本の紹介:「セロニアス・モンクのいた風景」 村上春樹 編・訳  新潮社


「ジャズ・ピアニストのなかでだれが好きですか?」と問いかけられたとき、
「ビル・エヴァンス」ではありふれているし「オスカー・ピーターソン」では初歩的で箔が付かない。
そんな時チョッとマニアックに聞こえて便利なピアニストが「セロニアス・モンク」かも知れない。
取り敢えず「セロニアス・モンクが好き」なんて答えておけば、ジャズの初心者とは思われず無難な回答になるのだ。
今回紹介する一冊は、そんな乗りで購入した「セロニアス・モンクのいた風景」という本である。


セロニアス・モンクというジャズ・ピアニストは、わたし自身としてはとりたてて好みのピアニストではない。
彼のCDも数えるほどしか持っていないが、一応は押さえておかなければいけないピアニストだと思ってはいる。
それに、こうしたジャズ談義の際、都合よく使えるピアニストでもあるからだ。

ところで最近、わたしの中でジャズの原点回帰のような現象が起きている。人それぞれジャズの原点はあるのだろうが、わたしの場合、暇さえあれば薄暗いジャズ喫茶に籠っていたあの大学時代である。昨今のヨーロッパ系の洗練されたジャズを聴いていると、マイルスやコルトレーンの時代のジャズ、所謂、ジャズ喫茶全盛時の演奏スタイルというか音が恋しくなり、ジャズを聴く場合はその辺を聴くことが多くなっている。

最近のヨーロッパ系の特にピアノトリオなどは聴いていて心地よいのは確かだが、どれもみな平均点で独自性を感じない。
何か物足りないのである。


そんなタイミングで書店で目に止まったのが、この村上春樹氏の「セロニアス・モンクのいた風景」という本だった。


結論から言うと、一番印象に残ったことは、本の内容というよりも編集・翻訳者の村上春樹氏の読書量の凄さだった。
これだけのセロニアス・モンクに関する記事・書籍を精選するには、採り上げた著作の数倍、数十倍のジャズ関連の書籍類を読んだに違いないと想像できるからだ。
セロニアス・モンク云々や内容に関して云々という以前に、そんな彼の凄さが印象に残ったのである。

この本はジャズピアニスト「セロニアス・モンク」に関する村上氏自身のエッセイも含まれているのだが、主体は様々な音楽関係者のセロニアス・モンクに関する著作物を蒐集したものである。
ジャズ評論家、レコードプロデューサー、ジャズ・プレイヤーをはじめとしてモンクが生前に関わった人たちなど収められた著作のメンバーは実にバラエティーに富んでいる。

どれも通常のジャズ歴史書には載っていない、虚飾されていない生身のセロニアス・モンクであり、
謎が多く、変人と定義されることが多いこのピアニストのまったく別の一面を知ることができて興味深い。
だが、読後感はやはり村上春樹という人の、ジャズに対する貪欲なまでの探求心というか追究の姿勢の凄さである。


ところで、わたしはこれまでに村上春樹氏自身の小説をお恥ずかしいことに一冊も読んだことがない。
特段、彼の作品を毛嫌いしている訳ではない(好き嫌いの判断は対象を知ってからのことと常々思っているので)のだが、これと言った明確な理由はない。
人が騒ぐもの、注目するものに対しては多少なりとも拒否反応を示すという、元来へそ曲がりな性格なので、強いて言えばそんなとこが要因なのかも知れない。

ただ、村上氏のクラシックやジャズに対しての圧倒的とも言える造詣の深さには常日頃から脱帽しているのだが・・・
ちょっと前になるが、指揮者、小澤征爾氏との対談集「小澤征爾さんと、音楽について話をする」も読ませてもらった。


この本は、対談集とは言え、村上氏が「指揮者、小澤征爾」にインタビューするという形式で終始一貫しているが、そのインタビューに於ける問いかけの質の高さに先ずは驚かされた。
それは長年のコンサートやクラシックレコードの収集・鑑賞をつみ重ねたからこそ生まれる疑問であり、好奇心だ。
村上氏のクラシックに対する思い入れもジャズに劣らず凄まじいものがあると感じた一冊だった。
無論、そうした鋭い質問に対しても、即答に近い形で的確に答える指揮者、小澤征爾の凄さにも感心したが・・・


br />
その知識の質量では村上氏の足元にも及ばないわたしの趣味の世界だが、音楽を愛するという共通性を見出せたことがキッカケで、これまでに彼の翻訳による海外本(例えば、「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」村上春樹 編訳 中央公論新社)などにはいくつか触れることができた。
ただ、彼自身の小説の世界まで入り込まなかったのは、前述の「へそ曲がりな性格」以外に「ある種の恐れ」があったからだろうと最近思うようになった。
それは甘い蜂蜜の味を知ったあのクマのプーさんの悲劇のようなもので、恐らくは、奥深く魅力的な「村上ワンダーワールド」から抜け出せなくなってしまうのではという、わたし自身の勝手な警戒心なのかも知れない。

今回、この「セロニアス・モンクのいた風景」という本を読み、人間「村上春樹」の魅力はわたしの中では更に増したことは確実だが、同時に例の警戒心もまた益々膨らんだようである。
先ずは深入りせずこれまで通り、彼の評論やエッセイの世界に留めておくこととしよう。

<わたしが持っているセロニアス・モンクの主なCD>




コメント

< これまでによく読まれている記事 >