんな時いつも思い出すことわざがある。 それは「人間万事塞翁が馬」と云うことわざで、中国の古い話によるものらしいが、要するに「人生では何が幸せになるか、不幸になるかはわからない。だから、幸不幸の度に喜んだり悲しんだりすることはない。」と云う人生訓である。 このことわざを思うと、多少気持ちは楽になるのは事実である。 そんな個人的な経験話はさておき、今回紹介予定のビヴァリー・クレイヴェンというイギリスのシンガーソングライターについて話を始めることにしよう。 彼女もまた、そんな巡り合わせの悪い悲劇のアーチストのひとりかも知れない。 ビヴァリー・クレイヴェンはスリランカ出身という珍しいイギリスの女性シンガーソングライター。 ただ、正直なところ彼女についてはその程度のことしか分からない。 ...

ソプラノとピアノによる心温まるデュオ・リサイタル 森 麻季&仲道郁代

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コンサート事前パンフレット ここ最近のみなとみらいホールでのコンサートは、何故か晴天に恵まれない。 この日、6月22日の「森 麻季&仲道郁代 デュオ・リサイタル」もその例外ではなかった。 夜中から降り出した雨は朝になってその勢いは多少衰えたものの、降ったり止んだりの鬱陶しい天候に変わりはなかった。 そう、梅雨の真っ最中なのだから致し方ないと思えば良いものを、性格的になかなかそうは思えないところが何とも辛いところである。 「数日前までは梅雨の中休みで、あれほど晴れていたのに・・・」とついついマイナス思考に考えてしまうのだ。 だが、当日の彼女たちのステージは、そんな暗く沈んだ私たちの気持ちを晴れ晴れとした雰囲気に変えてしまうほどの素晴らしい内容だった。 仲道さんのピアノ伴奏に森さんのソプラノというスタイルでシューベルト、シューマンの歌曲とドニゼッティ、シャルパンティエ、グノーの歌劇から数曲が歌唱され、そうした曲を挟んで仲道さんのピアノ・ソロが披露された。曲はショパンが3曲、ドビュッシーが1曲(月の光)で、彼女のアルバムではお馴染みの曲目だ。 通常のコンサートではあまりないことだが、このステージでは作曲家についてや歌詞の日本語訳を森さんが丁寧に解説、仲道さんもソロの際、ショパンの楽曲についてクラシック初心者でも理解できるような易しい内容で説明された上で演奏されていた。こうした所謂「しゃべり」は、クラシックアーチストにとっては最も苦手とするところだろうが、仲道さんの場合テレビなどでの番組経験が豊富なためか手慣れたものだった。 実は、このふたりの共演は今回が初めてではなく、3年前に端を発しているという。 そう、あの震災の直後、2011年3月19日という複雑な時期・状況のもと前回の公演が行われたという。そのためか今回のコンサートは一貫して優しい雰囲気に包まれていた。丁寧な解説をはじめ彼女たちの人当たりの良い人間性にそれは象徴されてたいたように思う。 2曲のアンコール曲を聴き終えホールから外に出てみると、雨は既に止んでいた。 空は幾分明るさを取り戻し、雨上がり特有の薄っすらと靄のかかったような空気感が何とも心地良く感じられた。 この時、自然の力は偉大だと思った。 雨は人間にとって必要不可欠なもの、太陽の光もまた同様だが、その光は更...

