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9月, 2013の投稿を表示しています

How's everything? COFFEE BREAK: MALTA 「A Letter From September」 from ALBUM「Summer Dreamin'」

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「今年の夏は暑かった!」なんて毎年のように繰り返しているが、確かに今年は歴代の最高気温都市が、これまでの埼玉県熊谷市から高知県四万十市に移り、その最高気温も41.0℃を記録するなど、気象に関する記録をことごとく塗り替えた本当に暑い夏だったのだ。 だが、このところは朝晩はめっきり涼しくなり、秋の気配をハッキリと感じるようになった。そうなると人間というものは欲張りで、あんなにもウンザリしていた夏の暑さが恋しくなる。そんな季節にピッタリの曲が今回紹介する 「A Letter From September」である。サックス奏者MALTAのアルバム「Summer Dreamin'」の中の一曲である。  MALTA 「Summer Dreamin'」 1  Summer Dreamin'  1:11 2  Morning Flight 4:54 3  Sea Express 3:47 4  Ocean Side 4:13 5  Super Wave 2:46 6  All Through The Night 4:08 7  Fancy Walkin' 4:34 8  Sunshine Street 4:47 9  Have A Nice Day 4:01 10  A Letter From September 4:14 11  Summer Dreamin' II 3:00 リリースが1985年ということで収録曲の中にはアレンジ面でチョッと時代を感じてしまうものもあるが、それはそれで「あの時はこうだったな~!」と懐かしく思いながら楽しく聴くことができる。 今回 「A Letter From September」をアルバムの中で最も優れたナンバーとして採り上げたが、このアルバムは実はアルバム全体で一つの物語を構成しているようで、一曲を独立した形で味わい語るのは、もしかして邪道だったのかもしれない。本来、アルバムとは...

IN MY OPINION:「クルム伊達、観客のため息に切れる」それに対し当日駆け付けた観客は怒らないのか?

先日、:「クルム伊達、観客のため息に切れる」という記事を読み、とても残念だった。また、正直なところ腹が立った。誰に腹が立ったのかと言えば、当然のことながらクルム伊達に対してである。 当日、有明コロシアムの試合を観戦していた訳ではないので、偉そうなことは言えないが、テレビのニュースや複数のサイトの記事を読む限り、伊達自身に非があるようにわたしには思えた。 テニスや卓球を経験した人ならお分かりだろうが、長いラリーの末、自らのミスでネットなどしてプレーが途切れた時などは、思わず「ため息」が出るものである。それが大きな大会なら尚のこと、その落胆の度合いも大きいはずである。それは試合観戦の場合も同様ではないだろうか。そんな状況下で「ため息を止めろ」とは甚だ無理な話である。 問題のシーンはタイブレークの接戦の下での伊達のダブルフォルトに端を発し、その瞬間観客から一斉に件の「ため息」が発せられ、その際思わず上記のフレーズを彼女が叫んだという。最もこれ以前から彼女は観客のため息に対しては必要以上にナーバスになっていたらしいが。 これまで自分自身の不甲斐ないプレーに対し、自身を鼓舞するかのように大声で叫ぶプレーヤーを見たことはあったが、今回のようなケースは前代未聞ではないだろうか。 本来、自分を応援してくれる観客に対し敵意をむき出しにしては、その時点で勝敗の行方は伊達側には向いてこないのは当り前。サーブの際に観客が叫んだり、動いたりといったマナー違反があったのならともかく、「惜しい」とか「残念」の意を含んだ「ため息」が観客から出たからと言って、観客の所為にするのは問題をはき違えているとしか思えない。 彼女は自身のブログの中で、「どうして日本人の応援って悪いときはこもる感じになるんだろう??」と述べているが、その受け取り方は自分自身に問題があるからではないだろうか。確かに外国の観客はそれ程「こもらない」かも知れない。それは裏を返せば外国人の応援は日本人ほどクルム伊達を応援していないから「こもる」度合いも小さいし、「ため息」も出ないのだと思う。彼女にとってそれほどに日本人の応援は有難いはずである。そのことを彼女は冷静に考えてほしいと思う。 引退前の現役時代、伊達は、アスリートとしても人間的にも素晴らしい選手だったと思う。 現役復帰後も、かつての若さと力強さを頭...

