音楽聴きくらべ_007「FRAGILE フラジャイル」


課題曲

#007  FRAGILE フラジャイル
STING スティング

洋画や海外ドラマを観ていると「Fragile」という単語、見かけませんか?
例えばこんなシーン。ネットショップデリバリーが主人公宅にダンボール箱を届ける。そこに貼られたステッカーに書かれているのが「Fragile」という見慣れない単語である。そう日本でいうなら「割れ物注意!」といったところか。
英和辞書で調べてみると「脆い」「儚い」なんて訳が載っているけど、私がこの単語を最初に知ったのは、スティングの「Fragile」というタイトル曲でだったと思う。
今回採り上げるのはそんな奇妙なタイトルが付いたスティングの名曲「Fragile」である。
ポリスが自然消滅後、ソロ活動を開始したスティングが3年ほどしてリリースしたアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」に収録された一曲。このアルバムはソロとしてはの3枚目のアルバムで、一曲を除きすべて自身のオリジナル楽曲で構成されている。気力、体力、モチベーションとすべての点で最も充実した時期のアルバムだと思う。そのためアルバムとしての評価は依然として高い。
このフラジャイルという曲、独創的で魅力的なメロディー展開も然ることながら、歌詞の内容は相変わらず難解で、彼の云わんとする世界は私たちの想像の域を遥かに超えたところにあるようだ。一見それは人間の脆さ、人生の儚さを謳っているように思えるが、彼が用いる比喩やフレーズはあまりに主観的で飛躍に富んでいるため、私たちはその全体像を掴むことができなくなる。彼の豊かな感性、表現力ゆえに、その向こう側にもっと別の何かが暗示されているのではと、どうしても想像してしまうのだ。どうしてこんな詞が書けるのか只々脱帽である。
しかし、この楽曲の魅力は何と言ってもメロディーの美しさだろう。人間の脆さ、儚さを謳ったこの曲の歌詞は哀愁を帯びた旋律に溶け込みながら、どこか頼りなく彷徨いながら、必死に行き場を探しているようだ。
スティング自身のナンバーを聴いていると、そんな切ない情景が目に浮かんでくる。
まったくの個人的感想だが、このフラジャイルを聴くと、ジャン・レノ主演の映画「レオン」のエンディングに流れたあのテーマとオーバーラップするのは私だけであろうか。あのスティングが歌うエンディングテーマ、主人公レオンの生き様、切ない後姿に何ともハマっていけど、あの場面で代わりにこのフラジャイルが流れても何の違和感がないように思う。むしろ相応しいとさえ思う。
 
ところで、私のコレクションをチェックしてみたら、この「Fragile フラジャイル」というナンバーを収録しているアルバムが、スティング本人のアルバム2枚を除いても8枚あった。その内6枚がジャズ系アーチストのもの。スティングがロックというひとつのジャンルに留まらない、器の大きいミュージシャンであることがこんなところからも窺えるようだ。
 
今回、この記事を書くに当たり、各アーチストの「フラジャイル」を改めて聴いてみたが、それぞれが独自性を発揮して「~的フラジャイル」として見事に自分のものとしていた。

まずはスティング本人の2枚から紹介していこう。
 

◆ 「...NOTHING LIKE THE SUN」
  STING スティング

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「...NOTHING LIKE THE SUN」
アルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」1987年10月 3枚目のソロ・アルバム
思い起こせば、このアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」を購入したとき、このフラジャイルという曲を私は知らなかったと思う。アルバムを聴き終えた後も、サンタナの「哀愁のヨーロッパ」を初めて聞いた時のような衝撃は正直なところなかったように思う。何度か聴きかえすうち、この楽曲が持つ歌詞におけるメッセージ性や旋律の新鮮さ、美しさに徐々に惹かれていった。それにも況して心惹かれたのは、タイトルの「Fragile」という言葉の意味と響きそのものだったのかもしれない。
それまでスティングというミュージシャンを正直それほど評価していなかったが、これ以降注目してゆくアーチストの一人になった。