クラウディオ・アバド(Claudio Abbado)氏を悼む

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イタリアの指揮者クラウディオ・アバド氏が今月の20日に亡くなったという。 クラシック界にとってはまたしても真の巨匠を失ったことになる。 2000年の胃がんの知らせから、一旦は回復したかに思えた病状も確実に進行していたのだ。 その痩せ方から尋常ではないと思いつつも、昨今の医学の進歩と復帰後の音楽活動の様子をメディア等で知り「まだまだこれから」と期待していただけに、今回の訃報は衝撃だった。 私が指揮者クラウディオ・アバド氏を知ったのは、アルゲリッチのピアノでロンドン交響楽団を指揮したショパンのピアノ協奏曲第1番のレコードだった。 今でこそCDという媒体で聴いているが、その時の感動は何ら変わることはない。 レコーディング当時、アルゲリッチ26歳、アバド34歳という、まさに将来を約束された若き二人の眩しいばかりに輝きを放つ名盤中の名盤である。このアルバムは当時24歳にしてその天才ぶりを発揮し、ショパン国際ピアノコンクール第7回を征したアルゲリッチが名門ドイツグラモフォンと専属契約後に録音されたものである。時の人であったアルゲリッチに対し、当時アバドはカラヤンに見出されていたとは言え、まだ無名に近い存在だったと思う(少なくとも当時の私にとっては)。 それまで、フルトベングラー、ブルーノ・ワルター、フリッツ・ライナーといった大御所のレコードを主に聴いていた私としては、アバドの演奏はどこか頼りなさを感じたものだが、それは単なる若手という先入観(偏見)からきていることにすぐに気が付いた。 何度も何度もこのレコードを聴き、ショパンの協奏曲はこれ以外考えられないとまで傾倒していた時期もあったほどで、それ以来二人の大ファンになってしまった。アルバムジャケットは流石二人とも若い。 1968年2月録音、ショパンのピアノ協奏曲第1番 当時としては何気ない一枚だったが、今はかけがえのない一枚にである。 このジャケット写真ではアバドは一見気難しそうな人柄に思えるが、彼の人間性や音楽家としての評判は極めて良く、カラヤンのような独裁的イメージはまったく感じられない。音楽一家に生まれた育ちの良さに由るところが大きいのだろうが、そんなところも彼の魅力のひとつではないだろうか。ウィン・フィルをはじめとしてオーケストラとの確執は多少あったようだが、それは飽くまでも...

How's everything? COFFEE BREAK: Gilbert O'Sullivan 「At The Very Mention of Your Name」 from ALBUM「In The Key Of G」 (1990)

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今回は「アローン・アゲイン」「クレア」の世界的ヒットで知られるイギリスのシンガーソングライター「ギルバート・オサリバン」のアルバム「In The Key of G」の中の一曲「At The Very Mention of Your Name」を採り上げる。 In The Key of G Gilbert O'Sullivan 01.Lost a Friend 02.At the Very Mention of Your Name 03.What Am I Doing Here with You 04.If I Start with the Chorus 05.So What 06.The Way Things Used to Be 07.I Don't Trust Men with Earrings in Their Ears 08.Gordon Bennett 09.To the Extreme 10.Stick in the Mud (iTunesにはアルバム「In The Key of G」はありませんが、下記ベスト盤で当該曲を聴くことができます。) 「アローン・アゲイン」や「クレア」の成功により順調かに見えたギルバート・オサリバンの音楽活動も、目指す音楽の方向性の違いなど当時のプロデューサーとの確執から活動休止を余儀なくされる。 このアルバムはそんな彼の暫くぶりにリリースしたオリジナル・アルバムである。 長い沈黙からのある意味「再起」を賭けたアルバムだっただけに、自他ともに注目されたが、結果は期待したほどではなかったようである。 音楽的方向性は初期の彼のものと基本的には変わっていないと思うが、新しいことへの挑戦という彼なりの意気込みが全体的に感じられるアルバムである。 と、わたしは思っているが、当時はそう思わない意見もあったようだ。 彼のファンは比較的マニアックで熱狂的信奉者が多いことで知られる。だが、このアルバムに関しての評価は賛否両論あって、残念ながら「否」の方が多数派だったようである。更に悪いのは、頼みの綱である信奉者による評価が良くなかったことで、この結果はその後の彼の音楽活動に大きく影響したのではないかと思われる。 その要因としては、「アローン・アゲイン」、「...

