かつてビートルズがいて、そしてビートルズ的グループがいた

例えば、何十年も前に買ったアイドルのシングル盤を、段ボール箱から探し出し、本当に久しぶりに針を下ろしたとき、「あれ!このアイドルこんな声だったっけ!」と意外に思ったことはないでしょうか。
そう!今回は、こうしたボクたちの記憶の曖昧さ、錯覚について、音楽を例にお話したいと思います。

60年代、70年代の音楽シーンとは

PaulによるPixabayからの画像


ところで、音楽と言うのは、その時代その時代を反映していて、時の流れや流行と密接に関係しています。こうした関係性にボクは、以前から不思議と言うか関心がありました。例えば、ビートルズが全盛期のころ、洋楽ポップスのヒットチャートは、いつもビートルズの楽曲が上位を占めていました。週間チャートのベスト10にビートルズの曲が、数曲同時に入っていたこともありました。

その一方で、ローリング・ストーンズ、CCR、ピンク・フロイド、レッド・ツェッペリンなどのロックグループが、独自の世界を展開し、ビートルズと対峙していました。それ以外にも、モータウン系やソウル、ディスコなど、あらゆるジャンルの音楽が入り乱れていました。ですから、60年代、70年代の音楽シーンは、ビートルズを頂点として、ビートルズ系(注1)と上記で触れた様々なミュージシャンたちが、併存できていた時代と言えます。
ちなみに、我が国の音楽シーンは、ニューミュージック、フォークソング、そしてアイドル全盛期で、ある意味、世界から孤立していたのかも知れません。

今回取り上げるのは、ビートルズとビートルズ系のグループ(以下アイドル系グループ)に的を絞っています。


(注1):当時は、正式に「ビートルズ系」などと呼ばれていた事実はなく、筆者の本文中に限った便宜上の用語です。一方、アイドル系グループという名称の方は、筆者の記憶では多少使われていた気がします。


押し並べて、どのアイドル系グループのヒット曲も、当時のボクには、ビートルズ的サウンド(*1)に聞こえました。それは、当時のレコード会社、プロモーションの多くが、ビートルズ路線を積極的に目指していたからで、世の中の動き、トレンドとしては、仕方がないことだったのです。それでも、ボクを含め当時の音楽ファンは、それぞれのグループを明確に区別できていたのも事実です。


時とともに薄れる記憶

それでは、なぜ区別出来ていたかと言えば、さまざまな情報が音楽雑誌やFM放送などで、発信されていたからです。音楽ファンは、こうした情報と自身の耳で、グループをキチッと判別できていたのだと思います。また、女性ファンは、グループ内の特定メンバーを推すような、現在と共通の動きが当時もあったので、区別はシッカリできていたのでしょう。

ちなみに、当時のテレビで、今は亡き大橋巨泉氏が、「ビートポップス」という日本国内での洋楽ベスト10を紹介する番組を放送していました。これはビルボードなどの海外チャートの紹介もしていて、ボクらの情報源であり貴重な番組でした。確か、ミュージック・ライフの当時編集長、星加ルミ子氏もこの番組のレギュラーメンバーだったと思います。
そのため、海外の音楽情報は、現在よりもズッと豊富だったと思います。小林克也氏の「ベスト・ヒットUSA」は、その後だいぶ経ってからの番組になりますが、こうした音楽番組が、外国のミュージシャンを知る上で、とても役に立っていたのです。


Gidon PicoによるPixabayからの画像


ところで、数十年の時が経ち、60年代から70年代の洋楽ポップス(ロック)は、世界の状況は分かりませんが、少なくとも我が国では一旦忘れ去られます。
この空白の間に、各グループの明確なサウンドの違いは、ボクらの頭の中で次第にアバウトになり、ビートルズ的音楽として、十把一絡げに収斂されてしまったというのが、ボクの考えです。言い換えると、あの時代の音楽をビートルズ的サウンド(ブリティッシュ・ロック、リバプールサウンドなど)として、カテゴライズされてしまったということです。

当時を知らない世代が、あの頃の音楽を何曲か聴いたとしたら、それこそすべてが同じグループの曲と、錯覚するかも知れません(チョッと大袈裟かもしれませんが)。


例えば、カウシルズ『雨に消えた初恋』、タートルズ『ハッピー・トゥゲザー』、トレメローズ『サイレンス・イズ・ゴールデン』、ホリーズ『バス・ストップ』などを聴けば、納得いただけると思います。ボクは当時のヒットチャートをリアルタイムに聴いてきたので、ある程度は聴き分けることができます。しかしながら、それでもビートルズの曲か、別のグループの曲かを、正確に判断できるかと言われたら、正直なところ自信はありません。特に当時自分が知らない曲を聞かされたら、尚のこと判断できないでしょう。

当時の音楽事情も基礎知識もなく、上記に挙げたカウシルズなどのグループの曲を聞かされたら、恐らくほとんどの人は、混乱すると思います。要するに、当時のアイドル系グループのサウンドは、かなり類似していたからです。


