忘れかけていたわたしたちの季節感
みなさんはヴィヴァルディの4つのヴァイオリン協奏曲「四季」という曲をご存知ですか? そうですよネ! クラシックファンでなくても、一度は聞いたことのある親しみあるメロディー。 ご存知の方も多いことと思います。 世界的に有名な曲ですが、日本は特にそのファンが多いようです。 そんな「四季」ですが、その存在を知られたのは意外に最近で、第二次大戦後と言われています。 わたしも、1960年代ごろからイ・ムジチ合奏団(フェリックス・アーヨ)の演奏によるLPレコードがベストセラーを長年続けていたことを当時リアルタイムで知っていました。 当時、新発見だったこの曲が楽曲的にも優れていたこともあり、あれ程の反響があったのだと思います。 楽曲は当然、作曲者ヴィヴァルディの故郷ヴェネチアの四季をイメージしている訳ですが、四季折々の風光が魅力の日本で、爆発的な人気が出たのは当然のことと言えましょう。 そんな四季ですが、最近わたしたちが抱く季節感は、一昔前に比べて薄れてきていると感じないでしょうか。 差し当たり、食物の観点から考えてみました。 OpenClipart-Vectors による Pixabay からの画像 極論すれば、いまの時代、お金さえ惜しまなければ、時期、季節に関係なくどんな食物でも食べることができるのかも知れません。それほどに現代は、技術が進み、私たちの生活は便利になり、そして贅沢になっています。 確かに昔は、例えば夏にりんご、冬にトマトは食べることができなかったはずです。 しかし、いまは野菜や果物のほとんどを一年中食べることができる時代です。 ただ、こうした「いつでも、誰でも、何でも、食べることができる」と言う状況には、二つの世の中の変化があったからだと思います。 まず一つ目は科学の進歩、技術の進歩です。野菜や果物の品種改良、魚類などの養殖技術、環境の改善、或いは外国からの輸入など、人間の努力と工夫で上記のような便利な状況を実現してきたのです。これは正しく 人類の英知の結晶による恩恵 に違いありません。 二つ目はわたしたちの生活習慣、風習などの変化、或いは大袈裟に言えば文化の変遷(乱れ?)によるものです。 minami1777 による Pixabay からの画像 例えば、お餅などはわたしの知る限り、お正月に食べるものでした。でも、いまはスーパーへ行けば一年中お餅のパ...