ジム・ホールを偲んで

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あの「アランフェス協奏曲」でお馴染みのジャズ・ギタリスト、ジム・ホール氏が今月10日ニューヨークの自宅で亡くなったという訃報を聞いた。多くのジャズファンにとって悲しい出来事であったにちがいない。私にとっても彼は、私自身をジャズ音楽という限りなく魅力的な世界に導いてくれたアーチストのひとりだっただけにとても淋しい思いだ。今回はそんな偉大なジャズ・ギタリスト、ジム・ホールに敬意を称したいと思う。 その昔、クラシック音楽一辺倒で本格的なジャズ音楽には違和感を感じていた私をフージョン/クロスオーバーというクールな音楽でジャズへの橋渡しをしてくれたのがジム・ホールであり「アランフェス協奏曲」だった。その意味で私自身のちっぽけなジャズ史に於いて、掛け替えのない存在だったのだ。 私とジム・ホールとの出会いは、何と言っても1975年の大ヒットアルバム「Concierto アランフェス協奏曲」を購入した時から始まる。購入のキッカケなど詳しいことは覚えていないが、アルバムを聴いたときの衝撃は忘れることができない。一見007のション・コネリーを思わせるその風貌にカッコ良さと親しみを覚え、何故か惹きつけられた。どこか人の好さそうな「ジムおじさん」と言った雰囲気も醸し出していて、その演奏スタイルとともに人間的な温かみを感じたものである。 この曲は当時の所謂フージョン/クロスオーバーの代表曲だったのであろうが、私にとってはそんなカテゴリー云々よりも彼らの演奏から受ける心地よさに只々酔いしれたものである。 「ジャズって聴きやすいかも」なんて、ジャズの奥深さも知らず得意気な顔をしていたその頃の自分自身を思うと、恥ずかしい。だが、このジム・ホールの「アランフェス協奏曲」がたとえジャズではなくフージョン/クロスオーバーに分類されようと、未だに多くの人たちに愛され聴き継がれている名曲であることに変わりはないのだから、当時の私の耳も大したものと褒めて頂いても良いのかも知れない。 当時からクラシックの名曲をジャズ化する試みはジャック・ルーシェのバッハをはじめとして前例はいくつかあったが、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」は選曲の意外性もさることながら、それ以上にアレンジの素晴らしさが際立っていたように思う。ジャック・ルーシェのバッハは何処まで行ってもバッハの領域を出ていなかったが、ジム・...

IN MY OPINION:「日展の問題から見えてきた審査の本質」

阪急阪神ホテルズのレストランメニュー偽装問題が報道されて以降、同じような事例が各地で次々と発覚しているという。かつて牛肉の国内外産の産地偽装や賞味期限・消費期限改ざんの問題など、悪質な食に関する偽装が大きな社会問題として世の中を騒がせたことがあったにも拘らず、同様の事件が繰り返されるということは、殆ど過去の教訓が活かされていないということだ。 哀れな人間の情けない性(サガ)と言ってしまえばそれまでだが、その背景には自分さえ良ければといった利己主義と儲けたいという貪欲さが必ずと言ってよいほど見え隠れしていて、只々呆れるばかりである。こんなことでは隣国の「著作権を無視したコピー問題」などを批判することはできないだろう。事の本質は両者それ程違っていないように思える、節操のなさである。 だが、この問題、問題の本筋以上にいただけなかったのが、その後の謝罪会見である。謝罪会見であったかどうかも疑わしいほどに挑戦的だった出崎社長の一貫した「誤表記」を主張する表情態度は、名立たる組織の最高責任者とは到底思えぬ信じ難いものだった。その無責任さは部外者の我々でさえ腹立たしく感じたのだから、永年使えてきた当該ホテルの従業員の方たちにとっては、到底許し難く信じ難い光景であったに違いない。彼らの心境を考えると、気の毒でならない。 だが、その矢先、この問題に勝るとも劣らぬ情けない事件が新聞の一面を飾っているのに目を疑った。 2013年10月30日の朝日新聞朝刊のトップ記事「日展書道、入選を事前配分」である。事件の詳細については当該新聞等の記事を参照されたいが、要は日展の5つある科の「書」科内で、有力会派での入選数を事前に割り振る不正が行われていたという内容である。簡単に言えば、応募の段階で入選者は既に決まっていたというストーリーである。 事の発端は、2009年度の審査の際、ある日展顧問による「天の声」により、有力8会派に入選者が配分されたという不正審査の実態が内部告発的に明らかになったことだ。 だが、この記事を読んで不正の問題以上に腹立たしかったのは、この時の審査で「8会派に属していない人はひとりも入選しなかった」という悲しい事実である。曲がりなりにも真に才能ある実力者が入選できる道筋が多少なりとも残されていたならばまだしも、最初から道が閉ざされているところに、わざわざ一万...

