ジム・ホールを偲んで

あの「アランフェス協奏曲」でお馴染みのジャズ・ギタリスト、ジム・ホール氏が今月10日ニューヨークの自宅で亡くなったという訃報を聞いた。多くのジャズファンにとって悲しい出来事であったにちがいない。私にとっても彼は、私自身をジャズ音楽という限りなく魅力的な世界に導いてくれたアーチストのひとりだっただけにとても淋しい思いだ。今回はそんな偉大なジャズ・ギタリスト、ジム・ホールに敬意を称したいと思う。

その昔、クラシック音楽一辺倒で本格的なジャズ音楽には違和感を感じていた私をフージョン/クロスオーバーというクールな音楽でジャズへの橋渡しをしてくれたのがジム・ホールであり「アランフェス協奏曲」だった。その意味で私自身のちっぽけなジャズ史に於いて、掛け替えのない存在だったのだ。

私とジム・ホールとの出会いは、何と言っても1975年の大ヒットアルバム「Concierto アランフェス協奏曲」を購入した時から始まる。購入のキッカケなど詳しいことは覚えていないが、アルバムを聴いたときの衝撃は忘れることができない。一見007のション・コネリーを思わせるその風貌にカッコ良さと親しみを覚え、何故か惹きつけられた。どこか人の好さそうな「ジムおじさん」と言った雰囲気も醸し出していて、その演奏スタイルとともに人間的な温かみを感じたものである。

この曲は当時の所謂フージョン/クロスオーバーの代表曲だったのであろうが、私にとってはそんなカテゴリー云々よりも彼らの演奏から受ける心地よさに只々酔いしれたものである。
「ジャズって聴きやすいかも」なんて、ジャズの奥深さも知らず得意気な顔をしていたその頃の自分自身を思うと、恥ずかしい。だが、このジム・ホールの「アランフェス協奏曲」がたとえジャズではなくフージョン/クロスオーバーに分類されようと、未だに多くの人たちに愛され聴き継がれている名曲であることに変わりはないのだから、当時の私の耳も大したものと褒めて頂いても良いのかも知れない。

当時からクラシックの名曲をジャズ化する試みはジャック・ルーシェのバッハをはじめとして前例はいくつかあったが、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」は選曲の意外性もさることながら、それ以上にアレンジの素晴らしさが際立っていたように思う。ジャック・ルーシェのバッハは何処まで行ってもバッハの領域を出ていなかったが、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」は原曲の作曲者ロドリーゴから完全に遊離し、まったくの別物を聴いているような印象を受けた。そして、先述した心地よさがこの演奏の最大の魅力になっているのだと思う。今でいう「癒しの効果」に通じるのかもしれない。

更に、このアルバムで驚かされることは、参加ミュージシャンの豪華さである。彼らの名前は当時の無知な私にとっては単なる無名演奏家の集まりだったが、今改めて確認すると贅沢過ぎるほどの錚々たるメンバーによる作品だったことが分かる。
現在に置き換えて、このメンバークラスでアルバムを制作しようとしても実現は不可能であろう。
ただ、当時としてはこうしたケースはそれ程珍しいことではなかったが・・・

最初、このアルバムはLP レコードでの購入だった。その後CDとして発売された時も再び購入し、今また最新リマスタリングCDにも関心があり購入したいと考えているくらいである。
思えば、最初の購入から30年以上が経過し、今もこれ程までに定期的に愛聴しているアルバムは数少ない。
これからの私のリスニングタイムの中で、これまで以上にジムおじさんの「アランフェス協奏曲」は流されることだろう。
ジャズのナンバーでも19分18秒はとても長い演奏である。だが、その19分18秒が物足りなく感じるのがこのジム・ホールの「アランフェス協奏曲」の演奏である。
今はただ、その演奏にジッと耳を傾け終わりのないことを願うばかりである。
ジャズ界の巨星がまたひとり去ってしまったことの無念さと哀しみを噛みしめながら。


ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」1975年4月録音


g : ジム・ホール
p : ローランド・ハナ
b : ロン・カーター
ds : スティーヴ・ガッド
tp : チェット・ベイカー
as : ポール・デスモンド
1975年4月録音

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