近頃のカフェの光景を眺めつつ想うこと
新型コロナウィルスの影響で、いま私たちの生活は弥が上にも変化を強いられている。 アフターコロナなんて用語も出現して、盛んにライフスタイルの見直しを煽り立てるマスコ ミや評論家。 わたしの中では日本をはじめ多くの国々で終息の見通しがたっていないのに、 アフターコロナなんて議論はまだまだ先の話に思えるのだが・・・ StockSnap による Pixabay からの画像 と、そんな硬い話ではなくて、今日お話ししたいのは近頃のカフェについて。 そう、わたしがよく行くみなとみらいのスタバはコロナ禍にも関わらずいつも満席。 当然コロナ対策をした上での営業なのだろうが(独りおきに座るなどして)。 そんな状況下であっても居ました居ました、ノマドワーカー気取り(*)の人たち。 何年か前からその存在が注目され出したノマドワーカーという仕事スタイル。 それを形だけ模倣したのがノマドワーカー気取りの人たち。 *「ノマドワーカー気取りの人」はわたし独自の用語 StockSnap による Pixabay からの画像 数冊の書籍と筆記具を傍らに、そしてお決まりのスマホとノートパソコン。 コレが彼らにとっての必須アイテム。 試験勉強か、ネットの閲覧か、あるいは本当のお仕事か? 何れにしても、無言。 仲間らしき人がいてもほとんど会話はない。(単独のケースが断然多い) そして最も特徴的なのは、まわりを殆ど気にしないこと。 自分の周辺にどんな人がいるのか心配ではないのか? まったくの警戒心ゼロ!わたしには信じられない。 思うに、パソコンを操作しながら、キョロキョロとあたりを気にしているようでは、 「ノマドワーカー気取り」はまだまだ本物ではないのだろう。 Peter H による Pixabay からの画像 ところで、わたしたちの時代を振り返ると、「カフェ」という響きは高級なイメージがあっ て、そう名乗れるのは銀座辺りの喫茶店、パーラーに限定されていたような・・・ それよりも「喫茶店」略して「サテン」という響きの方が我々には身近に感じる。 自由が丘、渋谷、原宿、池袋など若者が好きな駅周辺にあって、ほとんどが狭い間口で 階段を地下に降りるか、あるいは二階に上がって行くのが定番だった。 そして、奥に進むと薄暗い店内が広がっているというのがサテンのイメージだ。 これが当時の流行だったのだろう、そんな構造の店が多か...