完璧なアンサンブルに酔う イ・ムジチ合奏団 I MUSICI の定番「四季」を聴く

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ヴィヴァルディの「四季」と言えば「イ・ムジチ」、「イ・ムジチ」と言えば「四季」と言われるほどこの両者の結びつきは長くて強い。そんなイ・ムジチ合奏団のコンサートに先日行ってきた。 2013年10月20日 、会場は横浜みなとみらいホールである。 今回のコンサートのチラシ かつて、この「四季」でクラシック部門のレコード売上げを何か月にも亘りトップであり続けたイ・ムジチ合奏団の脅威のセールスは、今もなお永遠のベストセラーとして語り継がれている。我が国に「四季」ブームを巻き起こしたのもこのイ・ムジチ合奏団だったし、ヴィヴァルディという作曲家をバッハに匹敵するほどメジャーにしたのもイ・ムジチ合奏団だった。当然、現在と当時のメンバーではメンバー構成は入れ替わり等あり異なっているだろうが、彼らの「イ・ムジチ」としての伝統は確実に受け継がれていると当日の演奏を聴いて感じることができた。 そのむかし、中学生か高校生くらいの頃、彼らのベストセラーを何度も聴きこみレコード盤が悲惨な状態になったことがあったが、そんな当時の苦い思い出も今回の演奏を聴き甦ってきた。 遠く40年以上前の話である。 1989年9月収録のイ・ムジチ合奏団「四季」 ソロはフェデリコ・アゴスティーニ(VHSテープ) その当時、ヴィヴァルディの音楽は、同じバロック時代とはいえバッハの音楽とは明らかに違っていることに、未熟ながら気付いていたのはわたしのチョッとした自慢である。だが、それがイタリアとドイツというお国柄の違いからくるものなのか、あるいは世俗社会と教会という身分的な要素に起因するものなのかといったところまでは考えは及ばなかった。 ただ、名曲を片っ端から聴いていた頃だから、そうしたクラシック音楽の微妙な違いを意識し始めるキッカケとなった音楽がヴィヴァルディの「四季」だったように思う。 この曲はヴィヴァルディの数あるヴァイオリン協奏曲集の「和声と創意の試み」と題された作品の第1集最初の4曲を切り離した形で演奏されることが通例になっていて、コンサートの演目でも、CDでもそういった単独で収録されることが多い。わたしたちが普段目にするCDなども、そうした形式で録音されているのがほとんどである。恐らくベートーヴェンの「運命」やメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲などに匹敵するほど...

How's everything? COFFEE BREAK: MALTA 「A Letter From September」 from ALBUM「Summer Dreamin'」

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「今年の夏は暑かった!」なんて毎年のように繰り返しているが、確かに今年は歴代の最高気温都市が、これまでの埼玉県熊谷市から高知県四万十市に移り、その最高気温も41.0℃を記録するなど、気象に関する記録をことごとく塗り替えた本当に暑い夏だったのだ。 だが、このところは朝晩はめっきり涼しくなり、秋の気配をハッキリと感じるようになった。そうなると人間というものは欲張りで、あんなにもウンザリしていた夏の暑さが恋しくなる。そんな季節にピッタリの曲が今回紹介する 「A Letter From September」である。サックス奏者MALTAのアルバム「Summer Dreamin'」の中の一曲である。  MALTA 「Summer Dreamin'」 1  Summer Dreamin'  1:11 2  Morning Flight 4:54 3  Sea Express 3:47 4  Ocean Side 4:13 5  Super Wave 2:46 6  All Through The Night 4:08 7  Fancy Walkin' 4:34 8  Sunshine Street 4:47 9  Have A Nice Day 4:01 10  A Letter From September 4:14 11  Summer Dreamin' II 3:00 リリースが1985年ということで収録曲の中にはアレンジ面でチョッと時代を感じてしまうものもあるが、それはそれで「あの時はこうだったな~!」と懐かしく思いながら楽しく聴くことができる。 今回 「A Letter From September」をアルバムの中で最も優れたナンバーとして採り上げたが、このアルバムは実はアルバム全体で一つの物語を構成しているようで、一曲を独立した形で味わい語るのは、もしかして邪道だったのかもしれない。本来、アルバムとは...