しかし、あの時代は、多くの新曲が「似て非なるもの」としてヒットし、多くのグループが乱立していたのです。新人グループが、次々とヒットチャートに名を連ね、活気だっていた事は事実ですが、残念なことに「一発屋さん」(注2)が多かったのも、あの時代の特徴と言えるのかも知れません。

(注2):「一発屋さん」と言うと、ネガティブな印象がありますが、別の視点で「一発屋さん」を捉えた、筆者のブログ「一発屋のブルース」は、下記よりお読みいただけます。

一発屋のブルース

   

余談ですが、日本に伝わることわざに、「柳の下に二匹のドジョウはいない」と言うのがあります。これは一度成功しても、「二番煎じ」は通用しないという戒めなのですが、この時代には何匹もドジョウがいたようです。


カウシルズの『雨に消えた初恋』



ホリーズ『バス・ストップ』



一番悩まされたナンバー

これまでに一番判別に苦労したのが、ビートルズと同時代のピーター&ゴードンというグループです。彼らはイギリス出身で、『愛なき世界』というナンバーが全米一位になっています。


(画像1)ピーター&ゴードンのシングル盤『愛なき世界』
当時、洋楽シングル盤はなんと¥370 (筆者所有)

当然、日本でもそれなりのヒットとなり、ボクも大好きなナンバーでしたが、我が国では前述した、いわゆる「一発屋さん」的存在だったと思います。その彼らのサウンド(「愛なき世界」は特に)は、声質もビートルズと同系なことから、まさしくビートルズサウンドに聞こえました。それでもあの頃は、「ビートルズの演奏」でないことは、無論分かっていました。

ところが、数十年の時を経て、いま改めて聴いてみると、かなり悩まされる楽曲です。
恐らく、ボクのように事前の知識があれば、ビートルズでないことは分かりますが、ラジオなどで初めて聞いたら、ビートルズと思っても無理はないと思います。


紛らわしい曲『愛なき世界』は、実はポールの作品だった

改めて、彼らの「愛なき世界」EP版(画像1)のラーナーノーツを確認してみると、この「愛なき世界」は、実は「Lennon&McCartney」の作品と明記されています。
ピーター&ゴードンの前途を祝して、「Lennon&McCartney」が作詞作曲したことになっているのです。なので、ビートルズサウンドに聞こえたのは、当たり前な訳です。

ただ、こうしたセールスポイントは、現代なら大きくアピールされるところですが、当時は意外と控えめなセールスだったようです。ジャケット前面のキャッチコピーには使われず、裏面の解説で小さく触れられている程度だったのです。恐らく、ポールの意向があったのだろうと推察しますが、定かではありません。

当時ボクは、楽曲の経緯には関心がなかったのか、あるいはラーナーノーツを読んでも、そのことをすっかり忘れていたのかも知れません。私たちの感覚、判断能力というものは、実に「危ういもの」「当てにならないもの」ということが露呈した好例になりますが、このピーター&ゴードンに関しては、とても悩まされました。


ピーター&ゴードンの『愛なき世界』




「ザ・モンキーズ」の存在

ところで、60年代後期は、ビートルズ的でありながら、彼らとは一線を画す存在(グループ)として、プロデューサーやレコード会社は、ビートルズに対抗するグループを作り出すことに必死だった時代です。その代表格が、ご存知「ザ・モンキーズ」というグループです。
そして、彼ら4人を主人公にした「ザ・モンキーズ・ショー」というシチュエーション・コメディ(*2)が、1966年から放送されました。

少なくとも、米国音楽業界は、ビートルズと英国に対抗し、第二、第三のビートルズではなくて、音楽もドラマもできる、ユニークなグループを作り出そうと考えたのでしょう。上記のコメディドラマの制作は、その一環だったと言えます。結果的には、このドラマは大成功で、日本でも大ヒット(*3)し、筆者も毎週楽しみに観ていた記憶があります。

ところが、成功の陰には、お決まりの嫉妬や誹謗中傷があったのです。悪く言えば、ザ・モンキーズは、自らのポリシーを持たない「寄せ集めの音楽グループ」と、揶揄されたこともかつてはあったのです。

とは言え、ボクたちは、そうした業界のプロデュースに、ものの見事にハマった訳です。そう考えると、ザ・モンキーズのメンバーも我々視聴者も、当時は只々踊らされていたのかも知れません。

しかし、『デイドリーム・ビリーヴァー』はじめ、数々のヒット曲を彼らは連発できたのですから、結果的には、実力あるグループだったと言えるのではないでしょうか。


ザ・モンキーズの『デイドリーム・ビリーヴァー』



時の流れとともに劣化するボクの脳内音楽データベース

あのとき、「愛なき世界」が、ビートルズサウンドでありながら、別物と思えたボクは、いま聴けばビートルズサウンドであると、自信を持って指摘できるでしょう。しかし、当時のビートルズ旋風という巨大な渦中にいると、音楽業界が意図した「仕掛け」によって、ビートルズ的音楽を、「別の音楽」と思わせる一種の企業戦略に嵌った訳です。多くのファンは、「音楽における錯覚」に陥ったのだと思います。

