2013年7月24日水曜日

懐かしのハートカクテル わたせせいぞう

そう、そのアニメーションとの出合いは何気なくかけたテレビからだった。
日本テレビ系で深夜放送されていた「ハートカクテル」である。イラストレーターの「わたせせいぞう」氏によるもので、一話3分程のスキット風の短編で、どこか切ないけど心温まるラブストーリー集だった。初めてみたストーリーが何話目のものだったのか、詳しいことはほとんど覚えていないがインパクトがあったことは確かである。話の舞台が日本でありながら、どこかコスモポリタン的な世界を思わせる「空気感」もこの作品の魅力のひとつだったのだろう。いつかはこのアニメの世界のような生活を自分もできたらという淡いロマンを抱かせる作品でもあった。放送が待ち遠しかったことや、これまでの見逃した話などもたくさんあったので、レンタルビデオを借りてその後一気に観てしまった記憶がある。

それほどまでに夢中になった「ハートカクテル」も何時しか私の脳裏から消え去り、ダビングしたVHSの行方もわからないままだ。何冊か揃えた「ハートカクテル」のコミックブックなどもあったが、恐らくブックオフ行きという悲惨な結末になったはずである。自身が歳をとり、「ハートカクテル」などと言っていられない年代になったからと想像するが、とても残念なことをしたと思っている。

今回はそんなロマン溢れる時代に一大ブームとなった「わたせせいぞう」氏の出世作「ハートカクテル」のお話をしよう。


先日ネットを見ていると、ハートカクテルのオリジナルCDをタワーレコード限定で発売という記事を読み(実は2012年8月に既に発売されていたのだが)、懐かしさのあまり、当時のノリで買ってしまったが、考えてみればこのアルバムもLPレコードで持っていたはずである。レコードはすべてとってあるので、恐らく物置奥のダンボール箱を探せば出てくるだろう。

先日、懐かしさのあまり購入してしまった「ハートカクテル Vol.1」


購入したアルバムはハートカクテルCDシリーズの「Vol.1」でアルバム全体を松岡直也が担当している。アニメーションのバックに流れる曲は、その中では当然のこととして一曲丸ごとは使われていない。その点CDでは一曲全体を聴くことができるので、アニメのときとは別の楽しみ方ができる。
一般のサウンドトラック盤の映画CDの魅力はそんなところにあるのだろう。


人の記憶というのは時として頼りないところがあるけれど、それに音楽が伴うと確かな記憶にアップグレードされるのは不思議だ。一曲目の「ふたりきりのビアガーデン」の冒頭が流れただけで、当時のことやアニメのワンシーンが甦って来るからだ。そのとき音楽のパワーはすごいと思った。過去の記憶を一瞬にして呼び戻し、現在のひとときを楽しませ、未来に夢を与え、私たちを勇気づけてくれるのだから。


「ハートカクテル」のアニメシリーズは松岡直也氏のほか、島健氏、トニーズ・ショウなどのミュージシャンが音楽を担当していたが、私は三枝成彰(章)氏のVol.5、Vol.6が特に好きだった。演奏がオーケストラということもあって、奥行き感があり、ちょっぴり切ない「わたせせいぞう氏のハートカクテル」のストーリーに、三枝氏の哀愁ある旋律がピッタリはまっている。なかでもVol.5の「コットンキャンディーの好きなサンタ」は曲、ストーリーともにお気に入りの一曲である。ちなみにこの曲、CDの曲だけを聴いていると、どこまでも切なく悲しいが、アニメの中では途中から明るく楽しいクリスマスソングに受け継がれ、ストーリー的にはハッピーエンドである。
そう、「ハートカクテル」シリーズの救われるところは、ほとんどのストーリーがハッピーエンドであることだ。こうした点はわたせ氏の人柄からくるものなのだろう、このシリーズの魅力のひとつにもなっている。こうしたストーリー性を考えると三枝氏の音楽は、他のミュージシャンの方たちとくらべると「哀愁」が強すぎて「悲恋」を想定してしまい「ハートカクテル」の世界にはチョッと相応しくないと思えるときもあるけど、ピッタリはまっている作品も多い。楽曲的には素晴らしい音楽ばかりで、何と言ってもその旋律の美しさは際立っている。

以前から持っていた三枝成彰(章)氏が担当した「Heart Cocktail Vol.5」


同じく「Heart Cocktail Vol.6」 二枚とも愛聴盤である。

ところで、この「ハートカクテル」のテレビアニメがスタートした1986年ころのわが国はバブル期の真っ只中にあった。主人公たちの生活振りもファッションも大変オシャレで、映像は贅沢な時代を反映している。
AUTHENTIC TRAD(オーセンティック・トラッド)なんてファッション用語もこのアニメで知ったが、当時ファッションに対するコダワリはみんな持っていて、とても強かったように思う。消極的だった国民性がこの頃から少しずつ変わってきたのかもしれない。高級外車や有名ブランド品を身に纏うことが一種のステイタス化した時代でもあったのだ。

そして、このシリーズの中で、多くのストーリーに共通する重要な役割を果たしているアイテムがある。それは電話である。現代のようなコンパクトで持ち運び自由の携帯電話ではなく、家に設置された固定電話や街中の公衆電話の存在である。それでも当時としては伝達手段としては最先端を行っていたのであろうが、固定電話だからこそ起こり得る、「すれ違い」や伝わらない「もどかしさ」がストーリーの重要なポイントになっていて興味深い。

恐らく携帯電話だったら味気なくて、あのようなストーリー展開にはならなかったのであろうが、前述の「コットンキャンディーの好きなサンタ」も、店内の固定電話が重要な役割を果たしているストーリーのひとつである。

バブル期は褒められた時代とは決して言えないが、ある意味今の時代とは比較にならないほどの明るさと輝きがあったように思う。携帯電話もパソコンもない時代でありながら、人びとの表情や心は今よりもずっと豊かだった。それは単なる物の豊かさだけに起因するのではなく、明るい未来が想像できるかどうかという精神面の違いにあったのかもしれない。

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