2012年10月4日木曜日

アンディ・ウィリアムスを偲んで

「2012年9月25日、アンディ・ウィリアムス84歳で死去」というニュースをサイトで知った。

正直、最近の私の生活の中では、ほとんどその名前を意識することはなかったアンディ・ウィリアムス。だが、2か月くらい前に、偶然にもこのお得盤アルバムをタワーレコードで買い、聴いたばかりだったのだ。



彼の、映画音楽をはじめとする代表曲とクリスマス・ソングを集めた3枚組のアルバムだ。
その時、久々に聴いたアンディは、記憶にあったアンディそのもので、甘く、せつなく、ある時は軽やかに名曲を歌い上げる。受ける印象はまったく以前と変わらない。
懐かしさと癒しとを感じさせてもらい、本物のボーカリストの上手さを改めて教えてもらった感があった。
最近はどうしているのだろうと懐かしく思っていたのに・・・

そう言えば以前、私はハワイのマウイ島を旅行したことがあった。その時現地のツアーガイドが、ラハイナの街をバスで通った際に、こんな話をしてくれたことを思い出した。
ラハイナにあるシアターのようなところで、アンディ・ウィリアムスがディナーショーをやっているとのことだった。嘘か本当かは定かでないが、往年のアンディがそんなところでショーをやっているなんて信じられなかったし、ちょっと寂しい気持ちにもなった。
でも、「ハワイアン・ウエディング・ソング」も彼の代表曲だし「考えられなくもないな」なんて、いとも簡単に納得したことを今でも覚えている。

アンディ・ウィリアムスを初めて知ったのは、はっきり覚えていないが中学生くらいの頃だったと思う。
当時の私は音楽は洋楽、映画は洋画と、典型的な「向こうかぶれ(注)」少年だった。
環境による要因が大きかったと思うが、当時は日本全体がそんな傾向だったように思う。
アメリカやヨーロッパに憧れ、向こうのものならなんでも良いという時代だったのだ。
いわゆる、ポピュラーソングに目覚めさせてくれたアーチストのひとりだったのだ、アンディは。
ただ、負け惜しみではないが、確かな判断も自分の中ではあったと思う。
なぜなら、アンディ・ウィリアムスのファンになったのだから。本物を見極める目はあったのだ。

当時、彼と同じ路線を行っていたボーカリストはたくさんいたはずだ。
いわゆる「甘いスタンダード・ナンバーを歌う正統派路線」である。
ペリー・コモ、フランク・シナトラ、トニー・ベネットなどなど。
彼らはアンディの先輩で、当時の人気実力とも格上だったのだろうが、
私にとってはそんなことは問題ではなかった。アンディ・ウィリアムスが良かったのだ。

今でこそ、彼らを一纏めに50、60年代の「スタンダード・ナンバー男性ボーカリスト」と呼んでいるが、その当時はそれなりに区分けがされていて一緒ではなかったように思う。
その中でもアンディは当時のロックやポップスのヒットナンバーを逸早く採り上げて、自分のレパートリー化することに長けていた。
その点で彼は他のボーカリストと一線を画していたように私は思っている。
既成のスタンダード・ナンバーに固執することなく柔軟だった点、言い換えれば選曲の妙が成功の最大の秘訣だったと言っても過言ではないだろう。
その時々のヒットナンバーを歌ったのも、若者受けし、追い風になったはずだ。
そうした彼の戦術がやがて彼の個性となり、息の長い歌手になった要因ではないかと思う。

彼のひとつの特徴であり魅力でもあったあの「甘い歌声」は、正直当時は強力な武器・個性にはならなかったと私は思っている。なぜなら、そうした声を持った大御所が当時は先述したように、たくさんいたのだから。「甘い歌声」を持っているということは、残念ながら当時の必要最低限の戦闘ツールをもっているに過ぎなかったのだ。
辛口の見方をすると、あの50、60年代は「甘いメロディー」「甘い歌声」が全盛だったから、それだけでは通用しない時代だったのだろう。
その点、アンディは若者をターゲットにし、ヒットナンバーをレパートリーにしたことで、差別化に成功し新たな路を切り開くことができたのかも知れない。

ところで、アンディ・ウィリアムスの代表曲というと、「ティファニーで朝食を」の主題曲「ムーン・リバー」をみなさん異口同音に挙げる。確かにこの曲は彼の歌唱で大ヒットしたし、オリジナルのサウンド・トラック盤かと錯覚するほど自分のもの(曲)にしていて私も大好きなナンバーだけど、個人的には映画「世界残酷物語」の主題曲「モア」も捨てがたいと思っている。それに「ゴッド・ファーザー」愛のテーマや野生のエルザ「ボーン・フリー」も彼の代表曲に入れたい。
要は、アンディには代表曲がたくさんあって、「ムーン・リバー」一曲で片付けてほしくないということだ。

アンディ・ウィリアムスが活躍した時代は、美しい旋律を持った名曲が数々誕生した。
メロディよりもリズムが持て囃される昨今、あの時代をリアルタイムに経験した私としてはちょっと寂しい思いで今の音楽シーンを見つめている。そうした中で、あの時代のアーチストがまたひとりいなくなるということは更なる悲しみである。
私にとってアンディの存在はノスタルジーの象徴のようなものだったから、大切な思い出を奪われたようで残念でならない。
今はただ、ご冥福を祈りたい。

(注)この場合の「向こうかぶれ」の「向こう」とは外国のことである。よって、「向こうかぶれ」とは本 来、外国へ行った経験のあるものが、日本に帰ってきてその経験を過度に自慢する態度・振る舞いのことであるが、この時の私は外国経験はない。

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