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音楽における「枯れた味わい」とは

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 幼少の頃「オーケストラの指揮者になりたい」という浅はかで無謀な夢を、抱いていたことがありました。当然、夢はかなわず、音楽とは無関係の道を進んだ訳ですが、それでも音楽(色々なジャンル)を愛する、楽しむという心は今日まで忘れたことはありません。 最近、年齢を重ねることで、そんな音楽に対する考え方が、自分の中で少しずつ変わってきた気がします。更に、私が生まれる以前から愛されてきた、スタンダード・ナンバーという沢山の素晴らしい曲が、少なくともわが国では忘れられようとしていることが残念でなりません。 そんな訳で、今回は音楽について思いついたことを書いてみました。 現代音楽シーンへの疎外感と世代間の遊離 私は、最近の若い世代に流行の音楽や、活躍しているミュージシャン、グループの名前さえ分かりませ。50代の頃までは、世の中のミュージックシーンに何とか着いて行ける自信があったのですが、現在は70代。「完全に取り残された」という強い疎外感は否めません。 かつては音楽全般で、親と子の世代で共有できる部分(音楽のジャンル、ミュージシャンなど)もありましたが、現在はその共有部分が失われ、世代間の遊離が完全に進んでいるように感じています。 この背景には、インターネット社会における流行の急激な変化や、エンターテインメントの裾野拡大、そしてアーティスト名、グループ名の複雑さなどがあって、それらが大きな壁となっていると考えられます。こうした「ネガティブ・スパイラル」は私たち年配者にとっては厄介です。 情報の氾濫によって選択肢が無限に拡がった現代は、一見自由で恵まれた状況のように見えますが、若い世代のリスナーは過去の音楽への関心が薄いため、実は「選択肢が狭まった」という見方もあって、結果として若い世代の音楽嗜好も、ラップ系など一部のジャンルに偏っているように感じます。ところが、聞いた話では今の10代、20代の人たちは音楽のジャンルはボーダーレスとのことで、私の見方は非常にアマかったようです。 「スタンダード」という人類の遺産 私は、かねてから音楽における「スタンダード・ナンバー」の重要性を感じていました。「スタンダード・ナンバー」とは、はじめからスタンダードだった訳ではありません。長い年月を経て多くの人々に歌い継がれ、語り継がれて、結果として認められた名曲のことです。 私は「ホワイト・クリ...