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◆ FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING 1984-1994
   STING スティング

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FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING
FIELDS OF GOLD   THE BEST OF STING 1984-1994
このアルバムはソロとしてスタートしてからほぼ10年目にリリースされた。ライブ盤を除く、彼のオリジナルアルバム4枚の中からのベスト盤である。 実はこのアルバムには、当該曲「Fragile フラジャイル」が2曲入っている。
1曲はアルバム「...NOTHING LIKE THE SUN」に収録されているもの。もう1曲はラストの17曲目に収録されたスペイン語ヴァージョンの「Fragile」で、この曲のファンとしてはこの企画に感謝したい。

 

◆ BEDTIME STORY
   BILLY CHILDS TRIO ビリー・チャイルド・トリオ


BEDTIME STORY  BILLY CHILDS TRIO
BEDTIME STORY  BILLY CHILDS TRIO
 ピアノトリオによる本格的なジャズナンバーとなっている。演奏しているビリー・チャイルズの経歴を調べると幼少のころから正統派の音楽教育を受けており、 プロとしてのキャリアも10代からと長い。更にジャズ・ピアニストという演奏家であると同時に、作曲、編曲も手掛けている。そのためか「フラジャイル」の演奏も曲自体の旋律の美しさを残しつつ、完全にジャズ化しているところは流石である。このアルバムは彼が影響を受けたハービー・ハンコックの曲を中心に構成されているが、スティングの「フラジャイル」だけが浮いているということは決してない。
ピアノ・トリオのアルバムとしてお気に入りの1枚だが、その中でも「フラジャイル」の編曲ならびに演奏は見事である。2000年にリリースされているが、このアルバムのようにトータル的に満足できるアルバムは最近ではめったにお目にかかれない。

 

◆ GLAMOURED
   CASSANDRA WILSON カサンドラ・ウィルソン 

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GLAMOURED  CASSANDRA WILSON
GLAMOURED  CASSANDRA WILSON
これもジャズ系女性ヴォーカルのカサンドラ・ウィルソンによって採り上げられたフラジャイル。彼女独特のスモーク掛かった歌声で淡々と歌われるフラジャイルは、本家スティングの女性版といったところか。これも捨てがたいシブい1枚である。

 

 

◆ FRIENDS CAN BE LOVERS
   DIONNE WARWICK ディオンヌ・ワーウィック

FRIENDS CAN BE LOVERS  DIONNE WARWICK
FRIENDS CAN BE LOVERS  DIONNE WARWICK
大御所ディオンヌ・ワーウィックもこの「フラジャイル」を採り上げている。
ユッタリとした大人の雰囲気でメロディーを崩すことなくソウルフルに歌っている。
当時のライナーノーツを読むと、この曲はジャズ畑のハーヴィー・メイソンがプロデュースとありその点では意外だったが、アレンジはメロディーを重視したおとなしいものになっている。
このアルバムは1993年、ディオンヌのデビュー30周年を記念してリリースされたものだが、60年代バート・バカラックの作品を歌っていたころの彼女の声質、声量そのもので流石だ。硬質で透き通った氷のような彼女の「フラジャイル」は本家スティングやカサンドラ・ウィルソンのそれとは対照的である。
余計なことだが、このアルバムには5曲目に「Love will find a way 愛はいつまでも」という曲が入っている。昨年2月48歳という若さで亡くなった彼女の従姉妹ホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲である。アルバムのリリース年から考えて映画「ボディガード」のころで、ホイットニー全盛時の歌声だと思う。
あらためてこの曲を聴いてみると、平凡な表現だが彼女たちの歌のうまさを痛感する。また、曲がホイットニーの代表曲ではなく、ある意味無名のナンバーであるが故になお更心打たれたのかもしれない。

 

 

