2014年1月23日木曜日

クラウディオ・アバド(Claudio Abbado)氏を悼む

イタリアの指揮者クラウディオ・アバド氏が今月の20日に亡くなったという。
クラシック界にとってはまたしても真の巨匠を失ったことになる。
2000年の胃がんの知らせから、一旦は回復したかに思えた病状も確実に進行していたのだ。
その痩せ方から尋常ではないと思いつつも、昨今の医学の進歩と復帰後の音楽活動の様子をメディア等で知り「まだまだこれから」と期待していただけに、今回の訃報は衝撃だった。



私が指揮者クラウディオ・アバド氏を知ったのは、アルゲリッチのピアノでロンドン交響楽団を指揮したショパンのピアノ協奏曲第1番のレコードだった。
今でこそCDという媒体で聴いているが、その時の感動は何ら変わることはない。

レコーディング当時、アルゲリッチ26歳、アバド34歳という、まさに将来を約束された若き二人の眩しいばかりに輝きを放つ名盤中の名盤である。このアルバムは当時24歳にしてその天才ぶりを発揮し、ショパン国際ピアノコンクール第7回を征したアルゲリッチが名門ドイツグラモフォンと専属契約後に録音されたものである。時の人であったアルゲリッチに対し、当時アバドはカラヤンに見出されていたとは言え、まだ無名に近い存在だったと思う(少なくとも当時の私にとっては)。

それまで、フルトベングラー、ブルーノ・ワルター、フリッツ・ライナーといった大御所のレコードを主に聴いていた私としては、アバドの演奏はどこか頼りなさを感じたものだが、それは単なる若手という先入観(偏見)からきていることにすぐに気が付いた。
何度も何度もこのレコードを聴き、ショパンの協奏曲はこれ以外考えられないとまで傾倒していた時期もあったほどで、それ以来二人の大ファンになってしまった。アルバムジャケットは流石二人とも若い。


1968年2月録音、ショパンのピアノ協奏曲第1番
当時としては何気ない一枚だったが、今はかけがえのない一枚にである。


このジャケット写真ではアバドは一見気難しそうな人柄に思えるが、彼の人間性や音楽家としての評判は極めて良く、カラヤンのような独裁的イメージはまったく感じられない。音楽一家に生まれた育ちの良さに由るところが大きいのだろうが、そんなところも彼の魅力のひとつではないだろうか。ウィン・フィルをはじめとしてオーケストラとの確執は多少あったようだが、それは飽くまでも音楽的方向性の違いからであって、ポストを巡る争いや権力といった政治的野心とはまったく程遠い人であったようである。それは彼の指揮した多くの演奏からも感じ取ることができる。

ところで、彼はコンサートに於いては暗譜を基本にしていたようだが、それは彼なりの楽曲への敬意の表れであって、彼の考え方をオーケストラに押し付けるというものでは決してなかった。
むしろ彼のオーケストラへの対応は極めて民主的で協調性を重んじる姿勢であったようである。
暗譜は彼にとっては当然のことであり、几帳面で研究熱心な彼の人間性の表れと同時に、演奏に集中するための必要不可欠な手段だったとも言える。

正直なところ、ベルリン・フィル在籍時のアバドに対する評価は賛否が別れるところだが、そもそもこの評価自体に厄介な問題が含まれているように私には思える。何故なら、いやが上にもその問題には「カラヤンとの比較」という途轍もなく大きな難問が必ずつきまとうからだ。それはある種のプレッシャーでもあり、時として冷静かつ公平な判断の邪魔にさえなっている。更に芸術的評価となると「日展」の問題の時でも触れたように、極めて主観色が強く私ごときの手に負えるような問題ではないからだ。チケットやCDのセールスといった具体的な基準に則れば、当然カラヤンに敵う指揮者はいない訳で、結論は至ってシンプルに治まるが、果たしてそれで良いのかという疑問は残る。
ベストセラーが必ずしも優れた作品とは限らないのと同じように・・・

このように、カラヤンの後継として名門ベルリン・フィルの音楽監督になったことから、とかくカラヤンと比較され「カリスマ性に欠ける」とか「地味」といったマイナスのレッテルがアバドに貼られることが多かったが、そのことは彼の音楽的評価とは全く別物であって正しい評価とは言えない。

現在のクラシック音楽界に於ける彼の存在感、功績は改めて言うまでもなくカラヤンに勝るとも劣らぬものであって、けっして色褪せることはないだろう。それはベルリン・フィル辞任後の彼の精力的な音楽活動を見れば明白である。彼の消えることのない音楽に対する情熱は次世代の音楽家へと確実に受け継がれていることは紛れもない事実なのだから。

チャイコフスキー交響曲第5番
1994年2月の録音なのでベルリン・フィル音楽監督在籍中のアルバムである。
チャイコフスキーの5番の中ではムラビンスキーに次ぐ名演だと思っている。

