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エクスプローラーは動作を停止しました。

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「エクスプローラーは動作を停止しました。」の問題を考える。 原因は、やはりバッティング問題にあったか!? ご自身のPCで「エクスプローラーは動作を停止しました。」という下図のようなメッセージがでて、思った処理ができずに困ったという経験はないだろうか。 *実際は、赤丸の部分には起動中のプログラム名が表示されている。  利用OSにより画像は若干異なるかもしれない。 わたしは少なくともこれまでに2回あります。 1回はあの最悪のOS「Windows Vista」上でのこと。そして2回目が「Windows 7」上でです。 しかし、ネット等で調べてみるとこの手の問題は意外と多くて、信頼性の高かった「Windows XP」でも発生していて、思った以上に根が深いようです。 そこで今回は、長年にわたりWindowsPC上に付きまとい、わたしたちを悩まし続けてきたこのエラーメッセージについて、わたしのこれまでの経験とわたしなりにどう対応してきたかを述べたいと思います。 エラーメッセージが出たタイミング Windows Vistaの場合: エクスプローラー上でファイル等の移動をドラック&ドロップで行なうと、「エクスプローラーは動作を停止しました。」というメッセージがでてエクスプローラーが強制終了。 Windows 7の場合: エクスプローラー上でLAN接続の外付けHDD内のフォルダのプロパティを確認しようと右クリックすると、コンテクストメニューが白紙状態で現れた途端、「エクスプローラーは動作を停止しました。」のメッセージが出てエクスプローラーが強制終了。 因みに、ローカルのフォルダの場合は同じ操作をしても正常にプロパティを開くことができた。   どんな対応をしたか Windows Vistaのときは、日頃から起動、処理、終了等の動作がすべてに於いて重たいと感じていたので、タイミング的に「Windows 7」にアップグレードしようと考えていたため、この問題をそれ程深刻に考えていなかった。その上、幸いにもアップグレードとともにこの現象は解消されてしまったため、原因を追究するまでに至らずにいた。 Windows 7では、この現象に気が付いたのが最近のことで、そのとき考えたのが直近、乃至は最近行った処理、ソフトのアップグレード、...

アンディ・ウィリアムスを偲んで

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「2012年9月25日、アンディ・ウィリアムス84歳で死去」というニュースをサイトで知った。 正直、最近の私の生活の中では、ほとんどその名前を意識することはなかったアンディ・ウィリアムス。だが、2か月くらい前に、偶然にもこのお得盤アルバムをタワーレコードで買い、聴いたばかりだったのだ。 彼の、映画音楽をはじめとする代表曲とクリスマス・ソングを集めた3枚組のアルバムだ。 その時、久々に聴いたアンディは、記憶にあったアンディそのもので、甘く、せつなく、ある時は軽やかに名曲を歌い上げる。受ける印象はまったく以前と変わらない。 懐かしさと癒しとを感じさせてもらい、本物のボーカリストの上手さを改めて教えてもらった感があった。 最近はどうしているのだろうと懐かしく思っていたのに・・・ そう言えば以前、私はハワイのマウイ島を旅行したことがあった。その時現地のツアーガイドが、ラハイナの街をバスで通った際に、こんな話をしてくれたことを思い出した。 ラハイナにあるシアターのようなところで、アンディ・ウィリアムスがディナーショーをやっているとのことだった。嘘か本当かは定かでないが、往年のアンディがそんなところでショーをやっているなんて信じられなかったし、ちょっと寂しい気持ちにもなった。 でも、「ハワイアン・ウエディング・ソング」も彼の代表曲だし「考えられなくもないな」なんて、いとも簡単に納得したことを今でも覚えている。 アンディ・ウィリアムスを初めて知ったのは、はっきり覚えていないが中学生くらいの頃だったと思う。 当時の私は音楽は洋楽、映画は洋画と、典型的な「 向こう かぶれ (注) 」少年だった。 環境による要因が大きかったと思うが、当時は日本全体がそんな傾向だったように思う。 アメリカやヨーロッパに憧れ、向こうのものならなんでも良いという時代だったのだ。 いわゆる、ポピュラーソングに目覚めさせてくれたアーチストのひとりだったのだ、アンディは。 ただ、負け惜しみではないが、確かな判断も自分の中ではあったと思う。 なぜなら、アンディ・ウィリアムスのファンになったのだから。本物を見極める目はあったのだ。 当時、彼と同じ路線を行っていたボーカリストはたくさんいたはずだ。 いわゆる「甘いスタンダード・ナンバーを歌う正統派路線」である。 ペリ...

マウリッツハイス美術館展へ

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MAURITSHUIS   マウリッツハイス美術館展 へ行ってきました ~オランダ・フランドル絵画の至宝~ あの謎めいた瞳を見たいがために  東京都美術館入口手前にあるオブジェ   当日の正面受付の様子 オンラインチケットだったので、代わりにこのチケットをくれた。 わたしが初めてフェルメールの実物を観たのは確か「窓辺で手紙を読む女」という作品で、さらに話を遡るとフェルメールという画家を知ったのも、雑誌等に掲載された「窓辺で手紙を読む女」だった。正直、このときの雑誌の写真からは、特別なものはなにも感じなかった。 ところで、この「窓辺で手紙を読む女」の実物作品との出会いには面白いエピソードがある。 その出会いは、1974年、ドレスデン国立美術館所蔵の作品を展示した「ヨーロッパ絵画名作展」でのことである。場所は国立西洋美術館である。 わたしの記憶では、当時の我が国ではフェルメールはまだまだマイナーな存在だったように思っていたが、この時の公式図録をみると、確かにフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」が表紙を飾っていて、主催者側のウリはこの作品だったことに間違いはなさそうだ。どうやら、この頃からフェルメールブームは静かに始まっていたのかも知れない。  「窓辺で手紙を読む女」を表紙にした 当時の「ヨーロッパ絵画名作展」図録  (1974年) この頃は学生だったので、時間はいくらでもあり、絵画展へはよく出かけていたが、「ヨーロッパ絵画名作展」へはこの「窓辺で手紙を読む女」を観ることが目的だったのかどうか、その辺のことはほとんど自分自身でも記憶がないのだ。 ただ、この作品を見た瞬間の感動だけははっきりと覚えている。 当時、自分自身が大学生だったことを考えると、作品の良し悪し、歴史的背景云々はともかくとして、この作品全体が醸し出すオリジナリティーやエネルギーに圧倒されたのだと思う。それ以降、この作品をきっかけにフェルメールに興味を持っていくのであるから。  「窓辺で手紙を読む女」 このように、この作品との出会いは偶然だったのか、必然だったのか、その辺りは未だに 定かでないが、こうした訳のわからぬ出会いこそ、世に云う「運命的出会い」というのだろうか? 「ちがうって!」と周囲からは否定...

東日本大震災から1年半 被災地は今・・・

東日本大震災から 1年半 被災地は今・・・  2012年9月11日、あの痛ましい出来事から1年半が経過した。  しかし、被災地では未だに仮設住宅等で不自由な生活を強いられている被災者は多い  また、昨日(9/11)の新聞報道によれば、行方不明者は2814人と信じられない数字である。  現地では、不明者の捜索が今もなお行われていると聞くが、時間の経過とともに、捜索の困難さは一層厳しさを増すことだろう。 ご家族や関係者のことを思うと心が痛む。 と同時に、捜索に当たられている方々の努力に只々頭が下がる思いだ。  1日も早い不明者の発見と犠牲者の冥福を祈るばかりである。 死者:15870人 不明者:2814人  (9月10日現在)