本の紹介:グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた (辻野晃一郎 著)

ここところ、ソニーの中途退職者による暴露本的書籍が、流行のように出版されている。
あの、誰もが憧れる一流企業ソニーを中途退職したというだけで、話題性は十分だが、
最近のソニーに何が起きているのだろうか。
今回はその中の一冊で、昨年11月に発売になった辻野晃一郎著の
「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」を紹介しよう。

グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた
辻野 晃一郎 著
2010年 新潮社
定価 ¥1,575

発行は2010年11月20日。
版を重ね、現在も売れている話題の本である。
私が購入したのが、発売間もない昨年の12月初め。
購入動機は書籍のタイトルだった。

実は20年程前に、何ともユニークなタイトルに心惹かれ購入した一冊の書籍があった。
ロバート・フルガム著「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」である。
当初は、その一風変わったタイトルの方が気になり、
正直、内容にはそれほど期待していなかった。
だが、読み始めるとタイトル以上に作品内容がユニークで、
著者の発想の素晴らしさに新鮮な感動を覚えた。
フルガムには悪いが、私にはまさに「嬉しい誤算」の一冊だったのだ。

人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ
ロバート・フルガム著 池央耿 訳
河出書房新社
(*現在は文庫本でも出版されている)

辻野氏がフルガムを読んだかどうかは定かでないが、
恐らくこの本を意識してのタイトルではないかと思う。
そんなパロディー的な遊び心と「グーグル」と「ソニー」という固有名詞に誘われ、
何の予備知識もないままに購入した次第である。
この二冊を読み比べてみると、両者の根底に流れる主題は明らかに共通していることが分かる。
そこで、当該作品「グーグルで・・・」に触れる前に、
フルガムの作品「人生に・・・」について簡単に紹介しておこう。

そもそも、ロバート・フルガムの「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」は
日常の極々当たり前の事例から、物事の道理を導き出す彼独特の手法と、
観察力がとてもユニークで、こうした点がこの本の魅力だったように思う。
彼がこの本で訴えかけるテーマは、彼の言葉を借りれば次の一節に代表される。
「人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々送ればいいか、
本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。
人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、
日曜学校の砂場に埋まっていたのである。わたしはそこで何を学んだろうか。」である。

つまり、人間が生きていくには、なにも高等教育を受けなくても、幼いころの遊びの中から得た、
基本的な教訓さえ守っていれば充分なのだと言う。
そして、大切なことのヒントは、「幸せの青い鳥」同様、
極々身近なところに隠れているのだと教えてくれる。
とても単純で解り易く、文字通り本のタイトルそのものなのだ。

このように、フルガムの教えは決して斬新ではなく、至って常識的なものばかりだ。
それでいてその教えは深く、確実に真理であり、われわれ読者に強烈なインパクトを与える。
極めて当たり前のことを、改めてこのような一冊の本として纏められると、
まさに「先にやられた」というのが実感であり、正直多少の嫉妬心さえ覚えた。
それ故に、いつまでも記憶に残る一冊となったのだと思う。

では、辻野氏の「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」
に戻るとしよう。
「世界一の製品を目指す」というソニー創業からの精神と情熱は、
今のソニー上層部にはないと、辻野氏はこの本の中で断言する。
上司との衝突、納得できない人事異動。
そして、ウォークマンなどで実証した「ソニーは世界一」という、
かつてのプライドを「iPod」に奪われても平然としている組織体質に彼は嫌気が差した。
そして、退職という路を彼は選んだ。
退職を決断するまでに、かつてのソニーを取り戻そうと、彼は組織内で努力するが、
それもひとりの力では限界があることを悟る。

一見、この本は今流行りの暴露本のように思われるが、
著者の本意はそんな小さなものではない。
確かに全般は、ソニーの現状批判に終始するが、
そのことは裏を返せば、辻野氏がソニーという会社を愛するが故のことと信じたい。
現状批判はソニーの本質・全体を否定したものでは決してないと思う。
かつてのソニーを愛した著者故の表現であり、エールを込めた叱咤激励ではないだろうか。
はっきり言えることは、現在隆盛を極めているグーグルやアップルの成功のノウハウは
かつてのソニーの組織内に確実に在ったということである。

金の卵を持ちながら、その輝きに気がつかず、努力を惜しんだ今のソニー。
現役時代、著者自身も漠然と感じていたもの。
ソニーを離れ、グーグルの一員となった時、改めてそれが何だったかを実感するのだ。

フルガムの言う、本当に大切なもの(成功のヒント)は、
身近なところにあるのだという教訓そのものではないだろうか。

カセットテープ以前、テーブデッキがオープンリールだった時代から、
β・VHS戦争の時も、ソニーのファンで意識的に「β」を愛用してきた私としては、
確かに今のソニー製品には物足りなさを感じている。

ソニーと言えば独自性、格好良さ、技術の確かさが魅力だったはず。
β・VHS戦争時、すべてのオーディオメーカーを敵にまわしたソニーの一匹狼的存在は、
ちょっと「へそ曲がり」な私には格好よく思えたし、頼もしく感じた。
戦いは残念な結果に終わるが、当時のその雄姿には企業としての拘りと誇らしさを感じた。

過去の遺産である本格オーディオ技術を安売りし、
液晶テレビの液晶を他国メーカーに頼る現状のソニー。
そこには、かつての「技術のソニー」「世界のソニー」の面影はない。
あるのは「藁をも掴む溺れる者」の姿だけである。
読み終えた後、
心境は辻野氏とオーバーラップし、氏の無念さが痛いほど伝わってきた。


<ソニーを題材にしたその他の書籍>

  • 「技術空洞」 VAIO開発現場で見たソニーの凋落
    宮崎 琢磨 著
    2006年 光文社ペーパーバックス
    定価 ¥1,000


  • ソニーはなぜサムスンに抜かれたのか
    菅野 朋子 著
    2011年 文春新書
    ¥767
    *こちらはソニーOBではなく、フリーのノンフィクションライターによる著

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