2013年5月24日金曜日

映画「パリのめぐり逢い」がDVD化されないのは...

今日(2013年5月21日)の朝日新聞の文化面に「著作権者の行方がわからない本や映画」という記事が載っていた。この記事によると著作権者が行方不明の作品などはデジタル化に際し、大きな壁になっていて、その数は膨大な数にのぼるという。そしていま、その対策の検討が活発化してきているというのだ。

この記事を読み真っ先に思いつくのは、映画のDVDやブルーレイ化の問題である。
現在、DVDやブルーレイとして市販されている映画はハリウッド映画が中心でメジャーなものがほとんどだ。チョッとマニアックで古い映画は売り切れたらそれまでで、その後店頭に並ぶことはない。売れっ子俳優のメジャー作品は次々に廉価版となり大量入荷されるが、その商品も飽和状態になり、やがては店頭でバナナの叩売り状態で売られることになる。値段が安いのは大いに結構だが、そうした光景を目の当たりにすると、映画を愛する人間としては実に複雑な心境である。
この問題については別の機会に触れることにして本筋に戻ることとしよう。

今回私が問題にしているのは、メジャーな映画は何度も模様替えをして発売が繰り返されるが、その一方で未だにDVD化されていない映画ソースがあるという現実である。これはかつてのベーターやVHSの時代から引き続いた、私に言わせれば悪しき傾向である。当然、映画を取り巻く関係組織の利権等が絡んでのことと想像はつくが、映画大好き人間としては納得がいかない。ベーター、VHSの時代から通算するとあまりに長い年月が経過したにもかかわらず、未だ解決に至らないことが信じられないと、今の今まで思っていた。今日、この記事を読み終わるまでは...

YVES MONTAND
男として羨ましい限りの役柄を演じたイヴ・モンタン


私は以前からイヴ・モンタン、アニー・ジラルド、キャンディス・バーゲン主演で1967年公開の「パリのめぐり逢い」という映画のDVD化を心密かに待ち望んでいた一人である。これはVHSの時代からといっても過言ではない。その当時からこの作品がどうしてDVD化されないのか不思議でならなかった。

ANNIE GIRARDOT
中年女性の心理を巧みに演じたアニー・ジラルド


確か高校生の頃に劇場(当時、横浜の馬車道にあった東宝会館)で観たと思うが、あの時のキャンディス・バーゲンの美しさが脳裏に焼き付き、それ以降私の憧れの存在として君臨し続けたのである。映画の中では妻のいる中年男性に惹かれてゆく若く美しい娘という設定だったが、当時の私にとっては年上のお姉さんであり理想の女性に思えた。理知的で完成されたその美しさは、当時の若手女優の中でも別格だったように思う。(後にハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」でショーン・ヤングという女優が注目を浴びるが、彼女がキャンディス・バーゲンの面影を多少もっていたかもしれない。)

制作年からすると、「パリのめぐり逢い」は彼女が20才から21才の頃の作品で、眩し過ぎる彼女の美しさはこの先永遠に続くかに思えたほどだ。だが、今思えばその時がまさに彼女の絶頂期だ
ったのかもしれない。

 
CANDICE BERGEN
若さと美しさとチョッと大人の雰囲気をもった
「パリのめぐり逢い」出演時のキャンディス・バーゲン
 

そんな彼女の足跡を辿れば多くの映画作品に出演し、90年以降はテレビドラマ等でも活躍しているが、「パリのめぐり逢い」の彼女の勢いを知るものとしては、そうした経歴では物足りない。
以後、これといった作品にも恵まれず日本で公開される作品も徐々に少なくなっていったようだ。

女優業以外ではカメラに関心があり、その腕前はアマチュアの域を超え、有名雑誌の表紙を飾ったこともありその評価は高かったようである。スイスへの留学経験や美術などにも造詣が深いということで、そうしたインテリゲンチアな側面が、その後の彼女の女優としての成長に禍したのかもしれない。ただ、これは私の強がりでも、ひいき目に彼女を見ている訳でもないが、彼女自身女優としての成功にそれほど貪欲ではなかったという風に思えるのだが。

The day the fish came out
パニック映画のはしり的作品で
「パリのめぐり逢い」とほぼ同時期の作品。
どう見てもB級C級映画である。


ところで、劇場公開されたムービーコンテンツがDVDなどのメディアとして再利用されるされないの判断基準はどこにあるのだろうか。また、どのようなことがその結果に大きく影響するのだろうか。先ず思いつくのは、「儲かるかどうか」という極めて単純明快なことだが、その他に思い浮かぶ項目をランダムに挙げてみよう。
  1. 商業ベースに適うかどうか。
  2. 発売の時代的背景として相応しいかどうか。
  3. 著作権の問題をクリアできるかどうか。
  4. 作品ソースの保存状態が商品として一定水準にあるかどうか。
などが思いつくが、「パリのめぐり逢い」のケースで1と2について考えてみよう。
発売時期というものは商品の売上げを左右する重要な要因であるから、ブームのときにタイミングよく売出せれば大ヒットが期待できるだろう。

