懐かしのビリーヴォーン楽団「星を探して(Look for a star)」を聴く

 ビリーヴォーン楽団 「Look for a star」
放題「星を探して」
映画『サーカス・オブ・ホラーズ』(Circus of Horrors) のテーマ曲



最近はまったくと言ってよいほど、「ビリーヴォーン楽団」の名前を聞かなくなりました。
それもその筈、この楽団が活躍していたのは、1950年代から70年代にかけてで、もう半世紀も前の話だからです。とは言っても、かつては人々の「忘れる」という間隔は、今よりはズッと広かったと思います。一つの話題(出来事など)が長期間にわたって新鮮で、長持ちしたのです。ヒット曲も映画も寿命が長くて、人々の間で日々の話題になったり、語り継がれていたように記憶します。

「ビリーヴォーン楽団」のことも、あの頃は生活のなかで、度々話題になっていたはずです。それに対して、今の時代は目まぐるしく時が流れ、物事が次から次と展開します。そのため、印象が稀薄なまま、深い記憶として刻まれないのです。数年前のことは、もう遠い昔のような感覚です。当の私もある時期までは、完全に「ビリーヴォーン楽団」のことを忘れていたのですから、偉そうなことは言えませんが。

当時は、今のようにSNSのような情報拡散手段がなかったので、一つの情報が人を介して、ゆっくりと伝わっていったのでしょう。そして、一度話題に上ると、長く人々の周りに漂っていた時代でした。果たしてどちらが良いのかは、判断しづらいところです。

そんな訳で、今回お話するのは、時代の流れ方も今とくらべると、ズッと緩やかに感じられた時代に活躍した、ビリーヴォーン楽団から発想される、私自身の諸々の話です。


ビリーヴォーン楽団 「Look for a star」



さて、ビリーヴォーン楽団と言えば、当時は軽音楽を演奏する楽団でしたが、その後こうした軽音楽全般はイージーリスニングと呼ばれるようになりました。「浪路はるかに」や「峠の幌馬車」などのヒット曲がこの楽団にはありますが、今回採り上げる「星を探して(Look for a star)」も1960年のビリーヴォーン楽団のヒット曲です。ヒットした頃は、未だイージーリスニングという用語さえない時代でした。


わたしがこの曲「星を探して」を知ったのは中学、高校の頃になります。通っていた学校の昼休みに、校内放送のテーマソングとして、毎日流れていたメロディーでした。
冒頭にも揚げたように、この曲は『サーカス・オブ・ホラーズ』という映画のテーマ曲だったそうですが、この投稿を書くまではまったく知りませんでした。

スクリーンミュージックとして、映画のなかで使われていたのは、とても意外でした。軽快で心地よいメロディーは、まさに軽音楽そのものです。学校に通っていた頃は、曲名も誰の演奏なのかも関心ないままに、毎日のルーチンとして聞き流していた感があります。もしクラシックやロック系の曲が放送で流されていたら、当然に曲名や演奏家を直ちに突き止めていたことでしょう。

ただし、後ほど触れますが、この注目外だったナンバーは、その後、私の頭の片隅に残り続け、私の音楽嗜好を左右したのです。 

 


私の記憶では、ビリーヴォーン楽団は、ハワイアンミュージックもお得意のレパートリーでした。しかしあの頃、日本のハワイアンバンドと言えば、スチールギターを主にした、日本流のムード歌謡的「ハワイアン」が盛んで、私は好きではありませんでした。ビリーヴォーン楽団はアメリカの楽団ですが、この楽団の「ハワイアン」に対しても色眼鏡で見ていたのでしょう。ちなみに、この時代はタンゴも注目されていて、私の親の世代(大正、昭和初期生まれ)では、ハワイアン、タンゴが舶来のモダン音楽として、歌謡曲と並んで親しまれていました。