◆ DANCING QUEEN
   EUROPIAN JAZZ TRIO ヨーロピアン・ジャズ・トリオ

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DANCING QUEEN  EUROPIAN JAZZ TRIO
DANCING QUEEN  EUROPIAN JAZZ TRIO
彼らは世界中の名曲という名曲をレパートリーにしている観があるが、さすがにこの「フラジャイル」はないだろうと思っていたらしっかりとありました。
この「DANCING QUEEN」というアルバムの2曲目に収録されていたのです。と云うことは裏を返せば、それほど記憶に残っていなかったナンバーということになる。
確かに辛口批評でいえば、アルバム全体も平凡な出来かもしれない。
購入当時をはっきり覚えていないが、このころは「EUROPIAN JAZZ TRIO」のアルバムは出れば必ず買うという熱の入れようだったのかのしれない。ジャケ買い的要素の強いアルバムでもある。

 

◆ CROSSCURRENT
   JAKE SHIMABUKURO ジェイク・シマブクロ


CROSSCURRENT  JAKE SHIMABUKURO
CROSSCURRENT  JAKE SHIMABUKURO
 ウクレレの貴公子ジェイク・シマブクロの初期のアルバム「CROSSCURRENT]の中の一曲。
ジェイクはハワイアン・ミュージシャンでありながら、あらゆるジャンルのナンバー特に本土の音楽に関心があるようだ。彼のようにハワイにあってコンテンポラリーミュージックを目指すハワイ出身のミュージシャンは多いが、そうした連中もやがてはローカルなトラディショナル・ミュージックやフラ・ミュージックへと移行していくのが常だ。そんな中ジェイクのスタンスは相変わらず一定で、コンテンポラリーミュージックに固執し意欲に満ち溢れている。
以前、ハワイアン・ミュージックを紹介している私の別サイトで、彼の商業主義的行動(ハワイのミュージシャンにしてはアルバムを頻繁に出しすぎていること等)に対し賛同できない旨のコメントを書いたことがあったが、そのことは別にして彼の音楽に対する姿勢には感心する。
話の本筋であるジェイクの「フラジャイル」に話を戻そうと思ったが、戻すどころか未だ話に入っていないことに気が付きました(笑)。前置きが長く本題が希薄になった観はありますが、挫けず本題に入ります。
端的に言って、冒頭の一音からジェイクとわかるジェイク節炸裂といったところでしょうか。テンポはオリジナルのスティングのナンバーよりはずっと速くて、曲の雰囲気はガラッと違っているけど、オリジナルを知らずにこちらを先に聴いたら違和感は全然なくて、カッコいい曲と思うに違いない。

 

◆ MY LIFE
   JULIO IGLESIAS フリオ・イグレシアス 

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MY LIFE  JULIO IGLESIAS
MY LIFE  JULIO IGLESIAS
「MY LIFE」とタイトルされた2枚組ベストアルバムのDisc1に収録されている。もともとフリオのような歌のうまい人がフラジャイルのような曲を採り上げて成功しない訳がない。
イントロといい曲全体の雰囲気(アレンジ)といい曲の構成は、今回紹介するアルバムの中で一番スティングのそれに近いかもしれない。
ただ、仕上がりはやはりフリオそのもので、彼独特の世界を創っている。
 

 

 

◆ FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE
   RACHEL Z TRIO レイチェルZ トリオ

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(*下記アルバムではありませんが、レイチェルZトリオのフラジャイル試聴可)
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FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE  RACHEL Z TRIO
FIRST TIME EVER I SAW YOUR FACE  RACHEL Z TRIO
今回紹介するアルバムの中では最もオリジナルからかけ離れた作品かもしれない。本名レイチェル・C・ニコラッソ率いるレイチェル Z トリオは彼女のピアノを中心としたジャズのグループだが、どちらかというとフュージョン系に近いセッションとして知られている。それ故、レパートリーは主にロック系ミュージシャンの楽曲が多く、スティングのフラジャイルを採り上げるのも当然といえる。
仕上がりは軽快なテンポのラテン系のノリでリズミカルに突き進んで行くといった感じだ。まさにライブのノリである。あのスティングが切々と語りかける哲学的な歌詞の世界は、レイチェル Z トリオが演奏するフラジャイルにはまったくと言ってよいほど存在しない。だからと言って、彼女たちの演奏が没かといえば決してそんなことはないと思う。アマチュアバンドがコンテストで課題曲を演奏している訳ではないのだから。プロのアーチストのここぞという実力を見せつけられた思いだ。