プーシキン美術館展 フランス絵画300年 個人のマナーと開催運営に問題あり

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2013年7月6日から9月16日まで横浜みなとみらい地区にある横浜美術館でプーシキン美術館展が開かれています。 わたしが出かけたのが9月3日(火)。午前11時に着いたが、開催も終盤のためかチケット売り場は長蛇の列。夏休みの混雑を避けるため9月を狙ったが、どうやら裏目に出たようである。 横浜美術館 正面入り口 横浜美術館と並行してあるのが 最近オープンした「MARK IS みなとみらい」 美術館スタッフに尋ねると、40分待ちとのこと。この後、最終日まで恐らく連日混雑だろうということで、やむを得ず列の最後尾へ。結果的には20分程度でチケットを購入できたが、この間に二度も不快な思いをしたのには呆れるばかりである。 その一つが、列が進む度に後ろのお客からカカトへ再三のキックを受けたこと。もう一つは、いざ購入という時に、順番を守らずわたしを押しのけて行こうとした掟破りのお客がいたことである。実は待ち列は2列で並んでいたのだが、わたしのすぐ後ろの客が偶然にも揃って非常識なお客だったのである。それも所謂「おばさん」と呼べる年代の人たち。ただその二人はどうやら「お仲間」ではなかったようである。あのような状況では、車の渋滞と同じで焦ってもどうしようもないのに、何故アクセクするのだろうか。公共の場でのマナーの悪さが最近目立つが、小中学校の集団ならいざ知らず、実に情けない光景だった。 チケット売り場の列 そうこうしている間に、何とかチケットをゲットし展示会場に向かった。ところが一難去ってまた一難、今度は展示会場入口がお客で溢れているではないか。会場内は秩序というものはほとんどなく、無法地帯そのもの。作品の前でジッと立ち止まり動かないお客。そのため列らしきものはあっても、実態はほとんど進まない。大袈裟な言い方ではなく、実際に会場内を人に触れずに移動することはほとんど不可能な状況だった。その上、ここでも強引に人を押しのけて行く「おばさんパワー」が健在だったことは言うまでもない。 当日券チケット 一般1500円  係員らしき人を何人か見かけたが、誘導どころか、お客に圧倒されているといった方が正解かも知れない。あのような状況では、入場制限が妥当だと思うのだが、残念ながらその気配はほとんど感じられなかった。 美術館というチョッ...

IN MY OPINION:外来語乱用問題とNHKの放送に期待すること

かつて、NHKの放送には「こだわり」と「ポリシー(信条)」があったように思う。 ところが、最近の放送を見ていると残念ながら、そうした自負はほとんど感じられない。 その昔、長髪を理由に「グループサウンズ」が紅白歌合戦に出演できなかったことがあった。当時としては画期的な決断だったのであろうが、その毅然とした姿勢はNHKの「こだわり」と同時に好感を与えるものだった。そうした決断は当時の社会的状況からすると勇気ある行動であり、まさしく逆風だった筈である。しかしながら、そうした行動こそNHKが自身の立ち位置をわきまえた、放送に対し目指すべき姿勢ではないかと思う。 それでは、NHKのこうした姿勢は時代とともにどうして軟化してしまったのだろうか。 先ず思いつくのは、NHK 内部の不祥事問題と視聴率至上主義である。 NHKアナウサーによる暴行事件やプロデューサーの番組制作費不正支出など例を挙げれば切りがないが、そうした不祥事が立て続けに起こった。一方、番組の「やらせ」問題や「プロジェクトX」という番組での事実と異なる放送などが同時多発的に起きた。 一連のこうした事件は当然のことながらNHKの立場を悪くし、やがてその汚点をカバーするために視聴率至上主義という間違った方向を選択したのだろう。こうしたシナリオが容易に考えられる。 ただ、不祥事問題に関して言えは、それが一職員による単独の事件であるとしたら、それは致し方ないことだと思うのだが。数ある職員の中にはそうした良からぬ輩は少なからずいるはずである。それに対し組織として一定の責任をとることは確かにケジメだろうが、それによって組織の方針まで変える必要はないと考えるのは甘過ぎるだろうか。 個人的にはNHKに同情的である。当時、謝罪の特別番組なども放送し改革の姿勢を示したが、それよりも番組の内容で償ってほしかったと思う。 それ以来、NHKは視聴者に対し必要以上に媚を売っているように思えてならない。 その最たる具体例が民放化現象である。お笑いタレントの起用、食べ物を扱った番組構成、民放顔負けの「番宣」攻勢など。そう考えると、そもそもNHKは問題をはき違えているのではないかと思えてくる。独自路線を忘れ、民放の比較的視聴率の取れる番組内容を模倣するような安易な番組制作の道を選んだNHKに、輝かしい未来は見えてこない。...