ジャケ買い天国: シリーズ第4弾「コリーン ジス・ワンズ・フォー・ユウ CORINNE This One's For You」

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CORINNE This One's For You (1999) コリーン ジス・ワンズ・フォー・ユウ 1  Wonderful World 3:50 2  Rescue Me 3:27   3  Just A Minute 3:24 4  This One's For You 4:52 5  Higher Power 3:29 6  Woman In Love 3:59 7  Blamin' It One Love 2:59 8  Keep One 3:57 9  Magical Woman 3:03 10  Whatever It Takes 3:43 11  Let The Music Play 3:25 12  True Love 4:17 13  What A Feeling 3:27 14  Rescue Me (Dance Mix) 3:18 最近のようにジーンズやパンツスタイルが女性ファッションの主流になっていると、このアルバムジャケットのような女性を見かけることはとても珍しくなったように思う。しかし、こうしたキュートな仕草にこそ本来の女性らしさや色っぽさを感じとることができるのではないだろうか。健康的な色気とはこんな何気ないシーンにあるのかもしれない。こんなジャケットに出会ったら、中身はどうあれ買わずにはいられなないのが人の常(?)。恋愛で言うところの「ひと目惚れ」。 斯くして、このアルバムも私のCD蒐集歴で名誉ある(?)「ジャケ買い」の一枚に加わることになったのである。 このアルバムはコリーンのデビューアルバムで、発売されたのは1999年。 当時のアルバムのキャッチコピーを見てみると「21世紀のスーパー・ディーヴァ コリーン」とある。 だが皮肉にも現在、彼女についてはほとんど忘れ去られているようで、ネットでもアルバムは廃盤扱いであり、残...

懐かしのハートカクテル わたせせいぞう

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そう、そのアニメーションとの出合いは何気なくかけたテレビからだった。 日本テレビ系で深夜放送されていた「ハートカクテル」である。イラストレーターの「わたせせいぞう」氏によるもので、一話3分程のスキット風の短編で、どこか切ないけど心温まるラブストーリー集だった。 初めてみたストーリーが何話目のものだったのか、詳しいことはほとんど覚えていないがインパクトがあったことは確かである。話の舞台が日本でありながら、どこかコスモポリタン的な世界を思わせる「空気感」もこの作品の魅力のひとつだったのだろう。いつかはこのアニメの世界のような生活を自分もできたらという、淡いロマンを抱かせる作品でもあった。放送が待ち遠しかったことや、これまでの見逃したストーリーもたくさんあったので、レンタルビデオを借りてその後一気に観てしまった記憶がある。 それほどまでに夢中になった「ハートカクテル」も何時しか私の脳裏から消え去り、ダビングしたVHSの行方もわからないままだ。何冊か揃えた「ハートカクテル」のコミックブックなどもあったが、恐らくブックオフ行きという悲惨な結末になったはずである。自身が歳をとり、「ハートカクテル」などと言っていられない年代になったからと想像するが、とても残念なことをしたと思っている。 今回はそんなロマン溢れる時代に一大ブームとなった、「わたせせいぞう」氏の出世作「ハートカクテル」のお話をしよう。 先日ネットを見ていると、ハートカクテルのオリジナルCDをタワーレコード限定で発売という記事を発見。(実は、2012年8月に既に発売されていたのだが) 懐かしさのあまり、当時のノリで買ってしまった。考えてみればこのアルバムもLPレコードで持っていたはずである。レコードはすべてとってあるので、恐らく物置奥のダンボール箱を探せば出てくるだろう。 先日、懐かしさのあまり購入してしまった「ハートカクテル Vol.1」 購入したアルバムはハートカクテルCDシリーズの「Vol.1」でアルバム全体を松岡直也が担当している。アニメーションのバックに流れる曲は、その中では当然のこととして一曲丸ごとは使われていない。その点CDでは一曲全体を聴くことができるので、アニメのときとは別の楽しみ方ができる。 一般のサウンドトラック盤の映画CDの魅力は、そんなところにあるのだろう。 ...