タンゴではアルフレッド・ハウゼ楽団が有名で、「真珠とりのタンゴ」「碧空」などは、酒が大好きだった父親が、何故か好きだったことを思い出します。その影響か私自身もタンゴは好きでした。この頃は、音楽の好き嫌いでも世代間で共有できて、重なる部分が多少なりともあったのです。なにしろ世代を問わず、外国からくるものはすべて目新しいものに感じられたのです。生活も娯楽文化も貧しい時代だったからです。物質面はもちろんですが、精神面においても我が国は、10年、20年遅れていたのしょう。その意味では、親も子供もスタートラインは同じだったのです。


その後、1968年になってポール・モーリア・グランド・オーケストラというフランスのオーケストラが「恋はみずいろ(Love is Blue)」という曲をリリースします。そして、この曲がビルボードチャート5週連続1位という、歴史に残る世界的大ヒットを達成します。

このヒットを機に、従来からあったパーシー・フェイス楽団、ビクター・ヤング・オーケストラ、レーモン・ルフェーブル、フランク・チャックスフィールドなどの世界の軽音楽楽団が、日本でも注目されて行きます。いわゆるイージーリスニングというカテゴリーとして、こうしたポップス系のオーケストラが一時代を築くことになるのです。70年代前後の洋楽全盛にあってポップス、ロック、ニューミュージックの他に、イージーリスニングがその一画を占めたのは画期的なことでした。なぜなら、それまで軽音楽と言えば、ホテルのロビーやデパートの店内、そしてレストランなどで、BGMとして流されていた訳です。率直に言ってBGMは脇役でしたから、異例の昇格だった訳です。


BGM的な軽音楽が主役の座に就き、「聞く」から「聴く」に格上げになった訳です。そのキッカケは前述したポール・モーリアの「恋はみずいろ」の大ヒットだったのでしょうが、音楽的に昇格できたのには、それなりの理由があったはずです。

考えられるのは、この時期の楽団の楽曲への向き合い方が、従来とは大きく変わっていったことです。なかでも、編曲の素晴らしさが、先ず挙げられると思います。

BGMは目立たないことが求められるのに対し、イージーリスニングは楽曲の個性を引き出すアレンジに方向転換し、時代にマッチした「聴かせる音楽」に大転換したのです。

さらに、もう一つの理由と言えるのは、音楽と時代との密接な関係があると思います。

我が国の歌謡曲(流行歌)の世界では、「歌は世につれ、世は歌につれ」というフレーズを耳にします。
歌(音楽)と社会(時代)は、互いに密接に関係し、影響し合いながら、変化、推移していくという意味の常套句です。

音楽は音楽の三大要素(メロディ、ハーモニー、リズム)を様々に変化させ、新しい音楽が生まれます。その原動力の一つが社会の変化です。社会は流行の移り変わりで、消費動向などに変化をもたらします。そして時代は様々な要素が絡み合って、徐々に変化し進歩(or後退)して行きます。音楽はそうした社会や時代に敏感に反応し、今日まで生き延びてきた芸術文化のだと思います。ですから、音楽は社会や時代を抜きに語ることはできないのです。

一方、「社会や時代」はどうでしょうか。恐らく、社会や時代が音楽に与えた影響力ほどは大きくないかも知れません。しかしながら、音楽も時代を確実に動かしてきたと言えるでしょう。
古くは、西洋の教会音楽やバッハ、モーツァルト、ベートーベンを初めとしたクラシック音楽の変遷。近年ではジャズ音楽やエルビス・プレスリー、ビートルズ、マイケル・ジャクソンなどの世界的スーパースターたち。彼らの音楽は世界的ブームを引き起こし、社会と時代を大きく牽引し、音楽シーンのターニングポイントを創ってきました。世界的に見た場合、その経済的効果は計り知れないし、その時代の文化芸術をも変革したと言えます。私がここで具体例を挙げるまでもありません。「たかが音楽、されど音楽」なのです。勿論、前述したイージーリスニングの台頭も、時代を動かした動機の一つと言えると思います。


思い起こせば、ビリーヴォーン楽団の「Look for a star」との出会いは、私の音楽に対する考え方と嗜好を、180度変えるターニングポイントになったと言えるかも知れません。