80歳にして胃がんという病魔に屈したことは、彼自身にとっては極めて不本意だったに違いない。
恐らく死の直前まで、彼の胸中には自身が目指す音楽への壮大な構想が限りなく拡がっていて、彼なりに果たしたかったことは、まだまだたくさんあった筈である。。

80歳といえば現代の音楽家としては若過ぎる死であり、自身にとっても無念の極みだったであろうが、我々ファンも同様の思いであることに変わりはない。彼が抜けた後の巨大な空洞(虚しさ)を埋めるには相当の時間が掛かりそうである。

あのショパンのピアノ協奏曲第1番第1楽章のテーマが、今ほど哀愁を帯びて切なく感じられるのは決して偶然ではないと思う。
今はただ指揮者クラウディオ・アバドが我々に残してくれた数々の名演奏にひたすら耳を傾けるしかない。そうすることが、心を落ち着かせるための私が思いつく唯一の方法だからである。





2014年1月16日木曜日

アメリカ大寒波の報道に思う

このところのアメリカを襲っている大寒波は過去20年で最も厳しい寒波のようだ。
ネット上でもテレビのニュースでも取り上げられているが、その凄さはあのナイアガラの滝をも凍らすほどらしい。映像でもその状況を確認できたが、あの物凄い滝の水量が完全に凍り付き行き場を無くしたとき、果たしてどうなるのか想像しただけでも恐ろしくなってくる。

だが、当のアメリカでは、このニュースそのものよりも別のところに関心事があるようだ。
それは、アメリカの保守派ウェブサイト上で、この大寒波が地球温暖化「でっち上げ」の証拠であると叫ばれていることだ。また、かつて地球温暖化による危機を訴えたアル・ゴア氏を皮肉った言動もメディアの中に行き交っているという。地球規模で議論が交わされている地球温暖化問題も、決定的な科学的根拠がないがために各国の足並みが揃わず、その対応が中途半端になっているのが現状だが、地球温暖化を認めたくない彼らにとっては、今回の自然現象は格好の材料であり、即座に利用されたのであろう。

彼らが地球温暖化を認めたくない理由は、仮にそのことを認めれば、彼らの政治的地盤を支えているあらゆる企業・組織等はその改善策を大規模に強いられ、彼らにとっては極めて具合の悪いことで、どうしても避けたい選択肢だからだ。
そう考えると、この大寒波は彼らにとってみれば「渡りに船」
自分たちの主張を有利に展開する絶好のチャンスだったのだろう。

だが、多くの人たちが懸念するのは昨今の地球規模で起きている異常気象の問題であり、地球温暖化はあくまでもそうした現象のひとつ。
「極端に寒くなったのだから地球は温暖化していない」という彼らの主張はあまりに稚拙な考え方である。彼らも本当はそうは思っていないだろうが、先述の理由で本音は決して口に出せない。
故に、利権が絡んだ主張なのだろうが、何れにしても救い難い人たちであることに間違いはない。

いま私たち人類が生きている時代は、ながい地球の歴史から見れば取るに足らない一瞬であり、私たちが実際に直面している数々の現象も、地球上で繰り返される単なる自然現象の一つに過ぎないのかもしれない。
だが、人類が地球上に出現し体験してきた歴史のなかで、明らかにおかしいと感じ、変化をいくらかでも意識したとしたら、それに対し警戒し何らかの対策を取るのは賢明な考えだと思う。
更に、いま私たちの周りで起きている異常と思える現象を、将来起こりうるかも知れない取り返しのつかない出来事の兆しと考えても決して的外れなことではない。

昨今は「地球にやさしい」というフレーズをよく耳にするが、本当はそんな偽善的な言い方ではなく、ハッキリと「人類にやさしい」と言うべきではないかと思う。
さも「地球のために頑張っている」といった恩着せがましい大義名分ではなく、本当に必要なのは自分たち人間を守るためとハッキリ主張する方が切実性があり、今よりももっと賛同を得られるかもしれない。

この先、人類が何の対策も取らずにいたら、地球は一体全体どうなるのだろうか。
仮に行動なき後に待っているのが悲惨な人類滅亡というシナリオであったとしても、当の地球は痛くも痒くもないと思う。滅びるのは人類だけで、地球はその後も自らの治癒力で何事もなかったかのように自転と公転を繰り返すだろう。地球にしてみれば、このまま人類が突き進み自滅の途を辿ってくれた方が好都合に違いない。

そうならない為にも、私たちはいまやるべき具体的行動を早急にとって行かなければならないと思う。
「人間のためになること」と「地球のためになること」とは決して別物ではないはず。本当に人間のためになる行動を私たちがとっていれば、その結果は同時に地球のためにもなっていると信じたい。

ここ数日のアメリカの一部の人たちの言動には落胆したが、アメリカはもっとキャパの広い国のはず。アメリカを含め世界中が私利私欲、権力闘争などに現を抜かしている場合ではない。
もっと広く大きな視野と無欲の心で、この異常気象の問題に取り組んで欲しいものだ。