VIVRE POUR VIVRE
こちらは「パリのめぐり逢い」サントラ盤CDだが、
CDの場合は問題なく販売されている。


「パリのめぐり逢い」制作の1967年当時は監督のクロード・ルルーシュが映画音楽家のフランシス・レイと組み、前年に「男と女」を世界的に大ヒットさせていて話題性は充分にあった。そんな二人のゴールデン・コンビによる第二弾ということで、成功はなかば約束されていたのかもしれないが、作品的にも周りの期待を裏切らない出来だったので、映画はもとよりフランシス・レイの主題歌も爆発的ヒットとなった。また、当時はアラン・ドロンをはじめとしてフランス映画には勢いがあり、ハリウッド映画とは一線を画したところで存在感があったので、そうしたことも追い風になったのだろう。

しかしながら、ハイテクの時代になると、映画自身もSFXなどを駆使して派手な動きでスケールの大きな鮮明な画面がもてはやされ、どちらかというと地味で動きの少ないヨーロッパ系の作品はアッという間に私たちの周りから姿を消していった。要するにヨーロッパの心理的に心に訴える作品ではなく、単刀直入に視覚に訴える分かりやすいハリウッドものが受けたのである。そのためVHSなどのビデオ化の動向でも当然その傾向は踏襲され、いわゆる「売れ筋」作品が優先されたのだ。そして、フランス映画をはじめヨーロッパ系の作品は長いこと忘れ去られてゆく(日本では特に)。
それでも一部マニアによる地道な働きかけとハリウッド映画に対する反動としてヨーロッパ系の作品もその後次第に陽の目を見るようになるのだが、当該作品である「パリのめぐり逢い」は依然としてメディア化されず、テレビ放映さえ行われない状況が今尚続いているのである(その昔、民放で数回放送されたという伝説的?な話を聞いたことがあるが定かではない)。

公開当初から興行収入が芳しくなかったB級映画が、今では地上波やBSやCSなどで何回も放送される機会があるというのに、「パリのめぐり逢い」のような一世を風靡した作品が放送すらされないのには、何か特別な理由があってのことと穿った見方をしてしまうのも無理もないことだろう。

次に3、4の項目を考えてみよう。
4の作品ソースの品質の問題は一定水準に達していなければ、3の著作権の問題も重要性が希薄になるので、ここでは「パリのめぐり逢い」の作品ソースは一定の品質があるものという前提で話をしていきたい。

著作物の再利用に際しての著作権の問題は世界的な統一基準もない上にかなり複雑で、特に映像作品に立ちはだかる壁は高く厚いという。先の新聞紙上によれば、映像作品はその出演者が権利者になるため、再利用には出演者の合意が必要で、行方が分からない出演者があった場合などは事態は深刻でそこで手続き的に滞ってしまうことが多いという。

では、この問題を「パリのめぐり逢い」のケースで考えてみよう。
先ず出演者の合意の問題だが、ネット上で調べてみると当のフランスではすでにDVD化され市販されているということなので、フランス国内で出演者の合意が取れたかどうかの問題はともかくとして、著作権の問題がネックで日本で「パリのめぐり逢い」がDVD化されないという理由にはならないだろう。

実際、アマゾンや輸入業者の一部でもフランス盤がそのままの形で売っているのをみかける。
つまりヨーロッパのPAL方式で、当然日本語字幕もないフランス語での映像でである。リージョンコードをクリアし、映像信号方式をクリアし、ようやく映像に辿り着いたとしても、最後にはフランス語という言葉の壁が立ちはだかるのである。それでいて、値段の方は1万円超の高額ときているので購入もチョッと及び腰である。

幸い、この「パリのめぐり逢い」という作品は、クロード・ルルーシュ監督特有の映像美が持ち味で実際のセリフはいたって少なく、映像がすべてを物語っていて、セリフや説明は邪道にさえ思えてくる作品である。そのため言葉の壁は思ったほどの障壁にはならないのかもしれない。

この時代のトレンドだったのだろうが、スティーブ・マックインが主演した「栄光のルマン」もセリフは至って少なかったが、それでいて男女の機微やレーサー間の心境の移り変わりが手に取るようにわかり、レースの緊張感を巧みな映像で表現していた。
このふたつの作品、取り扱う題材がレースという競争の世界と不倫というある種のライバル間の争いということで、ある程度見る側でも容易に想像がつく心理描写だったので、こうした技巧が使えたのであろうが、私のなかでは名作であることに変わりはない(一般的には評価が低いようだが)。
ある意味ハリウッド映画の目に訴えながら、フランス映画の心理を楽しむという「良いとこ取り」の要素が盛り込まれていた作品だったのかもしれない。

こうしてみていくと、DVD化に至らない最大の理由は、単純に商業ベースに見合わないという見かたが妥当なのかもしれないが、その場合でもテレビ放映がされないという問題の回答としては不充分で、依然として疑問は残ったままである。

最後に著作権の観点でもう一点触れておくと、出演者の誰かが何らかの理由でその映画の権利のすべてを買い上げて、一般市場からその作品を永久に葬ったというケースも考えられる。
だが、「パリのめぐり逢い」がフランス国内で市販されているという現状を考えると、この推理もまた的外れなのだが。但し現実にはそうした作品も過去にはどうやらあったらしいということをつけ加えておこう。

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