それまでの私は、冒頭でも触れたように、ビリーヴォーン楽団などが演奏する軽音楽を、軽視する傾向が確かにあったのです。クラシック音楽を演奏するオーケストラが絶対的に最高位にあって、それ以外は「似て非なるもの」というレッテルを、残念なことに以前から貼っていたのです。
そうした排他的な考え方にどうして至ったのか。思い出すのは、通っていた小学校で、放課後に流れていたチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」とドヴォルザークの「家路」です。帰宅を促す意味で毎日流されていた、この2曲のクラシック音楽は、6、7才の少年の心を掴んで離さなかったのです。恐らく初めは、「きれいな曲だなー」程度の軽い想いだったのでしょう。やがて深い感銘と強烈な印象は、クラシック至上主義的に、クラシック音楽を第一と考えるようになっていったのかも知れません。




「星を探して(Look for a star)」は、そうした私の「音楽をジャンルで差を付ける」ヒエラルキー的考え方を、見事に打ち砕いてくれたのです。それ以降は、「音楽をジャンル分け」することに、逆に抵抗感を持つほどになりました。それぞれの音楽が「持ち場持ち場」でそれぞれの役割を発揮することが重要で、尊いということを知ります。要するに、役割分担があるということです。ジャズ、ポップス、ロック、そしてフォークソングも、すべての音楽が無価値ということはなくて、それぞれの人たちに必要とされる音楽ジャンルがある訳です。存在価値はすべてにおいて平等なのです。
情けない話ですが、中学生、高校生あたりで、ようやく世の中の基本的な仕組みを知るのですから。



例えば、何オクターブも出せるオペラ歌手が、ポピュラー音楽のスタンダート・ナンバーを歌っているアルバムがあります。どこか様にならないと感じるのは、私だけでしょうか。実際、このような企画盤は、レコード会社の戦略通りにはセールスできてないようです。
要は「オペラ歌手はこうあるべき」、「ポピュラー音楽はこうあるべき」といった私たちの潜在意識、固定観念が邪魔をして、違和感となっているのだと思います。ただ、その企画そのものは、否定されるのではなくて、尊重されるべきだと思います。
なぜなら、上記の違和感は私たち側の問題で、オペラ歌手の歌唱力になんら問題はない訳ですから。ポピュラー音楽としてどうなのか、と言うだけのことなのです。

その意味で言えば、恐らく「星を探して(Look for a star)」をクラシックの一流オーケストラが演奏しても、ビリーヴォーン楽団の味わいは出せないということです。それでいいんだと思います。改めるべきは、音楽にジャンルという枠組みをつけた私たちなのです。

ただし、別のブログ(*)にも書きましたが、歳を重ねてくると、ジャンル分けで差別している訳ではないのですが、クラシックとジャズに好みが偏ってきます。これは、どうにも致し方ないと感じています。


*上記、別ブログは下記で参照できます。

音楽における「枯れた味わい」とは




最近は、ラジオを聞いていてもビリーヴォーン楽団の「星を探して(Look for a star)」がかかることは殆どありません。先日、アップルのストリーミング・サービス「Music」で探し、久々に聴いたのですが、何とも2分15秒という曲の短さに驚かされました。そう!昔の曲はほとんどが3分程度の短いナンバーだったのですネ。

菓子パンとコーヒー牛乳で過ごした、あの学び舎の昼休みが蘇ったようで、懐かしさとともに、何とも微笑ましいひと時を過ごすことができました。
いつも思うことですが、こんな時は、音楽の底ジカラと「ありがたさ」を感じる瞬間です。

余談ですが、冒頭で触れた校内放送のテーマソングを流していた、当時のディスクジョッキーの彼氏は、その後某テレビ局の堅実派アナウンサーになりました。アナウンサーがMCなんて呼ばれる以前の遠いむかしのお話ですが・・・


最後までお読みいただきありがとうございました。
from JDA




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