しかしながら、そうした業界の思惑は時代とともに薄れ、いまの時代にあっては、当時のポップス、つまりビートルズとは似て非なるサウンドは、大方ビートルズ的な音楽として「一緒くた」に扱われるようになったのです。と言うか、ビートルズは知っていても、あの時代を知らない世代にとっては、「一緒くた」どころか、ビートルズと思ってしまうことさえ、あるのかも知れません。もちろん、ビートルズ本人たちの音楽だけは、別格として区別されていることは勿論なのですが。


前述のカウシルズをはじめ、多くのグルームのヒット曲を改めて聴いてみると、あの時代の様子が目に浮かび、懐かしさが込み上げてきます。60年代、70年代に、いとも簡単にタイムスリップできてしまうのですから、音楽の力は偉大です。

それに対し、人間の記憶は情けないほど脆いものです。時間の経過とともに、記憶の解像度は薄れ、当時のポップスに対するボクの全体像に、微妙な劣化が生じます。ビートルズ以外はすべて同じサウンドとして聞こえてしまうのです。ストリーミング聴き放題で、次から次と当時の曲を聴くと、「このグループって、こんなサウンドだったっけ?」と、記憶、あるいは認識の曖昧さ、頼りなさに驚かされることがあります。

それは例えるなら、当時は各グループの微妙な違いを判別できる基礎データが、確保されていたのですが、いつの間にかボクの脳内記憶装置から、すべて削除されてしまったような感覚です。

つまり、60年代、70年代の音楽シーンを知らない世代と、同等のレベルになってしまったということかも知れません。グループ名は覚えていても、サウンドの違いを区別できるほど、明確に覚えていないといった具合です。


Thibault Lam TranによるPixabayからの画像


例えばこんな経験はありませんか。昔懐かしい若手歌手のデビューヒット曲を、当時のシングル盤で数十年ぶりに聴いた時、違和感を感じたことはないだろうか。人間の声は、変声期を含めて、子供から大人へと成長するに従い、声も僅かづつ変化します。でも、日頃はそのことを意識することはありません。しかしながら、ボクたちは、その歌手の歌声(恐らく子供っぽい声)を、そのままズッと同じ声として記憶できないのです。その歌手の歌声を、テレビ等でデビュー当時から現在まで聴き続けていると、デビュー当時の声は、年齢を重ねた大人の声に上書きされてしまうのです。つまり、シングル盤の声は絶対に変わらない訳ですが、ボクたちは、現在の歌手の歌声がシングル盤から流れてくることを無意識に期待してしまうため、歌声に齟齬が生じ違和感となる訳です。郷ひろみさんのデビュー曲『男の子女の子』を当時の盤で聞いてみれば、ボクの言ってることが理解いただけると思います。


今回は、扱った内容が「音楽(声)の微妙な違い」や、「人間の認識の誤差」といったデリケートな題材だったために、ボクの拙い表現で、どこまで伝わったか自信がありませんが、最後までお読み頂きありがとうございました。

それにしても、当時のポップスに於けるビートルズの存在が、如何に突出していて、大きかったかを、今回の投稿を書きつつ改めて感じました。正直、ボクはビートルズの熱狂的なファンではありませんが、60年代、70年代の群雄割拠の音楽シーンにあって、ビートルズだけは別格だったのですね。

from JDA


<追伸>

本文中にあるように、60年代から70年代の洋楽ポップスは、我が国では一旦忘れ去られます。これを掘り起こしたのが、かつてのアップルの「iTunes」だったというのはボクの持論ですが、この件に関しては、改めて別のブログに投稿したいと考えています。


*1:本文中で「ビートルズ系サウンド」、「ビートルズ的サウンド」といった表現がありますが、これは同義で、ビートルズに似たサウンドのことです。それに対し「ビートルズサウンド」は、ビートルズ本人たちのサウンドの意味です。

ただし、彼らのサウンドはメンバーそれぞれに独特の個性があるし、時代によってもバリエーションは豊富です。そのため、本文でビートルズ的(系)と表現しているのは、あくまでも、『抱きしめたい』や『She Loves You』などの初期ヒット曲のサウンドを想定したもので、ビートルズ全体のサウンドを意味するものではないことを、ここに明記しておきます。

*2:シチュエーション・コメディ(Situation Comedy)とは、同じ登場人物と限られた舞台設定で展開される1話完結のテレビ型コメディドラマ。舞台演劇のテレビ版と言えます。観客の笑い声が挿入されるのが特徴で、現代のテレビの番組にもその手法は、効果音として取り入れられています。古くはルシル・ポールが主演した「ルーシー・ショー(アイ・ラブ・ルーシー)」が、シチュエーション・コメディの始まりではないかと個人的には思っています。
50年代後半から60年代にかけては、米国から輸入のシチュエーション・コメディ番組は多かったと思います。

*3:「ザ・モンキーズ・ショー」の日本での放送は、1967年10月、TBSにて放送開始されました。

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