 

 

◆ MOONLIGHT SERENADE
   SIMONE シモーネ


MOONLIGHT SERENADE  SIMONE
MOONLIGHT SERENADE  SIMONE
一見、ポップスを歌っているアイドル歌手かと思わせるその風貌からは想像もつかないような大人のヴォーカルを聴かせてくれるシモーネ。
フラジャイルに於いても、その期待を裏切られることはなかった。
アルバム制作に際し、選曲の段階でミュージシャンたちはどういったことを考えて曲選びをするのだろう。新人歌手などは特にそうだろうが、中にはレコード会社主導でリクエストされた曲を言われたままに収録するケースもあるだろう。一般的にはアルバムのコンセプトが決まりそれに当てはまる曲想のナンバーを選ぶのが普通だと思うが、フラジャイルのような個性の強いナンバーはアーチストの好みやコダワリから選ばれる我儘な曲ではないかとシモーネのフラジャイルを聴いていてそう感じた。実際のところは判らないが・・・

 

◆ SUMMER
   SUMMER WATSON サマー・ワトソン


SUMMER  SUMMER WATSON
SUMMER  SUMMER WATSON
 正直、このサマーという歌手についてはほとんど資料がなく、詳しいところはあまりわからない。わかっていることは名前がSUMMER WATSONで、2002年にリリースされたこのアルバムがデビューアルバムということぐらいである。アルバムを聴く限り、クラシックの基礎教育はしっかりと受けた本格派のようである。

今回紹介する中では唯一のクラシック系アーチストによるフラジャイルである。この曲がもつ特に難解な歌詞と哲学的な世界観を表現するには、サマーのようなクラシック的唱法が相応しいのではと聴くまでは思っていた。ところが実際に聴いてみると、このフラジャイルだけクラシック唱法ではなく、まるでポピュラーソングをポピュラー歌手が歌っているように何の違和感もなく自然に彼女は歌いきっていた。

ジェシー・ノーマンというクラシック(ソプラノ)の大御所がミシェル・ルグランの名曲にトライした「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」というアルバムがあるが、さすがのジェシー・ノーマンもクラシックの壁を貫け切れず、中途半端な結果に終わったことがあった(あくまでも個人的見解ではあるが、私の中では当初の企画に問題があったと思っている)。そうした過去の例を考えるとサマーという歌手は、ある意味とても器用な歌手といえるが、フラジャイルに関してはこちらの期待に応えてもらえなかったという点で失望感は無きにしも非ずだ。
 
 

<追記>

ジェシー・ノーマン、偉大なソプラノ、とりわけオペラ歌手としての実績故に、私たちが彼女に求める期待はあまりに大きい。「あれだけの声量でオペラの難曲を歌いこなすソプラノ歌手なら、ポピュラーなスタンダードナンバーなんていとも簡単に」と考えるのは我々素人の考えなのかもしれない。
このアルバムでは彼女の強すぎる個性が禍して、期待した程の結果は残念ながら出せなかったように思う。音楽をジャンル分けするのはナンセンスという考え方が一部にあるが、こうしたケースを考えると「ジャンルの壁」というのはあるんだと思ってしまう。クラシック音楽はこうあるべき、ポピュラー音楽はこうあるべきといった聴く者の先入観が私の中でこのアルバムの評価をさげているにすぎないのだ。
JESSYE NORMAN 「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」
参考:JESSYE NORMAN 「おもいでの夏-ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン」

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