2014年1月7日火曜日

How's everything? COFFEE BREAK: Gilbert O'Sullivan 「At The Very Mention of Your Name」 from ALBUM「In The Key Of G」 (1990)


今回は「アローン・アゲイン」「クレア」の世界的ヒットで知られるイギリスのシンガーソングライター「ギルバート・オサリバン」のアルバム「In The Key of G」の中の一曲「At The Very Mention of Your Name」を採り上げる。

In The Key of G
Gilbert O'Sullivan

01.Lost a Friend
02.At the Very Mention of Your Name
03.What Am I Doing Here with You
04.If I Start with the Chorus
05.So What
06.The Way Things Used to Be
07.I Don't Trust Men with Earrings in Their Ears
08.Gordon Bennett
09.To the Extreme
10.Stick in the Mud

(iTunesにはアルバム「In The Key of G」はありませんが、下記ベスト盤で当該曲を聴くことができます。)




「アローン・アゲイン」や「クレア」の成功により順調かに見えたギルバート・オサリバンの音楽活動も、目指す音楽の方向性の違いなど当時のプロデューサーとの確執から活動休止を余儀なくされる。
このアルバムはそんな彼の暫くぶりにリリースしたオリジナル・アルバムである。

長い沈黙からのある意味「再起」を賭けたアルバムだっただけに、自他ともに注目されたが、結果は期待したほどではなかったようである。
音楽的方向性は初期の彼のものと基本的には変わっていないと思うが、新しいことへの挑戦という彼なりの意気込みが全体的に感じられるアルバムである。
と、わたしは思っているが、当時はそう思わない意見もあったようだ。

彼のファンは比較的マニアックで熱狂的信奉者が多いことで知られる。だが、このアルバムに関しての評価は賛否両論あって、残念ながら「否」の方が多数派だったようである。更に悪いのは、頼みの綱である信奉者による評価が良くなかったことで、この結果はその後の彼の音楽活動に大きく影響したのではないかと思われる。

その要因としては、「アローン・アゲイン」、「クレア」を含め、それ以前のアルバムへの評価があまりに高く、そうした作品とこのアルバムとのギャップに違和感があったからだろう。ファンとはある意味残酷で、お気に入りのミュージシャンの最初のイメージに固執する傾向があり、その反面マンネリズムを許さないところもあったりして、なかなか厄介な存在である。この場合、新しい試みは完全に裏目に出たと言える。
これ以降も彼の音楽活動は続く訳だが、ご存じのように以前のような大ヒットは生まれず現在に至っている。

そんな状況からか、彼を「一発屋」的に評価する人たちがいるようだが、わたしは決してそう思わない。彼の音楽性は何ら変わりなくて、彼の創りだす作品群は依然として独創的で高水準にあると思っているからだ。これまでに彼がリリースしたオリジナル・アルバムを聴けばそのことは直ぐに判るはずだ。
「アローン・アゲイン」や「クレア」以外にも、彼のアルバムには輝きのある優れた作品が数多く含まれている。この2曲の存在があまりに大きいがために、私たちは彼の他の曲をじっくり聴く以前に、ある種の拒否反応が先行してしまい正当な判断ができていないのかもしれない。

あるいは「我々聴く側の音楽的センスが彼に追いついていないのでは」と時々思うことがあるが、それを裏付ける作品のひとつが今回紹介している「At the Very Mention of Your Name」という楽曲である。当時のCDのリーフレットによれば、邦題は「君との思い出」となっているが、歌詞を見る限り思い出というニュアンスは私には感じられなかった。寧ろ、今もなお愛しい人を想い続ける現在進行形のラブソングのように思える。因みに直訳なら「君の名前に言及しただけで」ぐらいが適当ではないかと思うが、彼の歌詞は全般的に難解なものが多く、われわれ外国人がその真意を理解するには相当な語学力が必要である。
何れにしても、彼のメロディーメイカーとしての才能がここでも充分発揮されていて「ギルバート・オサリバンの世界」に惹きこまれていくのである。我々はただただ、そうした彼の心地よいサウンドに耳を傾けていれば充分なのだと思う。

先述したように、アルバムとしては正当な評価を得られなかったが、収録曲ひとつひとつの作品レベルは依然として高い。デビュー以降、彼の生み出す楽曲イメージと彼の声質などから、当時、ビートルズのポール・マッカートニーと対比されたのも頷ける。ポールはビートルズという音楽仲間(ライバル)とともに活動し、互いに刺激し合いながら数々の優れた曲を生み出した。それはメリット・デメリットはあっただろうが、ある意味恵まれた音楽環境にあったからと言える。それに対しギルバート・オサリバンの場合は「一匹狼」で、刺激し合う仲間はいなかったのである。そう考えると、彼のシンガーソングライターとしての実力は、ポールに匹敵すると言っても過言ではないように思えるのだが・・・
故に、わたしとしては彼のことを「一発屋」と絶対に呼んでほしくないのである。