あの頃、僕のシネマ パラディーゾ: 「栄光のル・マン」



「栄光のル・マン」のDVDを久々に観た。
かつて、わたしが映画少年だったころ、大画面のスクリーンで観たあの迫力とは当然のことながら比較にならないが、俳優スティーブ・マックイーンがこの映画で伝えたかった思いは、あの時よりはずっとストレートに伝わってきたよう思う。
というよりも、当時10代だったわたしは、マックイーンの制作意図など知る由もなく、只々カーレースの迫力とマックイーンのレーシングスーツのカッコ良さばかりに注目していたからだ。
制作者の思いを読み取るなど、当時の自分の映画の見方からは到底考えられない。
カッコいいマシンとスピードへの憧れだけが、あの当時のわたし(わたしたち)のすべてだったように思う。

栄光のル・マン
主人公マイケル・デラニーに扮した
スティーブ・マックイーン
ル・マンとはフランスの中心部より西寄りの都市で、その郊外で毎年行われる24時間の耐久レースのことである。
当時も今も耐久レースと言えば、数あるレースの中でも最も過酷なレースのひとつで、出場するチームは文字通り耐久性という「クルマの性能」を第一に試される。
また、もうひとつ注目すべき要素は、そのクルマを運転するドライバー(2人が交代で運転する)の運転テクニックと体力。
特に、このル・マンの大会は体力と集中力が最も重要な要素になっている。
この映画は、そんな過酷なル・マン24時間耐久レースを題材にしたスティーブ・マックイーン主演のカーアクション映画である。


舞台はフェラーリとポルシェが人気実力ともに拮抗していた1970年前後のル・マンである。
因みに、日本でのあの爆発的なスーパーカー・ブームは70年代後半に起こっているが、この映画による影響かどうかはわたしにはわからない。マニアックな人たちにとっては少なからず影響はあったと想像される。

ル・マン優勝の歴史を調べてみると、各有名自動車メーカーが代わる代わる一時代を築いてきたことがハッキリとわかる。
ブガッティ、プジョー、ジャガー、フェラーリ、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、アウディなど錚々たるメーカーが名を連ねているが、レース上での栄光はどこも永くは続かなかった。
まさに栄枯盛衰の歴史と言える。

そんな移り変わりの激しさは、自動車メーカー間の開発競争の凄まじさそのものである。
映画はドキュメンタリータッチで展開されていて、一見そうしたクルマメーカーの熾烈なライバル競争を扱っているかに思うが、映画が訴えているのは必ずしもそうではない。

映画制作当時は、73年の第一次オイルショックの数年前で、石油危機が訪れるなど予想もしなかったであろうから、ガソリンは使い放題の時代であった。
省エネ意識など全くと言ってよいほどなかった時代で、タバコなどはいつでもどこでも吸い放題で環境への配慮など無関心だった時代である。
そうした時代背景にあって制作されたと言うことを意識してこの作品を観ると、とても注目すべき点に気が付く。それは主人公(スティーブ・マックイーン)の知人の女性リサ(主人公とは複雑な関係にある)が発する次の短い台詞である。

「そんなに大切なの?速く走ることが?」

これは、大観衆の声援とモンスターマシンが放つエンジン音が入り交じる喧騒の中にあって、ひと時の安らぎを感じさせるほっとさせるシーンでもあるのだが、長丁場のレースの合間に主人公のドライバーとリサが交わす会話は奥が深い。

その言葉は、前年の同大会でレース中の事故で愛する人を亡くしたリサのレーサーの未亡人としての切ない一言だが、この言葉はこの映画全体を通して貫かれたテーマであり、映画を見ている我々への問いかけでもあったのだと思う。
恐らく、俳優としてではなく、人一倍クルマを愛した一人の人間スティーブ・マックイーンとしての実世界でのジレンマでもあり、彼自身の人生の未解決テーマだったのだろう。

速さと強さを追求する男性の立場と安心・安全という平穏を祈る女性の立場の違いが端的に表現された素晴らしい台詞である。

制作に当たって、前述のドキュメンタリータッチを重視したことや当時の有名俳優を起用しなかったことなど、いくつかの点で制作スタッフと意見が噛み合わぬまま推し進められたことなどが禍して、興行収入は期待したほど振るわなかったらしい。皮肉なことに、これ以降俳優スティーブ・マックイーンは財政的にピンチをむかえる。
作品への拘りをソコソコに、ある意味平凡な制作をしていれば、題材的には成功した作品だっただろいに・・・。
俳優スティーブ・マックイーンの意地とプライドがそれを許さなかったのも、なんとなく解る気がして複雑な思いである。

マックインは予想していた訳ではないだろうが、この映画の数年後、世界は想定外の経済危機に直面して行く。
そして、これ以降、我々の意識は省エネ問題と温暖化などの環境問題へと向けられ、大きく変わって行く。
映画の中での「そんなに大切なの?速く走ることが?」というワンフレーズは、リサという女性の命を大切に思う気持ちから発せられていたので、厳密には意味合いは違うのだろうが、改めて今この映画を観直すと、その後の世界を完璧に暗示していたとも取れ、とても重たく感じる。

このワンフレーズは当時のわたしたち、そして現在のわたしたちへの警鐘であり続けているのだと思いたい。、
言い換えると、「経済も社会も、そしてわたしたちの生活もそんなに急がなくてようのでは?」とわたしたちに訴えかけているようで・・・

ただ、穏やかな場面での、さり気ない台詞だっただけに、当時のわたしのように何となく見過ごしてしまいがちだが、こうして見直して観ると強烈に印象に残る名場面だったことが解る。

名作と呼ばれる映画は時が経つと、もう一度観てみたいと思うものである。
そんな時、今回のような新たな発見があると、映画の魅力を再確認してこれまた奥深くへと惹きこまれて行く自分自身を致し方ないと思うのである。
(cinema_001)
2014/12/10_JDA


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